3話
や、やっと……やっとエリナが!
この日、アルヴィスの姿は近衛隊訓練所にあった。いつもならば模擬剣を持って鍛錬に混ざるところだが、今回の用向きは違う。新たに近衛隊に加わった顔触れの確認と、その腕前を一度この眼で見ておきたかったからだ。
訓練所で行われているのは、新人同士の模擬戦。近衛隊に所属する者は、必ず騎士団を経てきている。騎士団は近衛隊士よりも魔物討伐の経験が多くなる。近年は特にその傾向が強い。だからなのか、彼らの太刀筋はどこか荒っぽく見える。
「……昔の自分を見ているみたいな気分になるな」
「陛下?」
「ここにルークがいたら、ああいった動きは必ず指摘されるだろ?」
「確かに立ち回りという部分では課題が多いことは事実です。確かに陛下も、入隊直後は少々雑な部分が多かったのは否めませんね」
今でこそルークと剣を交わしても一方的な展開にはならないけれど、入隊直後は酷かった自覚がある。騎士団の在籍期間は短かったけれど、それでも魔物討伐では技術を磨くというよりも、より早く多くを退治しなくてはという意識が強かった。学園では随一と言われても、あくまで学生同士の範囲。入隊してから近衛隊士らと剣を交わし、まだまだだと己の剣の未熟さを痛感させられたものだ。
「今年も近衛隊の入隊志願は多かったようですが、実際に入隊したのはわずか三人。例年に比べても少ないでしょう」
「ルークのお眼鏡にかなわなかったのか」
「のようです」
ルークの眼であれば間違いない。先見の眼というか、ルークは将来性を見出すことに長けている。先代国王もそれがわかっていたからこそ、平民でありながらもルークを重宝していたのだろう。
そんな雑談をしながら対戦を見ていると、訓練所の入り口辺りに焦った様子のエドワルドが来ているのが目に入る。アルヴィスを見つけ、エドワルドが警備をする隊士らに断りを入れて駆け寄ってきた。
「どうした、エド?」
「アルヴィス様、先ほど報告がありました! 王都の門を王妃殿下を乗せた馬車が通ったと」
「……は?」
「お帰りになられます! 王妃殿下が!」
一瞬何を言われたのかわからなかった。確か先日届いた手紙では、王都には明日に到着予定だと書かれていたはずだ。今はその前日の昼。半日以上も早いことになる。
「陛下」
「……門に向かう、ディン」
「はっ」
「ハーヴィ」
副隊長であるハーヴィを呼び、アルヴィスは事情を説明した。本当ならばあと二戦ほど模擬戦を見てから戻るつもりだったが、そういうことならばとハーヴィも快く送り出してくれる。
訓練所を出て、駆け足になりそうになるのを耐えながら、アルヴィスは王城の門の前へと急いだ。近衛隊訓練所から数分、門まで歩くと既にそこには馬車が複数台止まっている。その止まっている馬車の一台の扉が開くのが見えた。傍にいるルークの手を借りながら降りてくるのは、紅の髪の女性。その姿を見て、アルヴィスは叫んだ。
「エリナっ」
声が届いたのか、エリナがハッとしてこちらを向く。エリナが駆けてくるのが見え、アルヴィスも駆け出した。
「アルヴィス様っ」
「エリナ!」
距離がゼロになり、飛び込んでくるエリナをアルヴィスは抱き留める。そのまま背に、頭に手を回し、その身体を強く抱きしめた。
「アルヴィス様……」
仄かに香る。懐かしくも思えるほどのエリナの香り。そっと少し身体を離せば、目元に涙を溜めたエリナの顔が見える。その頬に右手を添えて親指で涙を拭うと、エリナはその上に左手を重ねてくれた。
「おかえり、エリナ」
「ただいま戻りました、アルヴィス様」
「よく無事に戻ってきてくれた」
長い旅路。不慣れな移動に不安もあっただろう。だが帰ってきてくれた。無事に、元気な姿で。それが一番嬉しい。
「陛下」
エリナの背後には、旅に同道した面々がルークを筆頭に膝を突いていた。アルヴィスはエリナと身体を離し、彼らの前に立つ。
「皆、よく無事で戻った……」
「はっ」
「報告は後程聞く。まずは皆、身体を休めるように。エド、ハーバラ嬢を客間へ案内頼む」
「承知しました」
ハーバラを除くメンバーは皆が王城に勤める者たちだ。だがハーバラは違う。報告を受けなければならないことも含めて、暫くは王城に留まってもらう必要がある。ハーバラも心得たとばかりに頷き、エドワルドと共に王城内へと入っていった。
「ルーク」
「我ら騎士はまず宿舎に戻ります」
「わかった」
ルークの合図で騎士たちが動き始めるのを見てから、アルヴィスはエリナへと振り返り、手を差し出した。
「帰ろう、エリナ。ルトも待っている」
「はい!」
重ねられた手をアルヴィスが握りしめると、エリナも同じように握りしめてくれた。そのまま背中を抱き寄せ、アルヴィスはエリナの膝裏に腕を入れて抱き上げる。
「あ、アルヴィス様っ⁉」
「お疲れ、エリナ。そのまま掴まっていてくれ」
「私は一人でも歩けますっ」
「俺がこうしていたいんだ。付き合ってくれないか?」
「っ……そんな風に言われたら断れません」
ただアルヴィスが抱き上げていたいだけ。エリナは少し気恥ずかしさを見せながらも、仕方ないと了承してくれた。そのまま首に抱き着いてくれる。
「ずっとお会いしたかったです」
「あぁ……俺もだ」




