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「――つまり、魔光石による粉塵爆発もどきが起きたってことです」


 寝台の横に置かれた椅子に腰かけて、これまでの経緯をキリに説明してくれていた神官のネイ・ディアムがそう言葉を切った。


 ちなみに、粉塵爆発というのは、空気中に飛散している粒子に火が点いて起きる激しい爆発のことを指す。一定以上の濃度であれば小麦粉でも爆発すると聞いたことがあったが、まさか自分が身を持って体験することになるとは思わなかった。


 優しそうな若葉色の瞳が、心配そうにキリを見つめる。だが、キリはその視線に首を振った。

 絶好調とは程遠い体調であるのは事実だが、今はとりあえずその先の話を聞きたい。


「ベイネルでの魔術の使用がきつく禁じられているのはこのこともあってです。元々タジェスは魔術を使いにくい土地なので、あまり魔術師は寄りつかないのですが……」


 言いにくそうにしているネイを促すために、キリは口を開いた。


「……うん、それも気になってたの。なんであんな危険なところに魔術師がいたのかって思ってた。――土地の『浄化』をすればするほど、『瘴気』の防止を担っていた魔術師たちの仕事がなくなってるって話は、あえて私の耳には入れないようにしてたんでしょう」


 キリが喚ばれる前、世界の各地で『瘴気』は溢れかえっていた。『瘴気』を『浄化』できるのは『聖女』だけだ。しかし、『瘴気』への対応策が一切ないわけでもない。

 そもそも対処する方法が一切なかったら、世界の消耗がこの程度で済むはずがないのである。

 つまり、完全に『瘴気』を封じこむとまではいかなくても、魔術師の力である程度抑えることは可能なのだ。

 だがそれは、根本的な解決にはならない。

 そうして目先の対応を続け、それでもどうにもならなくなってから自分の召喚が行われたのだ。


 ……まあ、これはあくまで例え話だが――、仮に、だ。もしキリの故郷で、ありとあらゆる病気を治す薬が開発されたとする。当然、病に苦しむ人やその周りの者たちは喜ぶだろう。けれど、その病を治療する人たちにとってはどうだろうか。嬉しいと、思ってくれるとは信じたい。しかし、それは彼らの仕事を奪うことにも繋がるのだ。

 その例えにあがるのは、病だけではないだろう。もしも世界中で戦争がなくなったとしたなら、武器を作る人間や、戦う義務のある軍人の仕事が激減することは確かだ。


 キリのしたことも、そういった意味では同じことだった。

 この国の上層部が勝手にキリを拉致し、そうして無理矢理押しつけられた『聖女』の務めを果たした結果だ。キリが罪悪感を抱く所以はないが――、それでも、苦い気持ちになるのは止めようがなかった。


「それで、犯罪行為に及ぶ魔術師たちが出て来てて。ベイネルの採掘も、希少な魔光石を密輸するために取り出してたって聞いたわ。でも、その繋ぎを取っていたマラザ領の海賊たちが捕縛されて、出来る限りの採石をしようとしていたんだって」


 その一連の捕縛で負傷したロウェンを、逃亡中のキリがたまたま海で拾ったというわけだ。

 自分に責任はないが、そうかと言ってロウェンが死にかけた一件に無関係というわけでもなかったことを知らされ、正直キリは頭が痛かった。


 ――しかも、自分が先日彼を死なせかけただけに尚更だ。


「……レーヴァ伯が心配ですか?」


 キリの心中を読み取ったように、尋ねて来たネイに素直に頷いた。


「三日前の事故から一度も顔を見てないのよ。気になるに決まってるでしょ。ネイが彼の治療をしたのなら、それについては大丈夫だろうけど」


 ベイネルでのキリの最後の記憶は、視界一面を覆い尽くす炎とそこかしこから聞こえた悲鳴。

 そして、自分を庇うようにきつく抱きしめた両腕の感触だけだ。

 幸運なのか不運なのか、キリの行方を突き止めていたフォルカーの追手は、谷間で大火災が生じるのと前後してベイネルの山麓に到着していたらしい。

 火に巻かれた自分とロウェン、そして六人の魔術師たち全てが救出されたのはまあ良かったと言えるのだろうが……。


(もう少し猶予はあると思ってたけど、フォルカー相手に甘かったか)


 一瞬冷ややかに目を細め、瞼を伏せた。

 胸の中では不安や疑惑、わずかな期待などの様々な感情が渦巻いている。

 だが、キリはそれらを後回しにした。聞くべきことは他にある。


「今更だけど、ネイはこうして私の傍にいていいの? 私は一応王族に呪いをかけた挙句、逃亡した犯罪者の筈なんだけど?」


 付け加えると、滞在していた部屋まで放火して逃げ出したというおまけつきだ。


(と言っても……)


 キリはやや複雑な心境で、現在己が置かれている境遇を見遣った。

 優美な天蓋付きの寝台や肌触りのいい上掛け、更には品の良い家具などなど、自分の待遇は明らかに賓客のそれだ。

 神官様がそれでいいのかと皮肉るキリに、共に旅をした二つ年上の青年は顔を歪めた。


「……もう、ミヅキは全部分かってるんだよね」

「全部って?」


 あえて聞き返したキリから、ネイは一度目を逸らした。言葉に迷うように薄茶色の前髪をかき回している。そして少し時間を置いて、再びキリを見た。


「君が故郷に帰る方法がないことを、フォルカー様たちが隠していたこと。そして、君が逆らわないように意識を誘導する暗示をかけていたこと。更に、君を縛る為に腕輪をつけさせていたこと」


 一息にそう言ったネイを、キリは頬杖を突いたまま眺めた。面白そうな表情を浮かべて、注意深くその様を観察する。


「ネイは、いつから知ってたの?」


 キリは端的に質問してみた。

 別に、その返事が嘘か真か見極められる自信があったわけではない。ただ、彼がどう答えるのか聞いてみたくなった。


「……僕は、そのことについては何も知らなかった。ミヅキが信じてくれるかは分からないけど。でも、旅の途中でレジオン様やキニス様の態度を見ていて……、どこか疑わしいと思うことはあった。エドガー様から話を聞いたのは、ミヅキがいなくなってからだ」

「そっか、じゃあ、エドガーはフォルカーから伝えられてたってところかな」

「違う!」


 何の気なしに口にしたキリに、ネイは慌てた様子で首を振った。


「違う、エドガー様もミヅキの失踪後に教えられたそうだ。僕とシュゼットがこの話を聞いたのはその後だ」


 狼狽するネイの表情に疑わしさは感じられなかったが、キリは何も答えなかった。

 口を閉ざしているキリに何を思ったのか、甘く優しげなネイの面差しが苦しげになった。


「……僕が君に会いに来たのは、そのためだ。君の治癒を命じられたのも本当のことだけれど、それでも君に会って話したかった。君がこれからどうするつもりなのか」


 無言で聞いていたキリは、その最後の一言に目を見開いた。


「繰り返しになるけれど、僕は君が帰れないだなんて思いもしなかった。でも、そのことを知らされてから、考えたんだ。どうするのが君にとっていいことなのか。……レジオン様は、最初から君をジークフリート殿下の正妃にするつもりだったみたいだけれど」

「……あー……」


 そこで出された名前に、キリの張り詰めていた表情がふにゃりと崩れた。



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