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 心当たりがある、とロウェンが指示した地点と、キリが感じ取った場所は綺麗に一致した。

 徒歩でもさほど遠くないその谷間に到着したのは、遺跡から発ってすぐのことだ。

 ちなみに空中での移動にしなかったのは、エルフィンのあの大きさだとすぐに気付かれかねないという理由からである。

 ただ、距離もそうだが、それ以上にこれほど早く着いたのは道に慣れたロウェンの先導のおかげだろう。

 ロウェンの後をついて歩いていたキリは、木々の合間から覗く光景に眉を顰めた。

 鬱蒼とした枝葉の奥に、自然のものではない人工の光と複数の人影が見て取れる。

 土が削られた山肌のところどころで、露になった白い石の断面が月明かりを反射して光っていた。

 誰に言われずとも、そこが石切場だということは一目で分かった。

 しかしそこには当然いる筈の人間が――坑夫がいない。

 いるのは、道具一つ使わずに山を削り岩を割り、石を宙に浮かせて移動させる人々――魔術師――だ。


「勝手に何をしてやがる」


 吐き捨てるようなロウェンの口調に、キリは瞬いた。


(うわ、相当怒ってるなあ……)


 確かに、管轄内の山に勝手に侵入された上に、無断でこんな大規模の採石をされているのだから当然と言えば当然なのだが。


「しかも、何か見覚えのある顔があるな」


 だが、ロウェンの顔には怒りだけでなくどこか苦さを感じさせる表情が浮かんでいた。

 疑問を覚えはしたものの、しかし今はそれを後回しにしてキリは目を凝らした。


「二、三……、四人かな?」

「いや、下にもう一人いる。五人だ」

「あ、ほんとだ」


 谷底の川の横にいたため、うっかり見落としていたのをロウェンが指摘してきた。

 間違いない、と頷いたキリは、そこで改めてロウェンを見た。


「キリ?」

「じゃあ、はい」


 そう言ってキリは両手で彼の手を取った。


「いい? 私がこの手を外すまで、ずっと耳を塞いでて。万一手を放して気絶しても、知らないからね?」


 彼の両手がしっかりとその耳に当てられているのを確認し、キリは小さく旋律を口ずさんだ。

 あえて声を張り上げる必要はない。

 何しろここは、魔光石の採石場だ。強力な魔力の増幅器がすぐそこにあるようなものである。

 懐にしまい込んだ小さな包みがかすかに熱を帯びているのを感じながら、歌とも詩ともつかぬ響きを風に乗せる。

 冷たい夜風に溶け込んだキリの旋律は、密やかに、しかし確実に魔術師たちを包囲していった。

 それからしばしの時間が過ぎて、ふらりと一人の男が崩折れる。

 そしてそれを皮切りに、次々と魔術師たちの姿が地面に倒れ伏した。


(四人、……五人)


 最後の一人が眠りに落ちたのを見届けると、キリは歌うのを止めた。手を伸ばし、ロウェンの片手を引く。

 両手を離した彼に軽く頷いて、キリは谷を下り始めた。

 急な傾斜を注意深く進み、流れる川の近くへと歩み寄る。冷たい風が頬を撫でた。

 あちこちに転がったままの大小の岩を避けつつ、キリが歩み寄ったのは川縁の大きな岩にもたれかかった一つの影だった。その肩は、緩やかに上下している。彼が眠っていることの証左だ。


「ロウェン」


 闇に溶けるような微かな声でキリが囁くと、ロウェンは音のない足取りでその男へと近付いた。

 男を見下ろすロウェンの横顔は静かで、何を考えているのか分からない。

 けれどもどうしてか、キリはロウェンがその男を知っているという風に感じた。


(全員ってわけでもないみたいだけど)


「それで、どうするの?」


 キリが使った魔術は比較的効果の弱いものなので、あまり長くは続かない筈だ。

 多少は寒いとはいえ、この程度であれば一晩くらい生死に関わるほどのことでもない。

 このまま彼らを眠らせておくのかどうするのか、キリが訊き掛けた、その瞬間だった。


「おい、どうした!?」


 鋭い声が、静まり返った夜の空気を震わせた。

 とっさに身を返したキリは、森の境目に立っていた人影を認めた。

 一瞬視線を滑らせて、意識を失っている筈の残りの四人を確かめる。だが、彼らは眠ったままのようだ。


(まだいた!?)


 倒れた男たちの姿に動揺している様子からして、おそらくは彼らの仲間なのだろう。何か理由があってこの場を離れていたのだろうか。


「おまえら、か?」


 キリとロウェンを目に留め、男は警戒心剥き出しの眼差しをこちらに向けた。

 ひょろりとした手足の、痩せた男だった。削げた頬とその険しい表情は、追い詰められた獣のようだ。


「こいつらに、何をした!?」

「それは俺の台詞だな」


 さりげなくキリの前に出たロウェンが、淡々と言い返した。


「無断でこのベイネルに踏み入ったどころか、更には禁止されている魔術を使って違法に魔光石の採掘か。当然、それ相応の覚悟はあるんだろうな」


 腰の剣に手を当てながら、ロウェンは一歩踏み出した。


「うるせえな! そんなの、てめえらに関係ないだろうが!」

「関係ないわけないだろうが、ここは代々うちが預かっている管轄地なんだからな」


 次第に大きくなるやり取りに、キリは思わず目の前のロウェンの上着を引っ張った。

 一応眠らせているとはいえ、こんな大声を出されては、下手したら他の者たちが起きてしまうかもしれない。

 そう危惧した、まさにそのとき。


「う……」


 キリの近くで眠り込んでいた男が、呻き声をあげた。


(――まずい!)


 キリはとっさにロウェンの腕を掴み、その場を駆けだした。

 だが、ごつごつした足場のせいで、思っていた以上に速度が出そうにない。


「おい、待て!」


 男の叫ぶ声と共に、ぶおん、と空気が揺れる音がした。

 背後から放たれる風霊の気配に、キリは同種の力で風の膜を張った。少しだけ彼らとの距離が空いたところで、足を止めて振り返る。


(あー、もー!)


 夜の暗がりの中で、倒れ込んでいた男たちがその身を起こすのが見えた。

 キリの耳に、チッと舌打ちの音が響く。


「キリ」


 ぎりぎり聞きとれるような低い声が、キリの名を呼んだ。そうして、キリを押しやりながら言う。


「六人相手だがどうにかできるか? でも無理だってんなら、一人で逃げろ」

「はあ? ふざけないで!」


 ロウェンの言葉に、キリは目を吊り上げて怒鳴りつけた。

 一体、この男はひとを何だと思ってるのだ。馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。

 自分が『聖女』であることを知っていながら、こんなときに頼りにしようとしないロウェンに、キリは本気で頭に来た。

 きっとロウェンは、薄々気づいているのだろう。

 キリが一定規模以上の魔術を行使すれば、それは追手に自分の所在を知らしめるのと同じことだ。魔術の痕跡は、この上ない狼煙になってしまう。

 しかし、そうかと言ってそのことに一切キリの意見を求めないとはどういうことなのか。

 あまりのことに、キリの苛立ちが極限に達したそのタイミングを見計らったかのように、炎霊の力が一斉に押し寄せて来た。


「――っ!」


 魔術師三人がかり、しかも魔光石の増幅も手伝っての攻撃だ。

 けれどもその程度、このウィステリアで最高峰の魔術師に鍛えられたキリが防げないようなものではない。

 片手を振り、キリは襲いかかって来た炎を散らした。


 ――だが、それが次のような惨事を招くなど、夢にも思わなかったのだ。


 魔光石によって増大した魔術師と炎霊の力、更にキリと風霊のそれとが掛け合わされ、膨れ上がったその結果。

 深い谷間は、一瞬にして炎の海と化した。



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