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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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19話

 

 女神への宣誓を終えた後は、お披露目を兼ねたパレードだ。エリナをエスコートしながら、大聖堂前へと戻ってくると、王家所有の馬車が用意されていた。式典に相応しい装飾を施されたそれにアルヴィスはエリナの手を引いて乗り込む。


「これから街を回る。概要は聞いているか?」

「学園の方まで向かうと聞いていますが……」


 学園は大聖堂から見ても反対側であり、距離がある。そこまで向かうのだから、それなりの時間を要することはエリナも理解しているようだ。


「あぁ。出来るだけ笑みを向けては欲しいが、疲れたのなら言ってくれ。あと、窓から顔や手を出すのだけは控えてほしい」

「わかりました」


 警備は万全だし、この婚姻に否定的な者たちもいない。妨害が入ることはないだろうが、常に最悪も想定して動く必要がある。王族という身分に付きまとう(さが)の一つだ。今この時点で、エリナの身分は王太子妃。王族の一員なのだから。


 馬車が動き出すと、アルヴィスもエリナも左右の窓から顔を見せた。多くの国民が集まっている。アルヴィスはいつものように微笑み外を眺めるだけだが、エリナはゆっくりと左右に手を振りながら笑顔を浮かべていた。国民たちからの祝福の言葉が飛び交う中で見せるエリナの微笑みは、幸せそのものだ。

 エリナから視線を外してアルヴィスも外を見る。集まってくれる国民たちの姿は、そのままアルヴィスが守るべき人々の姿だ。そんな風に考えているアルヴィスは、己の変化に苦笑した。ついこの間まで騎士に未練があったというのに、現金なものだと。だがそれも、良いことなのだろう。


「……あ」


 ふとアルヴィスの目に留まった集団がいた。以前、まだアルヴィスが近衛所属だった頃によく行っていた馴染みの店で働いている連中だった。エリナと共に城下に降りた時には、遠目で見ているだけでアルヴィスに声をかけてくることはなかった彼らが、今アルヴィスの視線の先にいた。


『おめでとさん、アルヴィス』


 少し強面の店主が口だけを動かして、そう言っていた。アルヴィスは読唇術も学んでいる。それは騎士として必須な技術だからだ。店主も無論知っていた。だからこそ、敢えて口だけで伝えてきたのだろう。残念ながらアルヴィス側から伝える手段はない。店主らは読唇術ができるわけもないし、そもそもここでアルヴィスが何かを言うことは出来ない。アルヴィスは、彼らに伝わるようにと軽く右手を上げた。祝いの言葉は、他の皆も言っている。その仕草が祝いの言葉に対する皆への返事だと、誰も不自然だとは感じないだろう。

 アルヴィスの仕草に歓声が上がる中、店主たちは頷きを返した。知り合いだと思われることは避けなければならないが、それが彼らにとっても本意ではなかった。それがわかっただけでも十分だ。彼らのためには、アルヴィスは近づきすぎない方がいい。これが、今のアルヴィスと彼らの距離なのだから。


 学園前まで来ると、流石にエリナも疲れ始めたようだ。笑顔を向け続けることは、見ている以上に疲れる。とはいえ、人々はエリナとアルヴィスを見に来ている。顔を引っ込めるわけにはいかない。


「あ、先生方が」

「?」


 エリナ側が学園の正門。正門の近くに、学園の講師たちが揃っていたらしい。反対側の人たちには申し訳ないと思いつつ、アルヴィスも学園側へと身体を向ける。

 正門近くには、学園の学生と講師らが手を振っているのが見えた。学園長らの姿もある。披露パーティーには、貴族の子女や貴族家当主らは呼んでいるが平民の者たちは参加できない。その中には、エリナの友人もいるらしい。女子学生たちからはエリナを呼ぶ声が届いていた。


「彼女たちは、エリナの友人なのか?」

「はい。可愛い後輩たちです。テスト前はよく共に勉強していました」

「そうか。エリナは人気者だったんだな」

「そのようなことは……」

「だが友人には恵まれていたんだろ?」


 人は、打算的な生き物だ。平民ならば尚のこと。貴族に取り入って何かしら便宜を図ってもらえるようにと考える者たちが少なくない。だが、彼女たちからはそのような打算的な雰囲気を感じ取れなかった。アルヴィスに近づいてくる多くは、その身分や容姿に惹かれてくる者たち。そこには何かしらの目的を持っていることが多かった。だが、彼女たちからは彼らのような特有の香りのようなものが感じられない。一種の勘のようなものなので、具体的に説明することは難しいのだが。


「はい、恵まれていました。あの方との件があった後も、友人たちがいてくれたからこそ私は笑っていられましたから」

「そうか」


 学園前を去ってから少し行ったところで、エリナはふふふと笑い出した。アルヴィスは怪訝そうにエリナを見る。


「エリナ?」

「あ、申し訳ありません。少し思い出してしまって」

「学園でのことか?」

「はい。私がアルヴィス様の婚約者になった後、後輩が王太子に嫁ぐのはもうやめた方がいいと怒ってくださったのです」


 当時、彼女たちはアルヴィスのことを知らなかった。不敬な発言だが、ジラルドが起こした事件によって王族による印象が悪くなったのは事実なので、こうした発言が出ても仕方ないと半ば黙認されていたらしい。そのことについては、アルヴィスも仕方ないと思うし、彼女たちを責めるつもりはない。

 平民の彼女たちは実力主義なところがあり、ジラルドは身分だけを引き下げている愚か者に映っていたようだ。身近にいた王族がそれなのだから、王太子に対する信頼がなくて当然だ。別の人間だとしても信用できない。同じように浮気性で傲慢な愚か者に違いないと、エリナへ苦言を呈していたらしい。勿論、エリナは当然のことながらハーバラら貴族令嬢たちはそれを全力で否定してくれたようだ。彼女たちが理解したかは別にして。


「私の為を想って怒ってくれる友人がいること。それはとても恵まれていることだと、ハーバラ様からも言われました。それまでの私は、己の行動が間違っていたと考えていました。己の責務を果たさなかったからこその結果だと。でも、そうではなかったのです」


 そしてそれは身分を持たない彼女たちだった。身分がないからこそ、エリナ自身を見てくれていたともいえる。


「その姿を見せることが出来て良かったな」

「はい!」


 平民である彼女たちとエリナが今後会うことはほぼないと言っていい。彼女たちが王城に勤めることでもない限りは。これが最後となるかもしれない会合だ。それが王太子妃となったエリナと彼女たちのこれからの距離なのだから。


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