第三章 近づく真実 プロローグ
新章となります。
「エリナ様、お疲れではありませんか? 少し横になられては」
「大丈夫よ、ありがとうサラ」
海風に吹かれながらエリナは海面を、そしてその先を見つめる。スーベニア聖国を出て数日。帝国によってから次はルベリア王国へと向かう。陸地が遠目に見えるようになった。もうすぐルベリア王国へと到着する。それが酷く待ち遠しい。ケープを羽織っているけれど、身体を撫でる風が時折酷く冷たく感じた。
「王妃殿下、そのように身を乗り出しては侍女らが不安に思うのも無理もありませんよ」
「アンブラ近衛隊長」
船には向かう時にはいなかったルークが同船していた。ルークはルークで独自に動いていたということらしい。本来はスーベニア聖国の女王であるシスレティア陛下とも謁見をと考えていたようだが、エリナがいるのであれば任せると言われたのだ。
「浮かない顔をしておりますね」
「……そう、でしょうか」
「陛下に会えるけれど、得た報告を伝えるのが不安だと言うように見えます」
「っ……」
ルークの指摘は正しい。エリナはスーベニア聖国でいくつかの事実を知った。アルヴィスに関することもその中に含まれる。公務として訪れた以上、国王であるアルヴィスに報告するのは義務だ。たとえそれがどのような事であろうとも。アルヴィスにとって不利益なことであろうとも。
「何を言われようと何を知ろうと、陛下は受け止めてくださいますよ。だから王妃殿下はただ安心して、陛下のところへお戻りになればいいのです」
それはわかっている。アルヴィスならばどんな内容でも受け入れるはずだ。その未来が己にないとしても。だからこそエリナは恐ろしい。そのことを口に出すことができるだろうか。その未来を言葉にして伝えられるだろうかと。そしてそれを口にしてしまった時、エリナはこれまで通りにアルヴィスの腕に飛び込むことができるだろうかと。
「今までの様に、私はアルヴィス様と接していられるでしょうか……」
「王妃殿下はスーベニア聖国の次期女王が話した言葉がすべてだとお考えか?」
「……いいえ、そんなことはありませんっ。私は決してそんな未来は望んでません!」
「であるならば畏れる必要はない。何より、その次期女王の予言らしい言葉は一つ外れている。安心するといい」
「え?」
突然口調を変えたルークが吐き捨てるようにして言い放ち、背を向けて去ろうとする。エリナは驚き、思わず振り返った。
「ま、まってください! アンブラ隊長」
「何か?」
「外れている、とは一体何のことなのですか?」
何故レンティアースからエリナに告げられた内容を知っているのかも気になる事ではあるが、何よりも気になるのはレンティアースの言葉が示した未来が外れているということだった。エリナは誰にも話をしていない。レンティアースからの何を言われたのか。ハーバラに対しても言葉を濁して伝えたくらいだ。それなのにどうしてルークがその情報を得ているのか。
「スーベニア聖国とて一枚岩ではないということです。何もかも知りすぎている。まるで神のごとく力を持つ人間なんていうのは信仰心が高い人間以外には異質に映ってしまう。今の時代には、そういう人間が多すぎるというのも問題だが……ことスーベニア聖国の次期はアルヴィス以上に異質らしいからな」
「アンブラ、隊長……?」
ルークは周囲を見てから再びエリナに近づくと、二人だけにしか聞こえない程度の大きさに声を潜めて告げてきた。
「本来、ルシオラが契約するべき人間はアルヴィスではなかった。もう一人の方、あの元令嬢だったという」
「……ま、さかリリアン、さん?」
「どういう事情かまでは知らん。だがアルヴィスはその代わりを務める羽目になった。何から何まであいつは代わりを背負わされ続けている。ほんとうに……なんでなんだろうな。たまに恨めしく思う、女神ってやつを」
そう悲し気に呟いてからルークは去っていった。
「……」
「……エリナ様」
ずっと黙って傍に控えてくれていたサラから気づかわし気な視線を受け、エリナは大丈夫だと首を横に振った。もう一度、視線をルベリア王国がある方角へと向ける。
暫くの沈黙の後、エリナは口を開いた。
「サラ」
「はい」
「私はルベリア王国の王妃失格なのかもしれない」
「な、何を仰るんですか!」
「だって……今、私は女神ルシオラ様に疑念を抱いてしまったの。建国の祖でもあり、慈愛と豊穣の女神でもあるルシオラ様に、怒りを覚えてしまった……」
始まりはすべてそこからだった。ルークの言葉にエリナは賛同しかねない。ルベリア王国は女神ルシオラに守られている国でもあるのに、そこの王の伴侶だというのに……エリナはルシオラに対し怒っている。感謝をし敬わなければならない相手に。
「アンブラ隊長の言う通りだって。どうしてアルヴィス様ばかりが背負わさなければならないの……国王になったことだって、王族になったことだって、全部アルヴィス様が望んだことではないのに……」
「エリナ様」
「どうしてっ……それなのにどうして……」
エリナは足元から崩れ落ち、両手で目を覆った。感情があふれるように涙が流れてしまう。サラが肩を支えてくれるのがわかった。それでもエリナは顔を上げられない。そんなエリナをあざ笑うかのように、脳裏にはレンティアースからの言葉が浮かび上がった。
『贖いの時が近づいています。そうすればその時、貴女は最後の選択を迫られるでしょう。ただどちらを選ぶかなど考えるまでもないでしょうね。貴女にはできないでしょうから。彼の意に沿わぬ選択など』




