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「――キリ、おまえは魔術師か?」
当然と言えば当然のロウェンの質問に、キリはどう答えようかと考えてしまった。
厳密には、自分は彼やこの国の人間が言うところの魔術師ではない。だが、魔術を使えはするので、魔術師を『魔術が使える者』と定義すればそう表現できないこともないわけで。
しばし悩み、結局キリは素直に思うところを言うことにした。
「一応、ある程度の魔術は使えるけど……。でも、あなたたちの言うところの『魔術師』とは違うんじゃないかな」
「――――? それは、魔術は使えるけど『魔術師』じゃないってことか? そんでも、治癒の術まであわせて使える奴なんてそうそういないんだけどな」
基本的に、治癒の術だけに特化した者を治癒師、治癒以外の魔術を行使出来る者を魔術師と呼ぶということはキリも聞いて知っている。更にその双方の術を扱える者が相当稀な存在であるということもだ。
ロウェンから漂ってくる怪訝そうな気配に、キリは苦笑した。
「別に、そんな大したものじゃないわ。私は単なる器用貧乏ってだけ」
――あれは、そこそここなせるが特筆すべきものはないな。
キリの耳の奥で、そう自分を評する声があがる。
「……何言ってんだ。充分大したもんだろうが。あれだけの傷を治したおまえにそんなことを言われたら、『治癒師』の奴らは立つ瀬がないぞ」
想定外の強い口調で言われ、キリは瞬いた。
長い前髪と黒々とした口髭に覆われているせいでその表情はよく分からない。だが、彼の苛立ちははっきりと伝わってきた。
「……………………………………」
返す言葉が見つからず、キリは黙り込んだ。
自分に魔術と治癒の術を指導してくれたのは、どちらも共にその分野で第一線に立つ人間だ。というか、この国で最高峰と言っても過言ではない。
それゆえに、彼らしか知らないキリには世間一般的な「標準」がどの辺にあるのかさっぱり見当がつかなかった。
ただ、聞く相手によっては、さっきの己の発言がある意味で相当傲慢だと受け取られてもおかしくないようなものだったということも遅まきながら気付いたわけで。
一瞬謝るべきかとも思ったが――、それでも、魔術師でも治癒師でもない自分には、これらの力は必要に迫られて身に付けた技術以外の意味がないというのも事実なのだ。
悩むキリの耳に、わずかに低い声が届いた。
「……悪かったな」
「え?」
驚いて目を上げると、片膝を立てたロウェンがこちらを見ていた。
「おまえがおまえの力をどう評価していようと、それは会ったばかりの俺が口出しするようなことじゃなかったな。すまなかった……って、どうした?」
「……え、うん……」
キリはほとんど頭が働いていない状態で、意味をなさない頷きを返した。正直、心の底から驚いたのだ。
揺らめく火に照らされ、暖色に染まった男の顔を改めて見つめる。
ぼさぼさの前髪と髭のせいで、このひとが幾つなのか全く見当がつかない。だが、落ち着いた張りのある声からするに、まだ壮年までいってはいないだろう。
それでも、少なくとも十八歳の自分よりはずっと上の筈だ。
遥かに年上の男性が、出会ったばかりの小娘相手にこうして頭を下げている。
キリにとって、それは大きな衝撃だった。
どうやら、真っ当な感性を持った人間も、いないわけではないらしい。
そして同時に、キリの脳裏に幾つもの面差しが浮かび上がった。
(だってこれまで一緒にいたのって、あれとかあれとかあれだったし……)
そのどれもが外見こそ極上と言っても過言ではなかったが、しかし彼らはそんな美点など引いて尚余りあるほどに性格というか性根とかがどうしようもなかったのだ。
(あのひとたちって、結局ひとのことを道具としてしか認識してなかったしなあ)
それゆえキリは『こちら』の男性―それも遥かに年長の――が、自分のような少女などに謝罪するようなことなどあるまいと本気で思っていたのだが。
「……いいえ、私も誤解を招く言い方をしてしまったようだから」
気にしないで、とキリが続けるとロウェンの纏う空気が和らいだ。目元が微かに笑んだようだ。
だが長い前髪で彼の顔はほとんど隠れてしまっており、その笑みをはっきりと捉えることはできなかった。
ここに鋏があったらばっさりいくのに、とキリが内心で独り言ちていると、ロウェンが立てた膝に片肘をついてこちらを覗き込んで来た。
「あのな、キリ。確認したいんだが、おまえが乗ってきた舟ってあれだよな?」
その指先は、焚火の明かりでうすぼんやりと輪郭を浮かび上がらせている小舟を示していた。
「うん、そうだけど」
「……おまえ、どこから乗ってきたんだ。この辺の海域はあちこち渦を巻いてるから相当複雑なんだぞ。小舟で移動できるような場所じゃない」
「あー……」
言葉を濁し、キリは思わず目を泳がせた。
「それはまあ、色々と小技を使ったというか。舟が壊れないように注意さえしていれば、後は流れていればなんとかなったし」
川を下り海流に流されての移動は、それなりに魔術を使えるキリにとっては安全とすら言える道中だった。
むしろ極力人目を避けたい身の上には、多少の面倒を差し引いても利点の方が大きいというのが本音だ。
(かなり、時間との勝負だし。あっちも全力でこっちを探してる筈だもんね)
これからどう動くべきかと思案していると、キリの向かいにいた相手の空気がふっと変わった。
「?」
視線を向けると、思いのほか真剣な眼差しとぶつかった。
「じゃあ、キリ。助けてもらった上に、更にずうずうしい頼みなんだが、俺を近くの町かどこかまで連れて行ってくれないか」
キリは思わず目をぱちくりさせた。
「え……。あ、いや、それは頼まれなくてもそのつもりだったけど」
そもそも、こんな所に放置して行けば後は野垂れ死に一択しかないだろう。それでは何のために骨を折って助けたのか意味がなくなってしまう。
そう考えながら、キリは前方の海と後方にそびえる――どう見ても陸側からは下りることなど不可能そうな――、断崖絶壁に目をやった。
(とにかく彼を無事に人里まで届けて……、それからのことは後で考えよう)
広がる闇の向こうから打ち寄せて来る波音を聞きながら、キリは一人そう頷いた。




