2話
最後は惚気てみました!
「お時間を取っていただき、ありがとうございます陛下」
「少しは落ち着かれたか?」
「はい……」
この日、アルヴィスは久方ぶりに夕食をサリージュと摂ることになった。元婚約者の仕出かしたことや、現在のウェーバー公国の状況。それらを鑑みて、サリージュらにはある程度の時間が必要だろうとアルヴィスも敢えて声をかけることはせず見守っていた。無論、いつまでも放っておくつもりはなかったけれど、サリージュとしても複雑な気分でいるはずだ。安全な場所からでしか、自国のことを想えないという状況に。だからこそサリージュはルベリア王国にいるのだけれど。
「必要であれば、公都がその後どうなったかを探ることもできるが」
「いえ……それは必要ありません」
公都の様子を知りたくないかと尋ねたアルヴィスの言葉に、サリージュは即否定の言葉を述べた。迷いの見られない様子にアルヴィスは一瞬目を見開く。自国を離れたのは公王の指示。ルベリア王国に滞在する期間だって定かではない。安全だと確認できるまでは、帰国するなと言われていることだろう。ならばなおのこと、公都の様子が気になるものではないだろうか。少なくとも耳に入れるくらいはしていいはずである。
「理由を聞いても?」
「私には、私自身の指示で動かせる者たちがほとんどおりません。それを知ろうと思うのであれば、陛下に頼ってしまうことになります」
そもそもサリージュがルベリア王国に来た時にも、少数の護衛と侍女。公女が連れてくる使用人たちの数としては少なすぎた。それに加えて、護衛として来た元婚約者の愚行により、その人数は更に減っている。
「陛下を頼るということは、ルベリア王国の民たちにお願いすることと同義でございます。この上厚かましいお願いなどできるはずもありません。知らぬことは公女として民たちに対し恥ずべきこととわかってはおります。けれども、そのために無関係の方々を危険にさらすこともできません」
「……公女」
「私がこの国に来たのは、公国の血を遺し生きるためにございます。その時点で民たちを見捨てたも同然なのです。彼らを悼む権利など私にはありません」
「そうか」
食事の手を止めて、アルヴィスは腕を組みながら正面に座るサリージュの様子を観察する。頑なな覚悟といえば聞こえはいいかもしれない。だが本当にそれでいいのか。権利などない、そう告げるサリージュの瞳が揺れていた。それこそがサリージュの真意を示しているように思えてならない。
公都の様子を探れるほどの手練れがサリージュの傍にはいなかった。これは意図的だとアルヴィスは考えている。知れば不安になるし、覚悟が揺らぐ可能性もある。知らなければただ願うことしかできないのだから。おそらくいずれ時が経ちサリージュの言動が咎められる時がこようとも、公王の指示であるとしてサリージュを守るつもりなのかもしれない。王家に連なる者であれば、個人の事情や想いなど後回しが当然だ。その立場にいるからこそ、サリージュの考えも公王の考えも理解できる。
だが今、サリージュは覚悟と感情の狭間で揺れているように見えた。公女として強くあらなけらばならない。公都がどういう状況であろうとも、気にしてはならないのだと言い聞かせているように。
「……」
「陛下?」
「公女、一つ私から提案をしたいのだが」
「提案でございますか?」
おそらくだが、アルヴィスがどれだけの言葉を連ねようとサリージュが受け入れてくれることはないだろう。ウェーバー公国の公王の弟が仕出かした一件がある以上、どこかで引け目を感じている。ルベリア王国に対して遜ってしまっている。ならばアルヴィス以外の人間に頼むしかない。アルヴィスの脳裏に浮かんだのは、頼もしく愛しい彼女の顔だ。
「数日後に私の妃が帰城する」
「まぁ、そうなのですね」
「長旅で疲れているだろうから、暫くは公務を休ませてゆっくりと過ごさせるつもりなのだが、公女さえよければどうか妃の話し相手になってもらえないだろうか?」
未だエリナとサリージュは顔を合わせていない。エリナが出立してからサリージュが到着したためだ。良い機会だろう。それに、エリナも精神的に疲れているはず。おそらくスーベニア聖国では色々な情報を抱えてしまっただろうから。
急な話題の転換にサリージュも多少驚きを見せていたが、先ほどまでの思いつめるような表情を笑みへと変えた。
「私でよければ、是非お会いしたいです。実は色々と侍女の方々から王妃様のことを聞いていましたから、どのような人なのだろうと思っていましたので」
「そうなのか」
「はい。政略結婚だったのですよね?」
「あぁ」
エリナは元々王太子妃となるべく幼い頃から教育を受けていた令嬢。一方でアルヴィスは王弟の次男として、どちらかというと中途半端な立場にいた。数奇な運命というべきか、エリナの婚約が破棄されてからアルヴィスと婚約するまでは悩む時間などないに等しかったし、立太子してからもどちらかというとアルヴィスは流されるままだった。
「お聞きしてもいいでしょうか? 何故、政略結婚だったお二人がそのようにして心を通わせられたのかを」
「不思議だろうか?」
「不思議、と申しますか……私は彼と婚約をして、いずれ公王になると言われてきました。彼も王配となるべくして努力していましたし、私も彼との未来を疑ったことはありません。婚約期間は長い方だったと思います。それでも、彼と私はすれ違ってしまいましたから」
同じように政略結婚を求められていたのに、アルヴィスとエリナは心を通わせている。同じような立場、王と王配となるはずだったサリージュたちはうまくいかなかったのにと。
「私と妃も最初からうまくいっていたわけではない」
「え?」
「そうだな。きっと公女と私は同じような考えを持っていた。ならば違ったのは相手、妃と公女のお相手だった彼だろう」
うまくいった理由はエリナにある。少なくともアルヴィスは相手がエリナでなければ、これほどに愛情を抱くことはなかった。それだけは断言できる。
「妃は私が線引きをしていたことを知っていた。その上で、歩み寄ろうと努力してくれた。妃が一歩踏み出してくれたからこそ、今の私たちがある。政略なのだから義務感での結婚も当然だと思っていた私に、妃はその言動でもって教えてくれた」
エリナはアルヴィスが沢山のものをくれたと言い張るが、アルヴィスからしてみればエリナが踏み込んでくれたからこそなのだ。決して押し付けるのでもなく、待っているだけでもない。動かねばならない時、アルヴィスが引きそうになる時に限ってエリナは必ず引き寄せてくれた。
「だから私は恐れることなく、妃を愛することができたのだろう」
「……陛下は本当に王妃様のことを愛していらっしゃるのですね」
「あぁ。妃がいるからこそ、今の私がある」
もしサリージュの元婚約者がエリナの様に相手を思いやり、お互いがもっと歩み寄っていればまた違った未来になったかもしれない。だがすべては終わってしまったこと。過ぎ去った時間は決して取り戻せない。




