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48.足場を確保しよう

ちょっと難産でしたが、取り敢えず自分的には満足の物が掛けました。


読んでいただいた方に、何かを残せたなら嬉しい限りです。

 48.足場を確保しよう


 柔らかな陽の光を浴びて、青々とした葉の縁が輝き、そよと流れる風は土の匂いを運び、地に落とす陰をそっと揺すりながら、澄んだ涼しい空気を運んでくる。

 絶える事なく耳に届くせせらぎの音色は、近くを流れる小川が然程大きくはないが、穏やかな流れである事を教えてくれていた。

 そんなゆったりとした自然のただ中にあって、時折混じるやや不調和な水が撥ねる鋭い音は、川縁に座る幼い子供の足先が、水面を割って現れる度、陽光に輝く水飛沫とともに生み出される。


 のどかで牧歌的な光景の中心におり、靴のまま小さな足を川面に浸し。

 どころか気づいていないのか、ドレスの裾もすっかり水浸しにして、後で怒られてしまうのでは無いかと、見ている方が心配になる笑顔の幼女は、右に左に緩やかに身を揺らしながら、声無き歌を無邪気に歌っている。

 見るからに御機嫌な様子の幼女が、不意に動きをとめたのは、対岸の草叢からひょっこり長い耳が覗くのに気づいたからだ。


 座った姿勢のまま脚を振って勢いを付け、ぴょーいと小川の中に降り立つと、いとも簡単に足を滑らせ、派手な水音を立て一瞬で全身を水中に潜らせる。

 しかし全く慌てず流れに身を任せ、少し流されながらどうしようかと考えていたが、次第に銀の長い髪が全身に纏わり付き、身動きが取れなくなってきた為、んっ!と力を込めて髪の間から羽根を出し、毛玉ミノムシ状態のまま、ぴよぴよと水面から飛び上がることに成功。

 何とか対岸まで辿り着き、そのままぷちゃっと無様な着地をしたが、怨念さんのがんばりで顔から落ちたにも関わらず、顔面強打は辛くも回避した。


 濡れた髪に全身纏わりつかれた状態からの、自力脱出は困難だと判断し、自然乾燥で髪を乾かす為に、日当たりの良い場所を目指して、ごろんごろん転がって移動を始める。

 せっかく対岸へとたどり着いたというのに、何のために小川に飛び込んだのか、綺麗さっぱり忘れ去り、先ほど見かけた長い耳のことなど、すっかり頭から消え去っていた。

 

 三国に対し積極的攻勢を仕掛けるなどという、戦闘を奨励し戦争を煽動する様な手を、初手から打ったベルティータが、いま何をしているのかといえば、見たまま――遊んでいるのである。


 『アーヴンヘイムの大迷宮』の最深部で主を倒すと、竜幼女を手に入れるクエストが受けられる様になる!などと言う法螺話が、掲示板で実しやかに飛び交っているというのに、対三国反攻競争が終わっても、『アーヴンヘイムの大迷宮』に冒険者が群をなして押しかけてくることはなかった。

 勿論、冒険者が攻略に全く訪れなかったかといえば、決してそんなことはないのだが、その数は明らかに以前より減少している。

 当然だろう、カドマイン王国は都市をひとつ陥落され、エリュアリートは王宮内に侵入者を許し、三国すべてが大なり小なり人員、施設ともに損害を被ったのだ。


 勿論それは直接的に冒険者の行動を、足止めしたり制限したりは出来ないが、瑕疵を埋めるのに冒険者を利用するという誘惑に、勝てる国は残念ながら三国の内にはなく。

 陥落した都市の奪還作戦や、王宮を含む重要施設の警備強化など、日本サーバーだけが引き続き独自のイベントを生み出していく事となり、他国ユーザーからの書き込みで、掲示板が埋められる事件が頻発という、笑い話のような笑えない話が実際に起こり、目下継続中である。

 もっとも冷静な声の中には、所詮それは『隣の芝は青い』でしかなく、国により攻略深度や細かな状況など違いは有るのだから、全てを求めるのは強欲である……と言っている理性的な者もあるのだが、皆を冷静に立ち返らせるには少数派に過ぎた。


 兎にも角にも、ベルティータのただの思いつきにより勃発した対三国反攻競争は、『こちら側』に転生した直後の体勢が整わず拠点も無い、足元の全く定まらない不安定で最も危険な時期に。

 三国の軍隊だけでなく、冒険者達までを攻勢ではなく防衛につかせ、あちらではなく『こちら』の都合で戦場を決めることで相手の足を止め、準備の煩雑さと、冒険者は軍隊ではないことを三国に遍く知らしめた。

 命がけで王宮に忍び込み、王女の下着を全世界に晒し――怒られて正座させられ――たことで、一方的に攻略をするのではなく、相手に攻略される可能性と恐怖を強く認識させたことにより。


 いま、何よりも貴重な、『時間』をベルティータ達は得たのである。


 それほど貴重である時間を、戦闘系メンバーは、一部を除き『アーヴンヘイム』の改修工事に赴き、冒険者の排除を積極的に行うことで、作業を行うメンバーの安全を確保しつつ、労働力としてその手伝いをし。

 生産系メンバーは、『アーヴンヘイム』に行った一部を除き、ギルドハウスの建造を急ピッチで推し進め、同時にアイテム生産も行うという、高難度ミッションをこなしていた。

 そんな中でベルティータも、最初から一人で水遊びにかまけ、貴重な時間を浪費していた訳ではない。


 『アーヴンヘイム』の改修について行こうとして、ゼフィリーとグリムリープに却下され。

 ギルドハウス建設の手伝いをしようとしては、天才的な不器用さと芸術的なドジを遺憾なく発揮して、やんわりと断られ。

 仕方がないので、グライフと空の散歩に行こうかと思えば、今それだけはやめてくれと、ジゼに必死に懇願された結果なのだ。 


 ベルティータを含む、各人が出来るベストを尽くした甲斐あって、装飾や細かい部分は今後拘りを持って順次手を入れていく段階ながら、『ダーク・クラウン』メンバーの土台と成るギルドハウスは、恐るべき速さで見事に完成した。

 以前のギルドハウスは、どちらかと言えばホテル風な外観だったが、今回バルダークが陣頭指揮して建設したギルドハウスは、大貴族の豪邸風で敷地面積は数倍。

 地下には各工房、前面に広がる庭園には噴水、一角に薬草園を備え、正面には城門と跳ね橋が、全体を囲む様に城壁と掘りが巡り、一応はお城っぽさを出そうとの努力が伺える。


 そして問題の温泉とプライベートビーチは……最大限の努力の結果、温泉だけは何とか――最後はアルリールが魔法を連発してぶちぬくという荒業で――掘り当てることに成功し、渡り廊下でつながる別棟という形にはなったが、完備することが出来た。

 ちなみに、ベルティータが水遊びし流されていた小川は、敷地内に湧き出る泉から、外の堀へ水を供給しているものである。

 『アーヴンヘイム』の主が提供してくれた情報は、かなり無茶苦茶な要求のほとんど全てを叶えてくれ、これ以上の場所はなかっただろう。


 勿論これだけ理想的な場所が、手付かずに残っていたのには、相応の訳がある。

 

 まず『常闇の宮』への移動だが、はっきり言って転移魔法以外の手段がない。

 野の獣や、戦闘用の砦であるのなら良いが、この規模の小要塞とも言える大豪邸を建てる、と言うことはかなりの権力者であり、中央へのアクセスは重要なポイントである。

 如何に理想的な条件の場所であろうが、整備された道などない森の只中に、大豪邸を建てようなどという者は居ない。


 ついでに言うのなら道がないということは即ち、人里から離れ過ぎて居るということで、文化的生活を送りたいのなら絶望的である。

 そんな立地では、人を雇おうにも応募してくるものがおらず、食料を含む生活必需品を集めるのも、不可能ではないものの莫大な費用が発生するからだ。

 もっと根本的な問題としては、木材はまだしも石材をこれだけの量を、こんな森深くに用意するだけで、特殊な手段でも持ち合わせていない限り、常識的に考えても普通は破産する。


「警報設備はまだ第一段階までしか設置出来ていないから、何も無いとは思うけど一応皆気をつけておいて。それからホームポイントの設定をしておくのを忘れないように、でないと死んだら闘技場で目を覚まして、助けを呼ぶことになるから」


 『ベルティータ城(仮)』完成に皆浮かれている中、こうしてあれこれ注意を促してしまうのが、ジゼがギルドの皆に陰で『お母さん』と呼ばれる所以だろう。

  

「さて、では私はベルティータと、温泉にでも入ることにします」


 たった今、一応だが警戒はしておけと言われたばかりだというのに、まるでそれが聞こえなかったかのように、風呂に入ってくると態々宣言し。長い金髪を翻し、颯爽と歩き出すアルリールのローブを、同時に掴んだのはジゼとユーレリア。

 ベルティータが何を考えて、温泉がほしいと言い出したのかは不明だが――多分、いつもの思いつきで何も考えては居ないのだろうが――そもそも、ゲーム内で風呂にはいる必要など無い。

 しかし、可能な限りベルティータの希望は叶える、というギルドの基本方針のままに、努力とアルリールの無茶で、とにかく希望通りに温泉は作られた。


 本来使う必要がなく、使われることもないだろうと考えられていた物を、あえて使うと言い出したからには、そこには別の思惑が存在する筈なのだ。


「姫様は服が脱げないのに、それでどうやって温泉に入るつもり?解呪出来たら出来たで二度と着れなくなるのよあのドレス」

「忘れてないわよアンタが破廉恥娘だって事は、ベルティータ姫と二人で温泉なんて、私の目が黒いうちは許さない」


「なら貴女も一緒に入れば良いのでは?いや、いっその事皆で入れば良いではないですか、それだけのキャパシティは有るのですから」


 両名からの言葉の内、アルリールが答えたのはユーレリアのものだけ。それも、ベルティータと風呂に入るのに、貴女の許可など必要無いと突っ撥ねたのでは無く、二人きりがダメなら皆でと、相手の感情的な反応に対し実に理性的でおおらかに答えた為、ユーレリアも押し黙ってしまう。

 ユーレリアは思い出していた、アルリールは転生の時に全く隠すそぶりも見せず、自らの裸身を晒し平然としていたのだ。


 とは言えそれはアルリールに羞恥心がないのではない、ユーレリアにとって見ればキャラクターとはいえ裸を晒すことは、恥ずかしくとても耐えられないことである。

 対して、アルリールからすれば自キャラとは言え自分自身ではないのに、何をそこまで過剰反応をする必要があるのか、そもそも冒険者のような仕事をしているのに?と、どちらの言い分にもそれなりの説得力が有り……完全に個人的なスタンスの違い。

 しかし、どよめいていた場は、ジゼの続く言葉にさらなるどよめきをうむ。


「期待した男性諸君には悪いけど、アルの思惑はどうだったかは知らないけど、皆と言っても……最低限『この世界での女性』限定に区切らせてもらうわよ?」

「異議ありっ!」


 瞬間的にズバッと手を上げて、声高らかに反対したのはナイン。

 女性キャラクター達からは、隠そうともしない嫌悪と汚物でも見るような、明らかな軽蔑の視線が降り注がれ。

 男性キャラクター達からは、現代の(?)勇者を見たっ!とばかりに、どこか尊敬と含み笑いの込められた眼差しが向けられる。


「自分たちだけベルティータと最初の風呂に入るなんて、断じて承服できない。それなら最初はオレとアルとベルティータの三人っていうのが当然の権利だろ」


 見守っていた全員の思惑を完全に飛び越えたナインの発言には、在りし日にアルリールが言っていた通り、女性陣の気持ちや感情を理解せず、完全にピントのズレた焦点で語られ……結果的には『お前らの裸なんかどうでもいい』発言。

 その上ナインは追撃の手を緩めず、皆の呆れと苦笑いを遥かな高みへと誘う。


「アルだってそう思うだろ?ベルティータとアルが噴水に落ちた時みたいに、オレだけ見てるとか今回はなしだよな?」


 本当に珍しくアルリールはきょとんとした表情を浮かべ、ゆっくりと口角を吊り上げる。

 そんな素振りはあまり無かったが、あの時ナインは、寂しかったか羨ましかったのか、とにかく二人に置いて行かれたと、疎外感を僅かに感じていたらしい。

 きっぱりと強気で自分の意見を押し出し、真っ向からジゼに対抗しているが、ようは自分も連れて行けと吠えているワンコかと思うと、思わず笑いが浮かんでしまう。


「そんなザマだから、いつまで経ってもギルドの女性陣に相手にされないんですよバカ9。

大人の女性達より、ベルティータと一緒が良いなんて……」


「いや、態と誤解を招くような言い方してるだろアル。オレはあくまで兄的な、いやだからシスコンじゃないって、庇護欲とか保護欲とかそういう感じだって」


 言葉を尽くせば尽くすほど、どんどんと泥沼に嵌って行くとはわかっていながらも、誘われるように深みに嵌って行くナイン。

 それを理解しながらも、真面目にしか聞こえ声と態度で、幾重にも揶揄い続けて逃さないアルリール、そんな二人のいつものやり取りに。

 ナインに向けられていた女性陣の視線は、汚物を見るようなものから、なんだただのシスコン兄かと残念なモノを見るものへと変化し、それに伴い『とりあえず無害』とのレッテルが貼られる。




 絹を引き裂く様な悲鳴が届いたのは、そんな緩みきった空気の中であった。




「先行するっ!」


 と言う言葉と、地を蹴り付ける様な音を残し、我に返った皆が目にしたのは、低く全力疾走の体勢で角を曲がる、剣を左手にひっ摑んだナインの背中。

 ローブ姿という、どう考えても走りに適さぬ格好で有りながら、僅かに遅れただけで付いて行くアルリールの後ろ姿。

 悲鳴に反応して行動を起こす迄の時間が、これ程まで周りと違うのは、偏にこれまで潜り抜けて来た修羅場の数が違う。


 ナインとアルリールはコンビを組んで以来、ありとあらゆる戦場に於いて共に戦い、時に絶望的な状況をひっくり返し、時に二人で屍を晒して来た。

 今更状況によって相談する必要など無い程に、お互いが取るべき選択はわかっており、相棒がそれを選択する事を疑いもわかない。

 それ故に、ナインが何を悲鳴から察し、どうしてこれほどまでに焦って走りだしたのか、アルリールにだけは判った。


 悲鳴の聞こえた方向、ナインの向かう先にいったい何が有るのかを。


 下生えが足に絡み付くのを引きちぎり、低木の細い枝葉を力任せに掻き分け、揺れる視界と荒い自分の呼吸音が耳に響く。

 最初にBABELに降り立った日に戦闘した時は、すごい違和感を覚え慣れなかったが、今では疲労と緊張で起こる様々な能力低下も上手ないなし方も覚え、まるで現実で歩くのに一々動作を意識せずに出来るように、無意識にそれを行い。

 思考から動作までの同調誤差も、ほぼ完全になくなり現実と同じかそれ以上に、完璧に身体を操れるように成っていた。


 向かう先からひっきりなしに聞こえる、ガサガサという葉擦れの音が、前方で揺れる草叢からの物だとはっきり聞き取り。

 ナインは駆け抜けるそのままに踏み切り、小川を飛び越える空中で剣を抜き放つと、着地と同時にもう一度地を蹴りつけ、勢いを殺さずに草叢へと押し入る。

 そこにあった無残に変わり果てたベルティータの姿に、一気に力が抜けて躓きすっ転ぶ。


 羽の生えた白銀に輝く毛玉ミノムシのベルティータを、大きなぬいぐるみを買ってもらった子供のように必死に抱きしめ、膝の上に載せて満面の笑みを浮かべているイルフィシア。

 そんな二人の光景を大興奮しながら、細かく位置を調整しながら眺め、きゃーだのイヤーだのと黄色い悲鳴を時折上げるエリカは、どうやらスクリーンショットを撮りまくっているようだ。

 少し離れた位置でそれを眺めているマリーはといえば、普段はどちらかと言えば堅苦しいエリカの珍しい姿に、優しい苦笑いを浮かべながらも止めることはなく、色っぽい仕草で片目をつぶって腰をかがめながら手を合わせ、ベルティータにお願いと謝罪を同時に行っている。


「エリカが少しうるさかったかしら?

 ウチのお姫様が掲示板のスクリーンショット見つけて、どうしてもベルティータ姫に会いたいって聞かなくてね。今回お姫様も頑張ったしここの処殺伐としてたじゃない?だから心のデトックスにって来たんだけど……見つけた途端に離さなくなっちゃって」


 必死の形相で剣を抜いた男が飛び込んできたというのに、イルフィシアもエリカも全く気にもせず。

 マリーはあいてがナインであることを、最初から気付いていたのか身構えず、まるで最初から隣に居た相手のように極普通に説明をする。

 立ち上がりながら剣を鞘に収め、軽く土を叩きながら取り敢えず安堵の吐息を洩らし、ナインは自分が来た方へと呼びかけた。


「何も危険はないよ、イル姫さんが遊びに来ただけだってさアル」


 ナインの方へ軽く手を上げ了解した旨を伝えながら、つかつかと無言のまま挨拶の言葉ひとつ掛けずにマリーの前を通り過ぎ、ナインがため息をつく。

 そのままエリカの隣で立ち止まるアルリール、あれ?助けに来てくれたんじゃないの?、という顔のベルティータに向け両手を伸ばし、指で四角いフレームを作って眺めながら、無言で立つ位置を修正した。


「悪いけどもう少し我慢して、アルにも結構デトックスは必要みたいなんだ」


 2017.09.23

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