54.深く読み取ってみよう
連休だというのに、平日よりキーボードに向かえる時間が短い不具合が発生しました。
早くうちこまないと、頭のなかの話を忘れそうで怖いです。
読んでいただいた方に、何かを残せたなら嬉しい限りです。
54.深く読み取ってみよう
小鳥のさえずりと共に、風が運んできたのは、柔らかい花の香。
晴れ渡った空は、その高さを誇るように、鮮やかな青を深め。
すんだ空気は、遠くの山々の頂きを、化粧する白雪を清く輝かせる。
「アンタはもう少し頭が良いと思っていたが、どうやら買いかぶりだった様だね」
ひらひらと、手に持った紙片を緩く振りながら、初老の男は片眼鏡の奥の目を細め、うんざりしたような声で、正面に立つエイトへ真っ直ぐに、言葉を吐き出した。
が、いきなりの罵倒にも、エイトはもとより周りに居る誰一人として感情を揺らされす、予想外に効果の出なかった事に、ほんの少しバンブルの口角が上がる。
エイトの顔を見た瞬間にも、バンブルがまったく動揺を表に出さなかった事を鑑みるに、彼の想定の範囲内だったのだろう。
「こうして約束通り来たのは、そんなことを言うためかな?」
周りに何も無い草原の真っ只中、兵を伏せることも出来ぬ其処へ、単身来ておきながら何を言っているのだかと、エイトはバンブルの非難を軽く受け流す。
それにも鼻で笑ってかえし、ふてぶてしいまでの余裕の表情は、まったく揺るがない。
つまり、少なくともバンブルの中では、約束の時間に此処へ来ることは、無駄や馬鹿な行為ではないということになる。
「二通目の手紙が来なければ、使いの者をやるかどうか悩んでいたが、『ギルド単位で運営に消された』と噂になってる、パラベラムからの接触とあれば……自分の目以外信じられぬものさ。
三国を裏切ってそんな姿に成った今、それほど親しくもなかったというのに、何故ワシを態々呼び出したのかな?」
一通目の時点では、時間と場所以外の情報はなく、相手が誰なのかを特定できなかった。
バンブルの発言は、二通目の手紙には差出人が『パラベラム』の関係者であると、匂わす事が書かれていたということ。
一通目で触り、二通目で掴む、相手が心理的駆け引きを駆使してきたことに、小賢しいと鼻で笑いながらも、心躍るのをバンブルは抑えきれなかった。
だというのに……実際に会ってみれば、相手は敵性種族に転生したなどという、奇天烈な事になっていながらそれを利用もせず。
早々に正体をさらけ出すことによって、現在彼らがどんな状況に置かれているのかを、自分が簡単に推測出来る程、情報は底の抜けたバケツのように駄々漏れ、隠そうという気配すら見えない。
これから交渉しようと言うのに、相手に付け入る隙を態々与える今回の行動は、バンブルにしてみればまるで成っておらず、下手過ぎて……寧ろ馬鹿にされている様にすら感じられた。
折角持っているアドバンテージを、馬鹿な行動が相手のアドバンテージにしてしまっていれば、呆れも馬鹿にもしたく成るのは当然。
因業だの守銭奴だのと呼ばれる百戦錬磨の商人相手に、どうぞ好きなだけ足元を見て、有利な交渉を進めてくださいと、手を引いているようなもの。
例えネギを背負った鴨だとて、せっせと自分から羽根をむしったりまではしないというのに……
「最初に断っておくと、一通目の手紙の差出人は私ではない。
そしてこれは忠告だが……無駄に腹の探り合いや、自身に有利な場を確保しようとするのは、やめた方がいい」
故に、エイトの言葉もバンブルには、負け惜しみと言うよりは、今更仕掛けられた下手な交渉にしか聞こえず。
付け足すように続けられた言葉も、交渉では勝てないという敗北宣言以外に、聞こえるはずもない。
人が自身の能力の不足を、『狡い』『汚い』と喚くさまは、洋の東西、時代の新旧を問わず何処にでもある、極ありふれたものなのだから。
「忠告とは随分余裕があるようだが、その幻想は胸に仕舞っておくといい。
ワシは商人だ、厳正なる契約のもと、商品と信頼を扱っている」
一方的に此方が有利な条件で契約が締結されたのなら、それがお互いにとっての公平な取引ということだ、ダークエルフのお若いの。
エリュアリートでもジグムントでも無く、人間の国『カドマイン王国』の都市を陥落させた。
そんなあからさまに異臭の漂う手掛かりを残して交渉とは、ワシも舐められたものだ……
エリュアリートのシルロウエル姫によって、『闇の女王を継ぐ者』に対する抹殺指令が、最重要クエストとして打ち出された、と言う情報は当然バンブルも掴んでいる。
である以上、普通に考えれば最重点攻略目標は、エリュアリート以外になりえない状況だというのに、攻略し陥落させたのはエリュアリートではない、という時点で酷い違和感が残る。
素直に思考が通らないということは、そこには何らかの思惑が有るのだ、今回それを見抜くのは然程難しくはない。
原因は『竜の巫女姫』だ。一時期は同一人物と何故か誤解され、情報が混乱していたが、『闇の王女』とはまったくの別人である。
エリュアリート王国は『闇の王女』抹殺指令を下し、膠着気味な情勢を一気に傾け様と画策した所に、偶発的に黒竜を発見し……傾いた後の事を夢想してしまった。
此処で黒竜を倒しておけば、名声を博し、竜の素材により軍事力も強化され、他の二国に対し圧倒的優位に立てる。
そういった算段のもと、軍隊を以って黒竜討伐にとりかかるも、偶発事に対する準備不足の為か、あっさりと逆撃を受けて追い返された。
問題は――エリュアリートに取っての悲劇であり、『闇の王女』に取っての幸運――その黒竜が単独ではなかった事。
親子か、師弟か、はたまた夫婦か、見るからにか弱く幼い少女が黒竜の側に居り、そこへエリュアリートが軍隊を以って攻撃を仕掛けてしまい、倒す事も出来ず相手に正体を知られたのだ。
『闇の王女』はその行動を以って、自身が愚かでないことを示すのは、実に簡単な事であった。
自身の抹殺指令を出した者への復讐心を抑え、エリュアリート王国に自分達は手を出さない。
たったこれだけで良い、それ以上も以下も何もいらない。
勿論、偵察や小競り合い程度は当然有るが、三正面作戦の一面を労せずに任せることが出来る。
言い方を変えるのならば……三国で漸く拮抗状態で堪えていた戦局に、二国しか参戦できない状況を、態々エリュアリートが呼び込んでくれた、と言っていい。
功を焦って見誤り、三国での発言権を強めるどころか、ある程度落ち着いていた状況に、突然滅亡の危機を呼び込む大失態という、発言権を弱める事態を引き起こしたのだ。
その上さらに悪いことに、黒竜と一緒に居た幼い少女――『竜の巫女姫』が、何故かエリュアリートに仕掛けたのが、王宮への無血潜入攻略という――『お前達の国などいつでもとれる』というこの上ない恫喝であり。
王族と軍隊の権威を失墜させるシビアな手でありながら、犠牲者が一人も出ていないために――シルロウエル姫は、全世界に下着を配信されるという、完全な被害者なのだが――他二国、特に都市を失ったカドマインからの風当たりが強くなる。
人間の国『カドマイン王国』は、エリュアリートには魔法技術で及ばず、ジグムントには鍛冶技術で劣るが、その両者の流通を取りまとめ調整する事で発展してきた、所謂バランス型の交易国家であると同時に、最大の一次生産国家である。
そこの都市を陥落させることで、金と食料に交易品を分捕ったと同時に、エリュアリートに対するカドマインの不快感を、物流でもって現しやすくした。
つまりは、三国全ての足を止めた、という訳だ『闇の王女』は、そうなると次に狙うのは……当然、金の流れと言うわけか、『パラベラム』もとんでもないバケモノに捕まったようだな。
だが三国が潰れるような方策は、此方も頷かないのはわかっている筈、つまり『闇の王女』の狙いは、有利な今の内に和平交渉を推し進めること。
ワシを選んだということは、三国に経済的な圧を掛け、その場をセッティングして欲しい?
バンブルの過大評価による鋭い勘違いで、イルフィシアは一生懸命、対三国反攻競争をギルドの皆と頑張っただけで、何も悪くないというのに、可哀想にバケモノ認定され。
とんでもない策士として、会ったこともないのに警戒されてしまう。
「所で頼んでおいたザルは、ちゃんと持って来てくれているかな?」
友人にでも話しかけるような、エイトの極軽い調子での問いかけに、バンブルの意識が内面より正面へと向き直り。
今更小賢しい揺さぶりを掛けても、既にそちらの手の内は見切っている、と嘲笑の色を浮かばせていた目が見開かれる。
正面に向けた彼の視界の中で――エイトの背負っていたバックパックから、ひょこっと顔を出し、もそもそじたばたと上半身を抜けだしたベルティータが、エイトの右肩の上から顔だけ覗かしてバンブルを見つめていた。
「竜の……巫女姫」
「折角親切で忠告したというのに、私の言葉はどうやら届かなかったらしい。
情報は商人の武器で金は鎧だ、何やら酷く驚いた顔をしているが……もしや私の仕える姫君を、『別の誰か』とでも、勘違いしていたのかな?
もしそうであるのなら、そんな君が用意したザルは、目が荒すぎて、大切のものを取こぼしたりしないだろうね?」
言葉を発することも出来ず、バンブルはインベントリからザルを取り出し、トレードの入金欄がゼロのままにYESを選択する――彼がBABELに降り立って以来、それは初めての事だった。
エイトの発言を侮辱と考えず、自身の態度をこそ侮辱だったと反省し、忠告を嘲笑い無駄な時間を使わせたことへの謝罪……と無粋ながら言葉にするならそういうことなのだろう。
エイトの方も、ささやかながらもバンブルの意地とプライドを尊重し、何も言わずに入金欄はゼロのままYESを選択したことで、ザルの所有権はタダで移る。
『取り出し』たそれをエイトが肩越しに、どうぞと差し出すと、両手を合わせエイトとバンブルの二人へとお辞儀してから笑顔で受け取り、かくしてベルティータは、念願のザルをついに手に入れたのであった。
☆ ☆ ☆
あーん、とミリアに温泉卵をスプーンで食べさせてもらい、むぐむぐほっぺをふくらませて飲み込んだベルティータの目は、これでもかというほどキラキラ輝いている。
どういうわけか、ザルは手に持っても爆発しないのに、相変わらず羽根ペンや道端の石ころは、手に取ろうとすると黒い雷によって爆発するのだ。
ナイフもフォークもダメとあって、基本的に手掴み出来ない食べ物は、全部人任せである。
何かわちゃわちゃしてから、大きく口を開けるベルティータに、うっかり親鳥本能を開花させてしまった何人かが、代わる代わるスプーンで温泉卵を与えるために、ほっぺが細まる暇もない。
「でも、ギルド外の人をギルドハウスに連れて来ちゃって、本当によかったんですかね?」
ミリアが不安がって、周りに集まる者達に尋ねるとはなしにそう口にしたが、それは別にエイトの判断に不満がある訳ではない。
実際、バンブルとの交渉にミリアの出番はなかった、ベルティータの言葉を訳して伝えるだけだが、バンブルの目つきや言い方に、ミリアはあまり好意的な気持ちにななれず、自分の出番がなかったことに喜んでいた。
そういう意味でも、ミリアはジゼの直弟子で有る、といえるのかもしれない。
「何言ってるのミリアちゃん、もう冒険者二人も連れて来たことがあるし、『アルファ……じゃなかった『シャドー・ティアラ』の三人も、遊びに来て温泉まで入っていったでしょ?」
器用に脚で糸を紡ぎながら、手でベルティータの口にスプーンを突っ込むシャトラが、応えたもののミリアにはその内容では納得出来なかったらしい。
「ミリアの言いたいことは其処ではないですよシャトラ、その五人は……少なくとも内四人は、此方に協力的な態度を示している。しかし、今回の来訪者はそうではない、そんな相手にギルドハウスという、謂わば懐の内に踏み込ませる不快感です」
ベルティータを膝に乗せて抱えているアルリールに、ミリアは頷いてその分析は正しいと示してみせた。
それに頷き返しながら、冴え冴えとした紫の瞳を収める眼を細め、顎に指を軽く触れ僅かに顔を傾ぐアルリールの怜悧な顔に、周囲からは性別に関係なく息が漏れる。
最近でこそベルティータ関連の行動で、トチ狂った変人との評価を余すところなく受けているが、アルリールは長年コンビを組んできたナインすらも、未だに見惚れてしまうほどにクールな美女なのである。
「その不快感の根源は、多分我々の数が絶対的に少ないことに起因しているのでしょう。今回のようなゲリラ戦まがいの攻勢に出ている時は、相手に受け身を押し付けられますが、此方が防戦に追い込まれ囲まれることに対する本能的な恐怖心と、それに伴う防衛反応がその不快感の正体です」
「なんか今、すごく納得しました」
「そうならない様に、常に冷静な目で全体を見ている者が、複数人このギルドには居ますし、幸いなことにそういう事が好きな上に得意な様です、そのための算段は既に幾つも打ってあります。
前にも言った通り適材適所ですミリア、そういう相手に感謝はしても、引け目を感じる必要はまるでありません」
まぁベルティータの域までいけとは言いませんが、とアルリールは愛おしそうに、此方の会話が聞こえている筈なのに、全く反応を見せずに、温泉卵でほっぺをパンパンにしている竜幼女の頭を撫でる。
うにゅ?と頭を撫でる手の主を見上げ、どーしたの?と金色のにゃんこの目がまっすぐに向けられるのに、ただ撫でたかっただけですよ、とアルリールに返され納得して再び餌付けされに前を向く。
「自然に流れているように見せて、気付かれずに上手く回してるって、そういう人達の手腕が凄いってことですよね?」
「勿論そうです、と言いたいところですが……だけ、ではないでしょう。『始まりの街』にいたミリアなら解るでしょうが、このゲームのプレイヤー層は、一般的な平均値よりかなり高いです。ですのでそれなりの社会経験のもと、冒険ファンタジーが舞台だというのに、基本に据えようとするのは大多数が安心です」
再び振り向いて無言で見上げてくるにゃんこの目に、アルリールが頷いて膝から地面に下ろすと、てててっと何処かへ向けてベルティータは走っていき、イーとローもそれを追って飛んでいった。
その背中を見送りながら、わきに避けておいた硝子の器を拾い上げ、銀の匙で温泉卵を掬って食べる。
「失敗しないレベルまで上げて、その時の最高レベルの装備を揃え、事故が起きても負けない敵を倒し、安全に効率よくカンストまでの経験値を稼いでいく……そこにゴールを置いてしまう。
新規参入者は限りなくゼロに近く、良く見知った何時もの顔ぶれに囲まれ、冒険の世界だというのに冒険をせず、平穏順当に浸かりすぎて……餓えているんです、トラブルに」
「私には、よくわかりません」
「でしょうね、ミリアはどちらかと言えば、ベルティータやゼフィリー側の人間です。
先の見えない闇を目の前にして、普通の人は手探りで進みますが、あの二人は笑いながらダッシュで飛び込み、お互いのそんな行動を見ても、変だとは感じないでしょう」
ぶんぶん力いっぱい首を振るミリアの背後から、少し疲れたような顔のジゼが笑みを浮かべふらふらと歩み寄り、ミリアは思わずまだ手を付けていない温泉卵を、器ごと差し出していた。
隣に腰を下ろしながらそれを受け取り、疲れきった表情には見合わない上品な所作で、両手を合わせ温泉卵を銀の匙で掬って食べるジゼ。
「あの性根の曲がった因業爺に、生卵でもぶっつけてやりたいと思ってたら、私の密かな願いを姫様が叶えてくれたわ」
「今度は何やったんですか姫様?」
「温泉卵の試供品抱えたまま、会議室の入り口で躓いて綺麗に前転したのよ。それはそれは見事な放物線を描いて、議事録とバンブルの頭の上に卵は落下し、バンブルも流石に小さい子供の失敗には、怒れなかったみたい」
ミリアが不意に耳を澄まし、半透明な身体をすっくと立たせ、ちょっと失礼します、とお辞儀して断ったかと思うと、人魂に成り次いでふっと消えた。
説明もしないで即行動にうつったミリアだが、ジゼとアルリールにはミリアが中座する理由など、態々聞かずとも一つしか無いことはわかりきっている。
「さて、今度はどんなとんでもない事態になることやら」
今にも笑い出しそうな表情で、ジゼは可笑しそうにそう言うと、残りの温泉卵を美味しそうに平らげ、しげしげと硝子の器を眺めながら、これ売れないかしら、などと呟いた。
そのたった一言の呟きで、アルリールが成程そういう手に出るつもりか、と首脳陣の取ろうとしている戦略を見抜きながら、悪戯っぽく口角を吊り上げる。
果たしてその思惑は、ベルティータを前に……何分保つのでしょうね。
2017.10.09




