43.呆れられてみよう
相変わらずベルティータは天真爛漫、自由奔放に楽しんでいるなと、読んでいる方に思ってもらえたのなら、今回は成功かなと思います。
読んでいただいた方に、何かを残せたら嬉しい限りです。
43.呆れられてみよう
結果として、『アーヴンヘイムの大迷宮』の主とは、無事に同盟交渉にはいることが出来た。
……とは言えベルティータである。『無事に』ではあったものの、『何事も無く』と言う訳には、当然いかない。
同盟を組むにあたり、主が存在としての対等問題に、蟠りを残していることを見抜き、地面に座ったまま二人で一緒になって、さてどうすればお互い納得できるかと悩み出した。
何時までも眉間にしわを寄せて唸る二人の姿に、誰もが思いつきながら口にしなかった解決策を、バルダークが切り出す。
「グライフと……同盟、組んでもらえば……良いんじゃ、ない?」
それに対するベルティータの答えは、両人差し指のクロス。
主の答えは、虫ケラでも見るような凍てつく視線を向けただけで、口も開かない。
共に却下した両者の内、主はともかくとして、ベルティータはその答えが不正解だと最初から認識しており、それ故選択肢に入れていなかった事が、少なくともその態度でわかった。
グライフは確かに『ダーク・クラウン』の幹部で、竜という極めて強力で稀な存在ではあるが、『ダーク・クラウン』のギルドマスターは――エイトが実質的にはそうなのだが――あくまでベルティータなのである。
バルダークの答えは、『同盟を組む』『相手が対等の存在』という問題はクリアできるが、『ベルティータと主が同盟を組む』という大前提から外れており、全く意味のない提案。
グライフと同盟を組んだから、彼が所属する『ダーク・クラウン』とも同盟ね、とは行かない。
仄明かりが各所で点在するだけの、暗く耳の痛くなるほど音のない、静かな最下層『竜の間』に渦巻き伸し掛かる重々しい空気は、次の瞬間僅かに揺れる。
突然ぴこんっとベルティータが長い耳を跳ね上げ、わちゃわちゃとかなり早手振りで問い掛けだした。
主も既に順応しており、三つ有る眼の一つは隣のミリアを見ている。
「何故、目玉のリングは竜になれるのか、って聞いてます」
主以外の誰も、ベルティータの言葉を理解できなかった。
もし仮に、この場にエイトないしジゼが居たなら、その意味を理解したかもしれない。
二人は知っているのだ、ベルティータが『真実を暴く鍵』から生み出した『たそがれの指輪』には、ドクロリングの他にもう一種類存在することを。
そして、二人が協議の末に、ただ一つだけ違った目玉のリングをグライフに渡すことを選択し、グライフも納得の上でその選択を受け入れたのだから。
ベルティータを見守っていた者達は、左右を視線だけで確認しても、周りも同様に答えを求めるものしか居らず、己の内に湧いた疑問の答えを知る者は、問いかけた者と問われた者以外ないと悟った。
しかし、その説明を求められる空気ではなく、黙って見守るしか無い事もわかっており、胸の内にモヤが溜まる。
「アレは『真実を暴く鍵』の守護者となる為のもので、中央にある黒竜の眼の分け身の様な存在。それが魂に食い込むが故に竜身を得る」
答えを聞いたベルティータが、こてんと首を右へと倒す。
「それならば何故『真実を暴く鍵』を持つものが、竜身とならぬのか、と言いたいのだろう?手にした者が『救うべき者』、『守るべき者』に狩られるからよ、それ故左右に配した目で竜化を防いでおる。
最弱の竜とて竜は竜、劣勢に追い込まれた者共の真っ直中、最高の素材を持った最弱の存在が目の前に居れば、殺されありとあらゆるものを剥ぎ取られる」
なるほど、と妙に納得した表情で頷くベルティータに、銀の皿を気持ち押し出し、遠慮せずもっと食べろと促す。
暗視持ちばかりで不自由は無いが、薄暗い中で石畳みに直置きの皿から、手掴みで物を食べている姿は、事情を知らぬ者が見れば、世界の半分を治めた者の娘だと、どれ程心を込めて説明しても信じては貰えないだろう。
どんなに好意的に解釈しても、せいぜいお利口な野蛮人か、頑張っても原始的な宗教儀式――それもかなり邪悪寄りな代物――にしか見えない。
しかし、全員が不自由なく過ごせている場合、外からどう見えるかなどという事に、人は意識が向かぬもの。ましてや目の前に、深刻で巨大な問題が立ちはだかっているとなれば、そんな些事など意識の片隅へと放り投げられるのは当然。
「しかし、こうも対照的な姉妹はそうはおるまい。もう一人の王女は、『真実を暴く鍵』をかなり効果的に利用し、戦線を優位に進める多大な貢献をしていると言うのに」
お前と来たら……、と残念な者を見る目でため息を吐く主の態度など、ベルティータは全く気にも掛けずに、皮の厚い果物に噛り付いていた口を開け。
抜き放った伝承級のナイフで、派手に床へ果汁を撒き散らしつつもあっさりと四当分し、内一つを果汁塗れの手で掴み取り、柔らかな果肉をはむはむ顔を埋めるようにして食べる。
「師匠が見たら『痒く成るから垂らさない様にたべて』って、スタイ着けさせられちゃいますよ」
『取り出し』たハンカチで口元を拭ってから、ナフキン代わりにベルティータの襟元に、ひろげたハンカチをかける。
されるがままに成って、特に嫌がりも抵抗もせず、ミリアの世話を受け入れていたベルティータの耳が、ぴこっと大きく跳ねた。
眼を輝かせた表情には、良いこと思いついた、と書いてあるのだが……
それが大抵ベルティータ本人にとって『だけ』良いことで、周りの者達は問答無用で巻き込まれる、自然災害の様な思い付きである事を、ギルドメンバーは経験的に知っている。
救いと言えば、ベルティータ本人に全く悪気がなく、巻き込まれて苦労もするが、案外やって見ると面白かったり、他では経験出来ない体験であることだ。
その場の全員が、不安と期待に満ち溢れた複雑な表情で見守る中、ベルティータが行ったのは、何の事はないただの『取り出し』だった。
「やはり、王女が犯人だったか……」
と、苦々しげに主が吐き出すまでは。
ちまい掌の上に乗っているのは、血となんだかわからぬ体液に塗れた――巨大な目玉。
ナインに『取り出し』を習った直後にベルティータが『取り出し』てみせ、アルリールがナインの悪戯だと思い文句を言った例のアレ。
その時は全く正体が解らなかったが、今ならなんとなくわかる、と言うより妙に見覚えがある。
つい先程まで、目の前にあったモノと、やけにそっくりな気がしてならない。
「『真実を暴く鍵』の作成時、準備したはずの眼が消え去った。お蔭で人の姿をとる際は隻眼となったがまあ良い。……で?今これを取り出して何とする、今更返せとはいわん取られたワシが悪い」
あーん、と口を開いて目玉にかぶり付こうとするベルティータの行動は、流石に主を含む全員に止められた。
「恐ろしく無鉄砲な真似をするな……流石のワシも、今まで生きて来て、そんな真似をするものは初めて見たっ」
顔を青ざめさせ、左手で胸を押さえながら、主が心を落ち着けようと深呼吸をするのに、つられ皆が深呼吸をするさまを、怪訝な顔でベルティータが見回す。
「いやいやいや、オカシイの嬢やで?なに目玉の持ち主の目の前で喰おうとしとんねん。ってかツッコミどころ多すぎて、何処ツッコんでもツッコミがズレるて、ウチも生まれて初めてやわ」
ちまい指を伸ばした手の甲で、ゼフィリーの屈んだ胸元を叩くベルティータに、ゼフィリーが頭を抱えて蹲る。
「確かに生まれ変わったばっかやけど、嬢に突っ込まれんのはなんか納得でけん」
首を左右に傾げながら、結構上手に出来たと思うのに、という顔をして不思議がるベルティータ。
完全に論点が、明後日の方向に向いているということも、そもそも何で皆に止められたのかも、本人は全く理解していないのがその姿からは見て取れる。
「なま物はあたると危ないですから、せめて火を通さないと」
ベルティータの忠実な侍女は、きっちりとゼフィリーに仕上げを施し、親衛隊の七人をしてドン引きさせる。
『火を通せば、目玉の持ち主の目の前で、喰っても良いのかよ』と、潜められた声が飛び交ったが、ミリアはベルティータ程に聴覚が優れておらず、それには気付かないままで、流石に天然主従にこれ以上好き勝手に言いたい放題させておくのは危険だと、遅まきながらバルダークが話を叩き切った。
「いや……そういう問題……でも、ない」
ベルティータとミリアが顔を見合わせ、二人して首をひねる姿に、僅かに戦慄しながらも首を振って気を取り直し、主の大きな手がベルティータの持つ目玉を、覆うように置かれる。
「黒竜の眼は、強力な装備の材料として、様々な用途に用いる事が出来る。王女が望むのであれば装備として昇華させよう」
皆が固唾を呑んで見守りながらも、頭のなかであれこれと想像し、視線に物欲しそうな色が交じる中、わちゃわちゃとベルティータは迷わず身振り手振りをし、ミリアを見上げる。
皆の視線が様々な感情をのせ、一点ミリアに集まる中、やけにゆっくりと開かれたミリアの唇がこぼした言葉は、誰の想像をも超えた代物。
「……姫様は、『できれば甘いのがいいな』って言ってます」
空間は、完全に沈黙した。
『真実を暴く鍵』という伝説級の現物を持ち、その性能を実際使って知りながら。
それを造れる程に希少な素材を使い、あろうことか黒竜が作ってくれるなどと、奇跡的に言い出した現状は、万人に聞けば万人に羨ましがられる状況。
一体どれ程の凄まじい能力を持つ装備を、手にすることが出来るのか、誰しも想像に震え、胸を震わせながら子供のように期待し。
可能であれば、自身にその装備を譲ってもらえないだろうか、などと淡い期待を抱く、そんな所に投げ込まれたのが……コレである。
他の誰にも望めぬだろう。
他の誰もが嘲る、否……半分は激怒するだろう。
故に、他の誰にも今まで出来なかったのだ、黒竜を爆笑させるなど。
「やはり、やはりだ、王女よそなたは母より姉より遥かに愚かで、オモシロイ。良かろう、その望み叶えてしんぜる」
握った掌を開くと、ベルティータのちまい掌の上に、ころんと小さな赤い宝石のような物が転がる。
皆がそれに視線を向け、宝石の正体に気づき驚いた頃には、ベルティータはそれを口の中に放り込み、かろかろとしばらくなめてから、ごっくんと呑み込んでいだ。
高廃レベルプレイヤー達は、その事実を現実と認識することから逃避するため、意識を飛ばすしか無い。
唯一、ベルティータを心配そうにしていた、低レベルであるミリアが見守るなか、ベルティータの内から黒いモヤが吹き出して、頭、背中とそこかしこにまとわりつく。
「そのままでは少々窮屈であろう」
主の指の先にある鋭い爪が、妙に盛り上がったベルティータのドレスの背を軽くなぞると、少しも抵抗を見せずに切れ込みが入り、そこからひょっこりと手のひらサイズの羽根が姿を現す。
深々とお辞儀をして上げた耳の上からは、短いが後方へ流れるような、既視感を覚える角が生えていた。
「まさか、そんな中途半端に変わるを望むとは……あいも変わらず、予想を越えて行きよる」
主の、呆れとも諦めともつかぬ穏やかな表情に揺れる笑みを見て、そう?と首を傾げつつ、ちんまい羽根を羽ばたかせると、ぴーよぴーよと浮き上がり酷くゆっくりと空を飛ぶ。
だが、残念ながらその姿は、『空を飛ぶ』という言葉から連想されるような優雅さとはかけ離れ。
見えざる手に、背中を摘まみあげられているようにしか見えない。
呆然としている高廃レベルプレイヤー達の目の前で、一人大喜びしてぴよぴよ空を飛んでいたベルティータだったが、不意に失速しそのまま地面へと墜落した。
ほとんど高度を取っていなかったので怪我などは無い筈だが、そのままぐでっと地面に横たわり一向に起きてこない事に、ようやく高廃レベルプレイヤー達が我に返り焦り出す。
親衛隊の面々などは、武器こそ抜かないが、主へ向け半ば殺気とも取れるほどに、鋭い視線を容赦なく向けベルティータを囲んでいる。
「暴力に訴える前にまず説明を求める、という姿勢は褒めておこう。
王女は自業自得よ、気流に乗り空を飛ぶ事は然程疲れはせんが、羽ばたき続ければ疲労する。
変質したばかりの慣れぬ身で、羽ばたき浮き続ければ当然そうなる」
主が喉の奥で可笑しそうに笑いながら、銀の皿から幾つかの果物を拾い上げ、ベルティータのもとへと歩み寄り、眼光だけで親衛隊を押しのけ、既にベルティータを抱き起こしているミリアへと手渡した。
途端に、はむはむしょりしょりし出すベルティータに、主は肩をすくめて笑いかける。
「王女よ、ワシにはそなたが、策士なのか大馬鹿なのか未だ良くわからぬ。
が、一つだけ確かな事は、ワシにはもう同盟の申し出を受けぬ理由がない」
主の言葉に食べかけの果物を呑み込み、ちまい右手を差し出す。
……のを、ミリアがその手を拭い、お説教をし終えてから、再び差し出されたベルティータの手を、主が握りかえした。
「取り敢えず、成功……で、いいのかな……これは?」
「もう成功って、何人かへは報告してるっぽい。今回はデイリー闇の軍勢とか、デイリーアーヴンヘイムとかあったら、表紙取れるくらい活躍したのに、姫のインパクトには勝てないっぽいなぁ」
竜っぽい何かになっちゃうとはね……
主が認めている以上、確実に竜な筈なのだが、とても空を飛べるようには見えない羽根、短すぎてちょっと大きな髪飾りのように見える角と、種族という非常に大きなものが変わっているはずなのに、見た目で変わった所が微妙すぎて、心情的に素直に竜だと言い切れない。
寧ろ、安物のパーティーグッズに有るような、竜のコスプレ(女の子用)の方が、もう少しマシなのではないかと思えてならず。
評価としては、やはり『竜っぽい何か』と言う辺りで落ち着いてしまう。
「取り敢えず、休みたい……気を、張りすぎて……つかれた。でも……ボクの仕事、本番は……これから、なんだよ、ね」
「そうや、ええ場所きいて居心地いけど攻めこまれんギルドハウス、ちゃっちゃと造るのがアンタの仕事やでバル」
そんな完全に気の抜けつつも、達成感の心地よい疲労に浸りながら、思わず座り込むバルダークに、ゼフィリーは極自然に身を寄せ、そっと耳打ちする。
「ところで……さっきのアレ、やっぱアレかな?」
「……だろう、ね」
「そっか……アレ食うか嬢」
残念な子を見ながら、二人して肩を落とす。
そんな二人の表情からリーヤも察し、頭をガリガリ掻きながら、それでも叫び出すのを何とかぎりぎり耐える。
前衛後衛、レベルの高低関係なしに、誰しも知っているだろう名を思い浮かべながら、その場の全員が仲良く顔を見合わせ力無く笑う、いや笑うしかなかった。
第一、主の言葉を聞いたベルティータが、性能的に判断し実用性にあふれるものを希望する、などという選択をする事をその場の誰もが想像できないのだから、実に平常運転のベルティータらしい結果と言えるだろう。
「細かい打ち合わせは、頭脳担当を揃えてくるので、そちらと詰めて欲しいって姫様が言ってます」
対照的に、流れてくるミリアの声には、どこかやりきった充実感が溢れ、聞いているものを少しだけ幸せに微笑ませてくれる、そんな声色。
ベルティータが呑み込んだ物の正体に、気付いていないのでは無い。
ミリアとて、BABELというファンタジー世界を舞台にした、MMORPGを敢えて選択したプレイヤーである。竜がくれる宝石を、ただの宝石だとおもうわけがない。
ただミリアはベルティータがした事を、ベルティータが笑顔かそうでないかでしか判断しない……と、多分誰にも理解されない理由で、決めているのだ。
その横では、ベルティータが全く懲りずに、ぴーよぴーよと笑顔で再び空を飛ぶ練習をしており……リーヤを除く親衛隊は、それを孫が初歩きをしたのを見守る祖父母そのままに見守っている。
完全に気が抜けきった、いつもの空気に主も逆らわず、ぴよぴよ飛んでいるベルティータをそっと抱き上げ、体を入れ替えながら肩越しに扉へ顔を向ける。
「同盟を結んだとはいえ、此処の主はワシで、今のそなた達は客人であるからな……」
主が人姿のまま、扉から転がり込んでくるように姿を現した、満身創痍の冒険者の一団を、一瞬にしてブレスで焼きつくした。
その壮絶としか表現しようのない威力に、『ダーク・クラウン』のメンバーもようやく理解する。
主に、援軍は必要ないんじゃないのか?ああ……だからベルティータ姫は、援助ではなく『出稼ぎ』といったのか。
姫だけがきっと、主の言っていた意味や考えを、最初から誤解なくちゃんと理解していて。
その上で、あんな暴挙を平気で行っていたのだ、とまで思考が追いついて……
あんな暴挙を平気で行い
誰も選ばない選択を行わなければ
主との同盟が成立した、今この状況には辿り着かなかったと、気付かされ。
注意されていたにも関わらず、羽ばたき過ぎてやっぱりバテ、主の腕の中でのびている幼女の姿に……
一瞬抱きつつあった、恐れも畏敬の念も急速に冷え込み。
なんだ、やっぱり何も考えてない、いつものベルティータだ、と安堵の吐息をつき……安堵した自分に顔をしかめるのだった。
2017.09.15




