18話
大聖堂の中央に位置する奥間。女神像も安置されている場所で結婚式を行う。アルヴィスがここに来たのは、立太子の宣誓以来となる。もう一年以上も前だ。大きな扉の前まで来ると、その先にはたくさんの人の気配があった。主役たちの到着を今かと待ちわびている参列者たちだ。
ふと、アルヴィスの腕に触れているエリナの手に力が入るのを感じた。視線を落としてみれば、少し強張った顔になっている。緊張がピークに達しているということなのだろう。エリナには悪いとは思うが、緊張している姿を見てアルヴィスは肩の力が抜けるのを感じた。そっとエリナの手に空いている方の己の手を重ねる。
「大丈夫だ」
「アルヴィス様……」
「君は、ただ笑っていればいい」
安心させるように微笑むと、エリナは首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが大丈夫です。私は、アルヴィス様の妃になるのですから」
「エリナ」
アルヴィスの手にもう片方の手を重ねてエリナは笑う。そして、ゆっくりと深呼吸をした。己を落ち着かせるためだろう。エリナが大丈夫だというならば、本人に任せるのが一番だ。何より、これから先は同じようなことは何度もある。
「このために、私は教育を受けてきたのです。少しだけあの時を思い出しましたが、もう大丈夫ですから。こうして、アルヴィス様が隣にいてくださるのです。それだけで、私は強くなれます」
「……わかった」
アルヴィスも深呼吸をする。そうしてエリナと目を合わせた後、扉の前にいる神官へと頷きを返した。これが合図となって、ゆっくりと扉が開かれる。
静まり返っている中、アルヴィスはエリナと共に深紅の道を歩く。周囲の参列者は、じっとその様を見守るだけだ。一般的な結婚式とは違い、王族の婚姻は儀式の一部。にぎやかさとは無縁だ。
真っ直ぐに前だけを見て、大司祭の前へとたどり着くとアルヴィスはエリナから離れた。そのまま女神像の前へ立ち、右手を胸に当てて一礼をする。アルヴィスの礼が終わると、エリナが続いてドレスの裾を持ち上げて頭を下げた。
二人の挨拶が終わったところで、大司祭が女神像の隣に立つ。大司祭は、アルヴィスとエリナを交互に見た。
「ここにおわす二人は、アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス殿下、エリナ・フォン・リトアードの両名に相違ありませんか?」
「「はい」」
揃って応える二人に大司祭は首肯すると、その手に持っていた本を広げて読み上げる。
「女神ルシオラ様の前で己の言葉を以て誓いを立てていただきます。まずは、アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス殿下」
「はい」
名を呼ばれたアルヴィスが横にいるエリナへと向き直り、そっと手を取った。婚姻の宣誓の言葉は、当人たちにより紡がれる言葉だ。形式的なものもあるが、自ら考えたものでも構わない。アルヴィスは、心を落ち着かせてから口を開いた。
「私は、エリナ・フォン・リトアードを……信じ、愛し、慈しみ、守っていくことを誓います。悲しませることがあったとしても、それでも共に生きていくと」
「アルヴィス、さま……」
エリナの瞳が揺れるが、大司祭はそれに気づくことなくエリナへ誓いの言葉を催促する。
「わ、わたくし……エリナ・フォン・リトアードは」
震えそうになる声でゆっくりとエリナは言葉を紡ぎだした。
「私は、生涯、アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス殿下と共にあり、彼を愛し、信じ、その身心の安らぐ場であることを、ここに誓います。死が訪れるその時まで、貴方と共に」
言葉を紡いでいくうちに、エリナははっきりとした口調となっていく。この場にいる皆へ、そして女神への宣誓の言葉なのだが、それはお互いへの誓いへとなっていた。
「エリナ」
「女神ルシオラ様、どうか二人の誓いを聞き届け、二人への祝福を」
じっとエリナを見ていたアルヴィスだが、大司祭はそれには気付かず儀式を進めていた。祝福といっても、実際は参列者が拍手をすることになる。参列者も形式に倣うように手を叩こうとしたその時だった。
『我が吾子と……その愛しき者の門出に祝福を……』
「この声……」
「え?」
脳裏に届いた声にアルヴィスは女神像を見上げる。立太子の儀式の時のような変化は起こっていない。だが、アルヴィスには女神像が笑ったように見えた。無論、像が表情を変えることなどあり得ない。幻なのだろう。
参列者からは大きな拍手が巻き起こっている。声もアルヴィスにしか聞こえていないということだ。祝福というのだから悪いことではないのだろうが。
「ゴホン、女神ルシオラ様へと誓いは届けられました。お二人とも、誓いの口付けを」
困惑している中でも大司祭は続けていく。聞こえていないのだから仕方のないことだ。この件は後で考えるとして、意識を儀式へと戻す。大司祭の言葉で拍手は止み、アルヴィスを待っている状況だった。
エリナのベールを上へと上げると、ベール越しではないエリナの表情が見える。一枚薄い壁がないだけで、これほど違うのかと思うほどエリナは美しかった。ただでさえ、エリナは美人だ。それほど濃い化粧を施しているわけではないらしいが、アルヴィスからすればその方が好感が持てる。そして、結婚式という晴れ舞台では、更に磨きがかかっていた。
「綺麗だな……ほんとに」
「あ、ありがとうござい――」
エリナが言い終わる前にその紅い唇に誘われるようにして、アルヴィスは唇を重ねた。重ねた直後に拍手が沸き上がるのを聞きながら、唇を離す。離しながらエリナを見れば、頬を赤く染めていた。その様子に、世辞ではなく本心からエリナを愛しいと感じる。今の口付けはあくまで儀式としてのもの。これ以上は許されていない。抱きしめたくなる衝動を抑えながらアルヴィスは、そっとエリナの手を取ってその手の甲へと口付けを落としたのだった。




