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 一体、何が起きているのだろう。

 そんな声に出せない疑問がぐるぐるとキリの中で渦を巻く。

 暗い通路の中、灯りを手に先導するロウェンの背を見つめながら、キリはひたすらに考えた。

 とにかく、分からないことだらけなのだ。


(ラースさんの家って、どうなってるのよ)


 キリの常識からすれば、一般の家にはまずこんな物などない。


(いや、日本の極小住宅とこっちの土地面積余りまくりの一軒家を比べること自体無理があるんだけど。でも、おかしいでしょ!?)


 誰ともなく、キリは心の中で叫ぶ。


(家の地下に倉庫があるくらいなら許容範囲にしても、でもどう考えても地下通路があるなんて普通じゃなくない?)


 しかもそれが、市外にまで出ることができるような道に合流しているだなんて、明らかに真っ当ではないだろう。


(ほんと、何なわけ……)


 すぐ先にある背の高い後ろ姿をじろりと見上げるが、睨まれている当人はそれに気づく素振りはない。

 しかし不満はあれど、今のところは彼に着いて行くしかない。

 キリは思い切り眉間を寄せ、一人渋い顔をした。











 そうしてどれくらい歩いただろうか。

 このままいつまで歩くのかとキリが考え出した頃に、ふとロウェンの足が止まった。

 同じ歩調で歩いていたキリも自然とその場で立ち止まる。

 すると頭上から一言、ロウェンの声が降って来た。


「ここが出口だ」


 先に出た彼を追って一歩足を踏み出すと、唐突に視界は開かれた。目の前の鮮やかさに、キリは思わず息を呑む。

 人の気配のないその場所は、上も下も色づく紅葉に埋め尽くされていた。

 立ち並ぶ木々の向こうには、他のどの季節よりも高く映る秋の青空が広がっている。

 かなりの距離に及ぶ地下道を通り抜け、ようやく触れた外気にキリは深々と息を吐く。

 それから改めて、青と赤と黄の色彩を背景に立つ男を見た。


「一体どういうことなのか、説明してほしいんだけど」


 危険だから外に出るまで声を出すなと言われ、今まで質問一つすることができなかったのだ。

 彼に尋ねたいことは、山ほどあった。

 結果としてこうして同行したとはいえ、別に納得しているわけではないのだ。

 しかし半眼で睨むキリに対し、ロウェンは落ち着いた様子だった。


「やっぱり、気づいてなかったか」

「え?」

「インザナで歩いているとき、こっちを窺っているような気配を感じた。最初は気のせいかと思ったんだが、ラースの話を聞くとそうじゃなかったんだろうな」

「……………っ!」


 キリは思わず目を見開いた。まさか、そんな。


「さっき来た奴らがどこの誰かは知らないが、顔を合わせたら面倒なことになったんじゃないのか。事実、おまえには心当たりがあるんだろう?」


 否定も肯定もできないでいると、ロウェンが苦笑まじりに言った。


「そんな状況で、自分の窮地を救ってくれた相手を易々と差し出せるわけがないだろ?」


 それに、と彼は言葉を続ける。


「それなりの事情でもない限り、ラースのところに押し入ろうだなんて面倒なことはしないだろうからな。あいつに対してそんな真似をするなんて、余程の馬鹿か命知らずか――、それ相応の理由があったかのどれかだ」


 何よそれは。

 危うく口を衝いて出かけた言葉を、キリはとっさに呑みこんだ。

 不必要に他人に深入りすべきではない。特に、自身に知られたく内情があれば尚のこと。

 だがキリの躊躇いなど置いて、ロウェンは容赦なく指摘した。


「聞いた当初は他人のそら似か、もしかしたら関わり合いのある人間なのかと思ったんだがな」


 そう言って彼は苦笑した。


「おまえのあの、人と関わり合いたくなさそうな態度を思い返したら、さすがにな。どんな事情があるかまでは知らないが」


 確信している濃紫の目から、キリはとっさに瞳をそらす。

 それなのに、ロウェンは静かに切り込んできた。


「なあ、キリ。あの御触れはおまえなんだろ」


 平然とした男に、キリはどう返したものか悩んだ。


「………………………………………………………………」


 ここまで分かりやすくうろたえた態度を見せてしまっては、誤魔化すのも今更だろう。

 そう腹を括り、キリはためらいがちに口を開いた。


「私を探している人間がいるのは、本当よ。でも、御触れの件についてはラースさんに聞いて初めて知ったわ」


 追手が来ること自体は疑いもしなかった。けれど、ここまで大々的にするのは想定外だったのだ。

 自分の不在を知られないよう、もっと内密に動くだろうと、そう思っていた。それなのに。


「だろうな」


 それなりに覚悟を決めて口にした言葉だったのだが、数歩先を歩いていた男は実にあっさりと頷いた。

 そのまったく緊張感のない声音に、キリはがっくりと肩を落とす。


「だろうなって……、ロウェン、もっと他に何かないの?」


 普通なら、もうちょっと別の反応があるのではないだろうか。

 だが、ロウェンは特に意に介した様子もなく、軽く肩を竦めただけだった。


「あいつの話を聞いてたときのおまえを見てたら、それくらいの想像はつく。……聞いてもいいっていうなら聞くが、何で追われてるんだ。国を挙げて捜索されてるみたいだけど、犯罪者を探してるっていう感じでもないだろ。一体何をやらかしたんだ?」


 当然の質問だったが、キリは思い切り唇を曲げた。


「……追いかけられてる理由は幾つかあるんだけど。でも、そのやらかしたって部分は訂正して。あれはただの正当防衛だったんだから」


 心底不満げに言い放つキリに、ロウェンはおかしげな微苦笑を浮かべた。


「ふうん。で、その相手って誰なんだ。余程の大物なんだろ?」

「見てくれと身分だけね。でも、本人に七光だって自覚はさっぱりないし。……ただ、私のしたことは公にできることじゃないから、表沙汰にはならないと思う」


 キリはそこで一度言葉を切った。小さく息をつき、再び話し出す。


「ここまで話したら、後は想像がつく? ラースさんは、あなたは全く中央に興味がないって言ってたけど」

「……何となく、分かる気はするが。とりあえず、歩きながら話すぞ」


 話しながらロウェンは一つの方向を示した。指先を目で追うと、木々の間に伸びる細い筋が見える。 

 獣道のようだが、時折人も通っているのか、辛うじてキリにも歩けそうだ。

 無防備な背をこちらに向け、先に足を踏み出したロウェンにキリは少々慌てた。

 急いで隣に並んだところで、ロウェンが話を再開させる。


「念のため確認しておきたいんだが……。おまえさすがにそいつを殺害したわけじゃないよな?」

「失礼ね! これまでの十八年の人生で、人を殺したことなんて一度もないわよ。……さすがに、ちょっと、半死半生の目にあわせてやろうかとは思ったけど」

「――はあっ!?」

「な、何!?」


 勢いよくロウェンに振り向かれ、キリはわずかに身を退いた。

 一体どうしたというのか、これまでキリが何を言おうとも小憎たらしいくらいに落ち着き払っていた男が、驚きに目を見開いている。


「十八年……?」


 吐息が触れそうなほど近くに寄せられた顔に、キリはこくこくと頷いた。

 思いがけない彼のその行動に、急速に自分の心拍数が上がって行くのが分かる。

 こちらの世界に来てから美形は散々見慣れているが――、それでも、間近で向き合うにはこの男の容貌は上出来すぎるのだ。


「えっと……、それがどうかした?」


 やや仰け反り気味に尋ねると、至近距離にある濃紫の瞳が半眼になった。

 何故だろう、非常に疑わしげだ。


「それって、年齢を誤魔化してるんじゃないだろうな。おまえ、せいぜい十五くらいにしか見えないぞ?」

「どうしてそうなるかな!?」


 あまりの発言にキリは憤慨したが、対するロウェンは真面目な表情だ。


「いや、どう見たって……」

「悪かったわね! こっちじゃどうか知らないけど、私の国ではこれで普通なの! そりゃ、多少若く見えがちな人種みたいだけど、正真正銘の十八歳!」


(日本人は海外では若く見られるって聞いたことはあるし、確かにこっちで出会った人の顔立ちはどちらかというと欧米のそれに近い感じだけど)


 それでも、自国であればキリは年相応の見た目の筈である。


「……………………」


 恨みがましげに見るキリの前で、ロウェンは深い深い溜め息をついた。

 己の額に手をやり、すっかり疲れた様子である。


「勘弁してくれ……。まさか『そう』だなんて思う訳ないだろうが」

「?」


 キリの首が傾いた。


「ほんとに、どういう偶然だよ」

「? ? ?」


 さっぱり要領を得ない独り言に、キリの首の角度が更に深くなる。

 こてんと首を横に倒しきったキリを、ロウェンは何とも云い難い表情で見下ろした。――そして。


「どうして、ここに『聖女』がいるんだ?」


 呆れ果てたと言わんばかりに、爆弾発言を落とした。


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