表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/30

28

「キリ!?」


 最初に上がったのは、驚愕するロウェンの声だった。


「――っ!」


 キリの視界が薄緑色の閃光に染まると同時に、パチパチという響きが耳へと届く。

 キリはとっさに視線を巡らせた。目で探すと、己の全身を取り巻く雷光にも似た光と同じ物が、ロウェンを囲い込んでいるのが見えた。

 自分たちを拘束するその光の縄がどこから発せられているのかは、考えるべくもない。

 顔だけを横へと向けたキリは――何せ動きを押さえられているので――自らの左腕に嵌められた銀の腕輪を見遣った。


「……………………」


 キリは無言のままそれを見つめ、小さく舌打ちをした。

 派手な見た目に反して大した痛みはないが、静電気のように体に響く光と震動が煩わしい。


「これは、どういうこと?」


 光に縛められたまま、キリは淡々とそれを為した男に問いかけた。


「何事も無ければ、王となるのはジークフリートの筈だった。そしてそうなったなら、間違いなくフォルカーは追いやられただろう。あいつは優秀な異母弟を疎ましく思っていたからな。だったら、何の問題もなかったんだが」

「どこがよ? 上が無能だったら後は全部悪くなるだけでしょうが。それも頂点に立つ人間があんなお馬鹿だったらこの国はどうなることやら。考えるだけでも怖いっての」


 即行で反論したキリに、レジオンは冷笑した。


「だからだよ、あいつは見た目だけはそれなりだからな。王冠を被せて座らせておくには丁度良い。どうせ執政なんて丸投げするだろうから、後は采配する人間の自由だ」

「……そりゃね、確かにあの馬鹿殿下は傀儡にするには最適だっただろうけど」


 そこで、キリの声の調子が変わった。


「――でも、違うでしょう。それが理由じゃないんでしょう? 少なくとも、あなたは」


 彼らと過ごした三年という月日。それが長いのか短いのか判断はつかないが、それでも幾らかのことを感じ取ることはできるだけの時間だった。


「そんなに、あなたはフォルカーに従うのが嫌だったの? マクファーレン侯を、キニスをそそのかしてまで妨害したいほど」


 静かな問いかけに、レジオンの面がはっきりと歪んだのが分かった。


「……あいつがあそこまで優秀な、出来過ぎな人間でなかったらまだ違ってたかもな。母親の身分さえ不足していなければ、あいつはとっくに玉座にいただろう。何もかも持っているのに、その血筋だけで王冠を得られない。そうであったなら、俺は笑ってこの国に仕えられた。――だからこそ、あいつだけは駄目だ」


 キリは唇を動かし何か言おうとしたが、声が出なかった。

 こんな暗い目をしたレジオンは、初めて見る。


「なのに、これだけの兵を動かしても運よく免れるときた。だったら、せめてあいつの大事な物一つくらいはな」


 底光りするレジオンの緑の双眸が、キリを見つめた。


「自分の所為でおまえが奪われたと知ったら、フォルカーはどんな顔をするだろうな?」

「……さあ? 私にはどうでもいいことだけど」


 素っ気ない口振りでキリはそう返した。それでも、その声が震えていなかったことに安堵したのは密かな事実だ。

 フォルカーがどう思おうとも、すでに関係のないことだと心の中で己に言い聞かせる。


「おまえがそうだとしても、あいつは違う。それだけで、おまえを連れて行く意味がある」

「ほんっと、いい迷惑」


 しかめっ面でそっぽを向く振りで、キリは必死でロウェンに目配せをした。

 ここまで無言を貫いているものの、彼が怒っていることは不思議とキリには伝わって来ていた。

 だが、ここで彼に口出しされては、話が更にややこしくなる。それでなくとも、今は火急の事態なのだから、とひそかに床上の魔法陣に目を落とし――キリは大きく目を見開いた。


「――――っ!!」


 キリの唇から、ひゅっ、と大きく息を呑む音が出る。


(これは……っ!)


「――レジオン! だめ、やめなさい!」


 悲鳴にも似たキリの制止が広間に大きく反響する。

 しかしそうするには少し遅すぎた。

 キリが己を取り巻く縛めを破るのと、床から吹き出た無数の黒い手がレジオンに襲いかかるのは、ほとんど同時のことだった。

 瞬時に判断を下し、キリはロウェンの傍へと駆け寄る。

 キリが彼の腕を掴んだ瞬間に、ロウェンに巻きついていた光が消失する。それを確認し、すぐさま共に魔法陣の外へと飛び出た。


「キリ、何が起きてるんだ」


 低い声でロウェンに呼ばれ、キリは唇を軽く噛んだ。


「ごめん、見落としてた。多分原因は、この腕輪だと思う」

「――それは、何か特別なものなのか?」

「そう。歴代の『聖女』が嵌めていた腕輪。名目上は『聖女』が力を揮うときの媒介になるって渡されたの。といっても、主たる目的は『聖女』を拘束するためなんだけどね」


 これは、いざというときに『聖女』を縛り、その動きを封じるために歴代の権力者たちが使用していた魔術具だとキリはロウェンに説明した。

 そして、この場にいるのは実際にそんなロクでもない代物を身に付けさせられた『聖女』たち――正確にはその思いの欠片たち――なのだ。


「残留思念とはいえ、自分たちの目の前で私にこれを使われて、相当頭に来たみたい。キニスもそうよ。どうせ何か彼女たちを怒らせるような真似をしたんでしょ。魔法陣がここまでいかれてなかったら、何ともなかったんだろうけど……」


 そうロウェンに説明しつつ、キリは盛大に眉間に皺を寄せた。

 ぼうっと光を放つ床を見下ろし、深く息を吐く。


「キリ?」

「正直、この二人のしでかした後始末をどうして私がしなきゃと思うんだけどもね」


 キリはぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回し肩を落とした。

 この世界に来てから、大概こんなことばかりなのだ。

 とはいえ、巡り合わせが悪いのは事実にせよ、それでも己がどう行動するか選択して来たのはキリ自身だ。だとしたらその責任は、当然ながら自分で背負うしかない。過去も、そして今も。


「ただ、この魔法陣を何とかする前にねー……」


 キリはやや離れた場所で硬直している二人の男を見遣った。


(さすがに、このままにしておくわけにもいかないしなあ)


 しばし考え込んだ後、キリはひどく嫌そうな表情でロウェンを振り返った。


「悪いんだけど、この二人を解放させるから、ちょっと引っ張ってもらっていい?」

「引っ張る?」

「そう、とにかく魔法陣の外に引きずり出せばとりあえずは何とかなるから。ただ、私の力だと男一人でもひきずるのは無理だし」


 いくら細身のキニスとレジオンとはいえ、それでもキリ程度の腕力で抱えられるほどではない。


「分かった」


 軽く頷いたロウェンが、魔法陣の内部へと顔を向ける。

 その様子を確かめたキリは、その場に片膝を着いて身を屈めた。指を伸ばし、床上に記された魔法文字に触れる。

 指先から伝わるビリビリした刺激が、手のひらから肘、更に肩へと這い上っていく。

 不快さに顔をしかめつつも、キリが途切れさせることなく意識の集中を続けていると、脳裏の隅でちかりと小さな光が瞬いた。

 その感覚を逃さぬよう、一筋の糸にも似たその気配を強く手繰り寄せる。

 絡み付くような黒い思念を、キリは力尽くで抑え込んだ。


「――今よ!」


 キリが叫ぶのと同時にロウェンが駆けだした。

 魔法陣から放たれている光が、わずかに弱まる。


「――――……、……………、……………………」


 キリは焦燥を滲ませた顔を仰向け、そしてそのまま黙り込んだ。

 大きな黒の瞳に浮かぶのは、何とも形容しがたい感情の色だ。

 その視線の先にあるのはロウェンと――そして、その両肩に実に軽々と担ぎ上げられている二人の男性の姿だった。


「……キリ?」


 黙りこくっているキリに、近付いて来たロウェンが首を傾げた。

 不可解そうな濃紫色の眼差しに、キリの肩ががくっと落ちる。


「キリ?」

「ううん、何でもない。単に、こっちの世界の戦闘職がとてつもない力持ちだってことを私が忘れてたってだけのことだから」

「はあ?」

「うん、気にしなくていいから。それより、ちょっとその二人を見せてくれない?」


 そう言ってキリがいささか強引に話を向けると、釈然としない様子ながらもロウェンは素直に彼らを下ろしてくれた。魔法陣から遠ざかった壁際に横たえられた二人に、キリはすぐさま歩み寄る。


「どうなんだ?」


 その場に屈みこみ、まずキニスの首筋に、次いでレジオンにも同様に手のひらを当てたキリに、ロウェンが訊いて来た。


「大量に精気を奪われたみたいだけど、魔法陣から離して休ませておけば大丈夫でしょ。むしろ、直近で危ないのはこの塔よ」


 キリは深刻な眼差しで広間の天井を見上げた。


「これだけ『瘴気』が溢れてるのに、外部に大きな影響が出てないのは、ぎりぎりでこの塔の中に抑え込まれているからよ。でも、そろそろ限界まで来てる」

「限界を超えたらどうなるんだ?」

「膨大な量の『瘴気』がこの王都に広がることになるわね。……この土地もここに暮らす人たちも、相当長い間清浄な期間が続いていたから、『瘴気』に対する耐性があまりない筈。多分、心身を蝕まれる人間が大量に出るわ」

「……どうにかする方法はあるのか?」


 どこか躊躇いがちにそう口にしたロウェンに、キリは肩をすくめた。


「ここでキニスが起きてたら、蹴っ飛ばしてでもやらせたんだけどね」


 本当に、肝心なときに役に立たない男をじろりと見遣る。


「まあ、少なくとも魔法陣の損傷が修復できたら『瘴気』の流出はおさまるでしょうから……。不本意だけど、何とかするわよ」


 しかし、そんなやり取りをしている間にも魔法陣から出て来る『瘴気』は濃くなる一方だった。這いまわる黒い手の数もしかりだ。


「だから、そこの二人をロウェンにお願いしたいの」


 彼らを連れて、塔の外へと出て欲しい、とキリは言った。

 なんせ、この広間にいること自体が激震地のすぐ側にいるようなものである。さすがにそれは危険に過ぎた。

 後はここに来る中途で見かけた私兵たちだが――と考えかけ、キリはそれについては意識の外に追いやることにした


(ほとんど入口近くで倒れてたから、さして被害はないだろうし……)


 そうあれこれと頭を巡らせていたキリの意識の端を、何かの予感が掠めた。

 気付くや否やとっさに身を翻し、小さく叫びをあげる。


「うわ、まずっ……」


 キリは即座にその場から走り出した。

 ゆらゆらと揺らめく魔法陣の光が、その張り詰めた面を暗がりに浮かび上がらせる。


「おい、キリ!?」


 同じ異変を感じ取ったのか、ロウェンもすぐさまキリのもとへと駆け寄ってきた。

 それから彼は一度キリをじっと見て、静かに口を開いた。


「……おまえは、どうするつもりなんだ?」

「どうもこうもね……ここまできたら、後はもう壊すしかないでしょうね」


 そう溜め息まじりに言った。


「こんな暴走状態だと、他に打つ手はないもの。床の土台ごと魔法陣をぶっ壊せば、何とかなるでしょ」


 溢れ出る『瘴気』の起点は、他ならぬこの魔法陣だ。そして、『瘴気』とほぼ同化している死者たちの残留思念もここを拠り所に存在している。

 それはつまり、この魔法陣さえ完全に力を失えばどうにか事態は終息すると言うことだ。

 単純な事実としてそう告げるキリに、しかしロウェンは強い口調で問い質してきた。


「何故だ」

「え? 何故って……」


 思いがけないその声音に、キリが瞬きながら隣を見上げると、底の見えない深い瞳がこちらを見つめていた。


「何で、そこまで分かっていてここで帰らない?」

「……え」

「今ならまだ、おまえは帰れるんだろう?」


 そう、有無を言わせぬ強さで断言され、キリは声を失った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ