49.ドヤ顔で自慢しよう
せめてこの回だけでも映像化を……誰か……
読んでいただいた方に、何かを残せたなら嬉しい限りです。
49.ドヤ顔で自慢しよう
てててっと走りだすベルティータが、誰もがマズいと止めようと思う前に、濡れた床石で綺麗に転んで全身を投げ出し、そのまますーっと滑って頭から湯船に飛び込んだ。
無駄のない洗練された動きは、まるで最初から狙って滑ったかの様にしか見えないが、本人に確認するまでもなく、完全なトラブルにより起こった事故である。
「流石に……温泉は、遠慮……しておく、よ」
と種族が『本』に成った為に、付き合わなかったバルダークが此処に居れば、滑らないよう床材の素材も加工も、知識と工夫を総動員したというのに、それをあっさり乗り越えていくベルティータの姿に、きっと頭を抱えただろう。
水面より脚だけが見える姿に、シンクロナイズドスイミング……と言うよりは、有名なミステリのワンシーンを思い出す。
おもむろにマリーが近づいて、じたばたしている短い脚を片手で掴むと、あっさりと水面からベルティータを引っこ抜いて、そのまま宙へと放り上げる。
ぐるぐる大回転して落ちてきたベルティータの両腰を掴んで止め、ぜんぜん違うのねウチのお姫様とは、と笑顔のベルティータをしげしげと見つめる。
「誰とも似ていない、というのが正解で正確。ベルティータ姫は、いい意味でも悪い意味でも特別なのよ」
マリーのいきなりの暴挙にも非難せず、髪をアップに纏めたジゼは、軽くかけ湯してから、湯船にゆっくりと身を沈めていく。
ほうと抜けるように息を漏らしながら、思わずつぶっていた目をゆっくりと開き、まだベルティータをぶら下げているマリーの方へ両手を伸ばす。
「身体洗ってから入りなさいよ。アルファは此処の処、連戦に継ぐ連戦だったんでしょ?」
言いながら、ベルティータの長すぎる髪を器用にタオルで纏めるが、ボリュームばかりは如何ともしがたく、仕方がなしに纏めたタオルを解くと、手早くツインテールに纏めてから、片方をお団子にしていく。
「そういえば、髪の毛短く出来ないのも困ったもんよね、髪型は一応変えられるのに」
「戦闘で燃えたり斬られたりしても、戦闘後に元通りに成る為でしょう」
広い湯船で隣に入りながら、ジゼの独り言に当たり前のように返事を返しつつ、アルリールがベルティータの残った方のツインテールを、さっと編んでくるくるとまとめていく。
「姫様の髪って癖が成さすぎる上に細すぎて、良くそんなにはやく纏められるわねアル」
「一番付き合い長いですからね、何度か纏めたり編んだりしているんですよ……噴水に落ちた後とか」
ねー?とベルティータに小首を傾げるアルリールに、コクコクと頷いてから、真似るようにベルティータも首を傾げて見せる。
「しかし、男性に裸を見られるのが嫌だから混浴反対などと言う、訳の分からないユーレリアの意見に、皆が賛成するとは思いもしませんでした」
「いや、訳が分からなくはないでしょ。常識的な意見だし皆も賛成したんだから」
長い尻尾をくねらせ、胸を腕とタオルで隠しながら、眼鏡を外したユーレリアが近寄ってきて、つっかかりつつも三人の間にとぐろを巻き、そこへ姫様座らせなさいよと、促す。
立っていれば問題ないが、座るとベルティータでは水没する深さである、尻尾なら座って丁度いい深さに調節できるでしょ、ということらしい。
幸い今現在ベルティータを確保しているのがジゼであったため、ユーレリアの提案は反対されることなく実行され、ベルティータも――ドレス姿のままではあるが――湯船に使ってふにゃけた表情を浮かべる。
「こうなるってわかってたから、あの時誰も止めなかったの?」
ユーレリアの口から出たのは、抽象的で曖昧な問い掛けだが、読み解いていくのは然程難しくはない。
向けられたのは、アルリールとジゼの二人で、そのどちらかあるいは両方が止められたという条件をみたすのは――
ベルティータが竜に転生し、『アーヴンヘイムの大迷宮』の主と同盟を結んだことでも
グライフと空中散歩に行って、エリュアリート王国軍と遭遇戦と成ったことでも
エリュアリート王宮へ侵入し、相手が守りを固めにでたことでもなく
――『常闇の宮』でベルティータが三国攻勢に出ると、宣言した件に他ならない。
『常識的な意見』で言うのなら、あの時賛成できる要因は、ベルティータの意見にはなかった。
拠点もなく、転生したばかりで右も左もわからず
現状どれだけの戦闘力を『ダーク・クラウン』が有しているのか、誰も把握してもおらず
補給物資の調達方法すら確立していないそんな状況
戦闘どころか攻勢――大規模で継続的な戦闘が可能とは、ユーレリアには思えなかった。
だが、少し考えれば誰でも気付く事であるのに、誰もあの時ベルティータに反対したり諌めたりせずに、責任者であるエイトも『ダーク・クラウン』の決定事項として受け入れたのだ。
だとしたなら、自分の気付かない何かを他の人間は気付き、少なくとも事態が好転すると、解って受け入れていたのではないか?と、ユーレリアの思考は辿り着く。
ユーレリアという人物は、自分の見えているもの、自分が理解し判断して出した答え、それらが絶対である……などという視野狭量で、低俗愚昧な知性の持ち主ではなかった故に。
「ベルティータは、こうなると思って言い出しましたか?」
右に左に首を傾げ、人差し指と中指をちょきちょき動かして、わちゃわちゃと身振りし始める。
今日はミリアがログインしてきていないため、アルリールはベルティータとのコミュニケーションが、基本的に全く取れない。
男子禁制となっている今の温泉には、普通にベルティータと話せるアジーンも居ないため、頼みの綱はジゼだけである。
尚、ベルティータ語を理解できる人TOP10入りするであろうイルフィシアはといえば、別の一角でお上品に足湯として楽しんでおり。
その周りを様々な種族の『ダーク・クラウン』の美女に囲まれてしまっていて、エリカが魔の手から守っている状態であるため、この上ベルティータに近づくのは、流石に危険過ぎると自粛している。
「全然別のこと考えて言ったら、何故かこんな事になってた、って言ってる」
最初のちょきは今のどの部分になるの?と、やはり全く理解できないアルリールと、帰って来た答えの内容に愕然とするユーレリア。
ベルティータにアルリールが尋ねたと言うことは、アルリール本人は『あの時』に、現時点のような未来図のヴィジョンは持っていなかった、と言う事ではないのか?
ユーレリアはアルリールとは、ベルティータの事で対立しがちではあるが嫌いではないし、彼女の知性と言うものを高く評価している。
グライフが『大賢者』等と言われてはいるが、ユーレリアの中では『ダーク・クラウン』で、知性という面だけで言うのなら、グライフやエイトよりアルリールの方が評価は上である。
それが『あの時』自分たちの置かれている状況を、無視して賛同した!?
「何をしたくてベルティータがああ言ったのか、とても気になります。
因みに私は、エイトとは違う視点での賛成でした、と貴女の質問には答えておきます」
「面倒くさい言い回しして勿体つけて……それとも賛成した理由が話せない内容ってこと?」
別に、とそっけなく肩をすくめながらも、興奮して外れたユーレリアのガードの下から覗く、鋭利で神経質そうな眼鏡上司然とした態度に不釣り合いなほど、豊かに実ったそれに目を奪われた。
以前転生した際にチラッとは見ていたが、こうはっきりと胸を張って見せつけられると、その圧倒的な存在感に思わず鼻に皺を寄せながらも、視線を外すことが出来ずに居た。
「アル、ちょっと見過ぎ。その部分はお互い理解も和解も出来ないから、話題にしないのがエチケットでしょ」
然りげ無さを装っても無理だと判断したジゼが、直接的にズバッと切り込んで注意し、双方が何か言い出す前に釘を刺す。
第一にして此処には、望んでもいないのに肋の浮くガリガリの、幼女の姿を押し付けられたベルティータが居るのだ、その前でして許されるような類の喧嘩ではない。
ジゼは暗にそう示しつつも、話を撃ち切った……筈だった。
目をまんまるにして、ベルティータがじーっと、ユーレリアを凝視さえしていなければ。
ジゼを振り返り、わちゃわちゃとするベルティータに、思わず吹き出してユーレリアから視線をそらす。
「……なに?ベルティータ姫はなんて言ったの?」
折角最初に、争いの種を蒔かぬよう釘を差したというのに、ユーレリアは顔を真赤にしながら、それを無視してジゼに詰め寄った。
当然間に挟まれるベルティータは物理的にも挟まれ、じたばたしている所をマリーに横から引っこ抜かれて、窒息を危うく免れる。
「ラミアって種族が、みんな魔法使いになる理由がわかった、だって」
こちらもダークエルフと言う種では、規格外の持ち物を見せ付けるように、どーんと晒しているマリーではあるが、二人を見比べたベルティータが、ユーレリア側の手をぴっと上げる。
「種族ボーナス分で負けたかー、そういう意味だとベルティータ姫の言い分も、それなりに合ってるのかも、相変わらず不思議なところでおりこうさんね」
取り敢えずベルティータを、アルリールにほど近い尻尾の上に戻しながら、マリーもイルフィシアの方へは行かずに湯船にゆったりと身を浸す。
ただ立っているだけですら、色気が滲みだすようなマリーが、しどけなく湯に浸かり上気した裸身を晒しているのだ、一瞬にしてむせ返るほどの色香が周りを支配する。
『ダーク・クラウン』には居ないタイプの女性だけに、ベルティータも物珍しそうに他の三人とマリーを見比べていたが、しばらくすると首を傾げた。
「ん?ああ、そういう視点か。あれこれ悩むより身体動かすのが好きなの、だから魔法職じゃなくて暗殺者。胸が大きいのはキャラメイクで手を抜いて、本人データほとんど流用しちゃったから。
私からも質問していい?」
コクコクと頷くベルティータに、ありがとう、と微笑み返しながら、マリーはゆっくり足を組み替え。顎に手を当てながら、ベルティータの目を覗きこむ。
「どうして、私達が占領した都市じゃなくて、その奥にある敵側の領地に、ミリアちゃんが買い付けに行ってるの?」
わちゃわちゃと腕と羽根を動かし、すっかり黙ってマリーとのやりとりを見守っていたジゼへと、ベルティータは少し心配そうに振り返る。
つられて他の三人も、ジゼに不安そうな目を向け、僅かに視線を下げ、再び顔を見つめる。
「……何の心配してるの貴女達は、余計なお世話よまったく。卵がほしいからだって」
「卵?ああ、竜になったんだっけ……結婚相手を探してるって事?ベルティータ姫は」
ぶんぶん首を振って、再びわちゃわちゃとしだし、最後に湯船をぱちゃぱちゃ叩いた。
「温泉卵つくるんだ、って言い張ってるわ姫様。
だから、元気な鶏を手に入れるのに、ミリアが農村部に買い付けに行く予定だったけど、安く売ってくれる仲介業者を見つけたから、今回のイベントは大成功だったって……」
「ちょっと待ってよ、三国に攻勢仕掛けて敵を追い払ってギルドハウスを作って、敵領地内にまで潜入して資材を買い付けたのって、温泉卵を作るためなの?」
マリーの反応に、胸を張ってドヤドヤして見せながら、わちゃわちゃと何かを追加するよう手振りする。
「お芋も鶏も蒸すよ、だって」
目を見開いて数瞬固まっていたマリーだったが、腹を抱えもう一方の手で隣のユーレリアの肩を叩きながら大きな声で笑い出し、色っぽいお姉さんから、馬鹿笑いするお姉さんの姿が垣間見える。
とは言えそれで『色っぽいお姉さん』が剥がれてしまう訳ではなかったので、化けの皮を被っていたのではなく、普段あまり表に出ない一面が、ひょっこり顔を出したに過ぎない。
もともとあんな口調や色気をダダ漏らししていながら、気さくな性格なのは話してみてすぐにもわかるが、『ちょっと見た?お芋も鶏もって言ったあの顔』と、ユーレリアの方により掛かるように顔を伏せ、肩を震わせながら、目の端には涙を浮かべている。
ユーレリアも、そんなマリーに迷惑そうな顔を向けはしながらも、押し退けようとはせず。なんでマリーに嗤われたんだろう?と、不思議そうに首を傾げているベルティータを見ながら、以前砂浜で歩きながらナインに言われた言葉を、ふと思い出していた。
破天荒な出来事に巻き込まれ、面食らっているナインに、ユーレリアが『貴方もしかして苦労人?』と問い掛けて、返って来た言葉それが……
『今日から君も同じ立場だ。一般常識ってものを、自分が持っているという自信があるのならね』
まったくもって同じ立場だ、反論する気が起きないほどに。
ベルティータは、絶対誰にも予測なんて不可能な動機で、無邪気に大事件を引き起こし。
周りは暴走するベルティータを、止めるどころか悪ノリして事態を更に大事にしながら、自分から進んで巻き込まれに行く。
ノリに取り残されていた者は、ベルティータに目をつけられ、いつの間にか中心に引っ張りだされていた。
何より酷いのが、一部の冷静な者達がベルティータの暴走を、『微笑ましいもの』として見守りながら、成就するよう手助けしつつ……
ベルティータを含む『ダーク・クラウン』というギルドが、今後も上手くやっていけるように、細かく上手く調整し上手に皆を導き。
皆も『誰かが調整しているだろ』と信頼し、自分が利用されていると憤らずに、導かれた先で精一杯真剣に、馬鹿騒ぎを行う事で。
……ベルティータは大真面目で真剣に、ただ暴走しているだけ。
欠片も王女さまらしくもなければ、名目上だけとはいえギルドマスターらしくもなく……無邪気な演技で実は未来を見据えた手を打つ、などという小難しいことは、全くこれっぽっちも考えてない。
そこに何も計算がないからこそ、常に冷静な者達には決して出来ない大事件を引き起こし、大事故に皆を巻き込んで、敵も味方もすべてを呑み込んで翻弄していく。
「ベルティータ姫は、ただ可愛いだけじゃなく正真正銘お姫様で、『ダーク・クラウン』には無くてはならない『特別』なのね」
「何を今更、エイトがギルドの姫宣言をした瞬間、ベルティータはギルドメンバーの、特別で絶対で中心に成ったのです。
システム的に制限されたのではないコレは、恐ろしいですよ。システムからの『してはいけない』という受動でなく、『何かできないか』と常に皆が能動で動く訳ですから」
温泉に浸かっているというのに、ユーレリアの背筋はアルリールのその一言で、怖気震える。
だが、反対に口角は楽しげに吊り上がり、赤い唇は魅力的な弧を描いた。
そんな事はとっくの昔から、ユーレリアがベルティータに向けてやってきたことだ。
自分がこの先、ベルティータに必要な存在として側にいられることはわかった、それさえわかってしまえば、心配することなど何も無いではないか。
「心配して見に来たのが、無駄になってよかったじゃない」
ジゼがそっと耳打ちすると、マリーは軽く肩をすくめただけで、別にそんなに心配はしてなかったわ、という顔をしてみせる。
ユーレリアは元々が『パラベラム』のメンバーではなく、ゴタゴタに巻き込まれるようにして、『ダーク・クラウン』に参加することになった一人だ。
彼女の実直で、物事を深く考える性格をよく知っているマリーは、最悪の場合は彼女を『シャドー・ティアラ』に引き取ろうと考えても居たが、それは実に幸運なことに杞憂に終わった。
「ちょっとツンツンしてるけど、どこでも上手くやっていけるわよ、優秀なのよあの娘?」
MMORPGがVRとなり、今までとの最大な差異は人間関係によるトラブルの多さだ。
厳選された元々のメンバーに、成り行きで加わったようなユーレリアが馴染めるかどうか、マリーにとっても実際に過ごしてみるまでは解らなかった。
しかし、その性格をよく知るマリーがすぐ近くに居ればフォローが出来る分、引き取れば『シャドー・ティアラ』に馴染むことも出来るだろうと考えても居た。
「確かに、優秀なのはエイトが認める程だしね、それでも心配して見に来るなんて、良いお姉ちゃんじゃない」
軽く肘で突かれて、マリーは足を組み替え胸を見せ付けるように艶然とジゼに笑み返す。
「私は最高の姉だもの、その妹が優秀じゃないわけ無いでしょ?」
2017.09.24




