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「……………………………」
その声音に、キリはじろりと視線を上げた。
苦り切った表情でその場に立っている二つの人影を見遣り、「何?」と不機嫌さを隠しもしない声で言う。
「それっくらいは安い対価でしょうが。というより、本当にそうしとくべきだった。だったら、もう少し時間を稼げたのに」
「……そうかもしれないがな、でもミヅキ、マジで勘弁してくれ」
身を退きつつ言ったのはエドガーだった。その隣に立つフォルカーも「本当に頼む」と頬を強張らせている。
「キリ、俺からも頼む。んなことになったら、こいつらの女姿なんて、怖すぎるわ」
目を吊り上げていたキリは、背後のロウェンの弁護にがくっと肩を落とした。
「……ロウェン、止めるのはそういう理由?」
「いや、だってな、考えても見ろ。仮にそうなったとしてもフォルカーはまだ見られるだろうが、エドガーなんてどんなになるんだ。想像すら出来んぞ」
「んなもん想像力の欠如でしょうが、もちょっと頑張ったら?」
「そんな無駄なことに頑張りたくなんぞない」
「無駄っておまえな、他に言い方はないのか?」
キリとロウェンが言い合っている横で、眉を下げたエドガーが情けなさそうに口を挟んで来るが、知ったことではないとキリは鼻を鳴らした。
顔の向きを変え、金髪と黒髪の青年を一瞥して小さく言う。
「思ってたけど、やっぱり来たわね」
「そうか、待たせたか?」
そう深い瑠璃色の眼差しを向けて来たフォルカーに、否と軽く首を振る。
「いや、全然。私の方は別に話も何もないし」
「そっちはなくてもこっちにはあるんだ」
「それなら、手短に済ませなさいよ」
両腕を組み、キリは真っ直ぐその場に立った。
ついさっき感情を爆発させたせいか、気分は幾分か落ち着いていた。
自身よりも遥かに高い位置にある端整な顔を見つめると、真摯な瞳が見返して来た。
「ミヅキ」
「何?」
「まず言っておくが、俺が君の行方を知ったのは全くの別件による部下からの報告でだ。当然、それにロウェンは関わっていない」
真っ先にそう言われ、キリはぱちりと瞬いた。
「……はあ」
思わず気の抜けた返事になったが、フォルカーはそれに触れることなく先を続けた。
「君が各地の『浄化』を終えてから、職にあぶれて野放図な振る舞いをする魔術師が急増していてね。その対処の一環で君に辿りついたわけだ。ロウェンと一緒にいる君を見つけたと聞いて、本気で驚いた」
「あー……」
何となく話が繋がった。
「海賊たちが魔光石の密輸をしていたことは掴んでいたんだが、誰が、どこからそれを持ち出しているかはっきりしなくてね。こんな流れで判明することになるとは思いもしなかった」
どうやらその調査のためにひとを向かわせた先で、キリとロウェンを回収するに至ったということらしい。
キリがちらりと一人離れた所にいるロウェンを見ると、彼は肩を竦めてみせた。
そういうことであれば、そのおかげで自分も彼も助かったのだと言えなくもないが……。
キリは一度天井を仰いだ。それからフォルカーへと視線を向ける。
今はとにかく、聞くべきことは尋ねておくべきだと無理矢理にでも頭を切り替えた。
「フォルカー」
「ああ」
「念のために確認しておきたいんだけど、あなたは王になるつもりなの?」
「他になれる人間がいないからな。兄は失踪したし、弟のヴィクトルはまだ十六歳だ。あの子の資質が不足していると言うよりも、母方の実家に問題があってな。現状では傀儡にされる可能性が高い」
「……確か先の国王には二十人を超えた数の王子王女がいたって聞いたんだけど?」
「その大概が早世している。他に残っているのは十歳に満たない王女二人だけだ」
予想外に凄絶な話に、キリの顔が顰められた。
成程、確かに王家の方もそれなりに、歴代の召喚の代償を背負っているということか。
「それで、『聖女』の血を交ぜることで改善しようって?」
直接『聖女』の血を引く存在であれば、次代に続く負荷を和らげられるだろうということなのだろうが――。
ウェスタインの王族はその血が濃い程強い魔力を持って生まれて来るが、それと引き換えとばかりに様々な弊害を抱えている者も多いのだ。
何らかの疾患があったり、長くは生きられなかったりと、健康体と呼べるのは数少ない。あるいは本人には異常が現れなかったとしても、次の世代に繋げないといったこともあり得る。
その対処として、王家は積極的に『聖女』の血を取り入れて来たのだと、手記を読んだキリは知っていた。
(私には、全くその気はないっつうの)
だが、氷点下のキリの目線を受けようとも、フォルカーが怯んだ様子はなかった。
「そのつもりだった兄は、ああなったからな。さすがに同じ轍を踏むつもりはない」
それでも、じいっと見つめるキリから僅かにその目を逸らしたのは、下手なことを口にして兄と同じ目に遭うのはさすがに避けたいということだからだろうか。
ここで失言でもしてくれれば、こちらも一思いに前王太子相手と同様の手段に出られたのだが。
「じゃあ、何のために私を探してたわけ? 私を解放してくれるつもりだったなら、そのまま放っておけばいいでしょ。なのに、こうして追手をかけてたんだから何の下心もないとは言わせないわよ」
遠慮なくずばずばと言い放つキリに、フォルカーはふと笑みを覗かせた。
「随分、ミヅキも言うようになったな」
思いがけない台詞と微笑と、キリは目を瞠った。
今まで目にしたことのない彼のその笑い方に、少しだけ驚いたのだ。
「何のためかと訊いたな。それは――」
彼の表情にキリがふと意識を引かれていると、フォルカーの言葉が途切れた。
電流にも似たぴりっとした緊張が、室内を走り抜けていく。
(――何!?)
久しぶりに、覚えのある空気だった。三年近い旅の最中、何か危険がある度に彼らはこうした雰囲気を纏っていたことを思い出す。
訳が分からず、つい彷徨ったキリの視線は、濃紫色の双眸とぶつかったところで止まった。ロウェンの唇が声に出すことなく「静かに」と動く。
そのまま息を潜めていると、遠くからけたたましい靴音が聞こえて来た。
ひどく忙しないその音は、真っ直ぐにこちらへと向かっているようだ。
それまで一歩下がってキリとフォルカーとのやり取りに耳を傾けていたエドガーが、音一つ立てずに扉の前へと歩み出た。
後ろ手で出された指示は、壁に下がれという意味だろう。
右手を引かれ、素直に後ろへと退避した。不本意ではあるがフォルカーと並ぶことになったキリの前に、もう一人黒髪の背中が立つ。
さっきの治癒が功を奏したのか、エドガーと同様に腰の剣に手を掛けている後ろ姿に力んだ様子はないようだが。
(こんなときじゃなかったら、「怪我人は大人しくしてなさい!」ってどつくんだけど)
キリにしても治したばかりの人間を前線に立たせるのは望むところではないが、それでもおそらくはこの配置が正解だ。
(一体、何なのよ)
声に出さずにぼやきながら、キリは近づいて来る足音を待った。




