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42.ダンジョンの主とたいじしよう

 今回のMVPは読んだ人により違うかなと感じつつ。

 そうであれば良いなと、思っております。


 読んでいただいた方に、何かを残せたら嬉しい限りです。

 42.ダンジョンの主とたいじしよう


「超っ弩っ根性ーっ!」


 マントを靡かせながらヤケクソのような雄叫びを上げ、幼女を小脇に抱えた全身金属鎧の人物が、石造りの坂道を物凄い騒音をかき鳴らしながら駆け下り。

 勢いの止まらないまま、正面に有る壁を蹴りつけて垂直に駆け上り、壁面を蹴りつけて空中で綺麗に一回転し、両足から見事な着地を決めた。

 某暗黒卿の様な呼吸音と共に、フェイスガードの隙間から熱気と二酸化酸素吹き出し、すぐさま姿勢を正し盾を構えたその足元の石畳は、見事に足の形に陥没している。


「もう一度、同じことは、無理っぽい」


 息も絶え絶えと言う感じで、会話モードを合わせてあるギルドチャットに、取り敢えずの無事を報告しつつ、ベルティータを抱えているのとは逆の手に持つ盾を油断なく正面に構え、辺りの様子をうかがう。

 人一人抱えて全身金属鎧での後方宙返りである。

 やっていることは大道芸じみているが、それを成すには極限まで鍛えぬかれ、物理法則を凌駕する程のレベルと精神力が必要で、叫んでいた通りまさしく超弩級の根性が備わった、トッププレイヤーで有ることは間違いない。


 そんな人物が、エリュアリート王国への攻勢に参加せず、毎日ベルティータの側で雑用をしている事を考えると、完全に宝の持ち腐れ……

 更には、ほぼ同等と思われる戦力が、後六人も同じく前線に出ずに後方で遊んでいるのだから、かなり自由で酔狂な集団である。

 そしてなにより、それでも前線指揮を取って作戦行動を行い、損傷を最低限に押さえ込んでいる、エイトの手腕がすさまじいと言うべきであろう。


 地響きと共に上がった砂煙が薄らぐ頃になって、ようやく黒ローブが坂道の終焉であるこの場所に辿り着いた。

 この時間差は、どちらもレベルカンスト勢である事からも解るが、種族特性ではなく選択したJOBが前衛か後衛かの差がである。

 JOB方式であるBABELでは、フィジカル面で前衛系が圧倒的な能力を誇り、それが種族特性で覆ることはありえないのだ。


「リーヤ……ここ、最深部……みたいだ」


「そうっぽいとは思うけど、何で断言できる?」


「ドラゴンが……いる、から」


 リーヤと呼ばれた親衛隊員は、腕の中のベルティータをちらっと確認するが、完全に眼を回していてしばらく復活しそうにない。

 次いでバルダークを確認するも、先程のセリフが振り絞った最後の体力だったのか、両膝に手を置いて、喉から笛のような音を出しているので、此方も当てに出来ない……

 そう思っていた矢先、黒ローブの持っていた本が魔力に輝き、『アーヴンヘイムの大迷宮』の主であるドラゴンを目の前にして魔法を行使した。


 差し出した右手の上に、『取り出し』たように突如現れたのは、青白い人魂。


「ちょっと……限界、回復するまで……後は、まかせる、ね」


 それだけ告げると、黒ローブが掻き消え、『バルダークの書』が音を立てて床に落ちる。

 えっ?えっ?と、何が起きたのかわからないまま周囲を見回すミリアだったが、その視界にベルティータの姿を捉えると半透明の人型に姿を変え、リーヤの腕からベルティータを引き取ってその背後に隠れ、つつちんまいベルティータの体を自分の透けた体で覆い隠す。

 その段になって、リーヤの視線を向ける先、見通すことのかなわぬほどに深い闇の中から、低い地響きのような声がようやく流れて来た。


「……ほう?」


 リーヤもミリアも気付いていないが、主が反応したのはバルダークが此処で、魔法を使ってみせた事に対してだ。

 リーヤは単純に専門外で、ミリアはもっと単純に実践経験不足と圧倒的なレベルの低さ故に気付かないが、魔法阻害の結界がこの場全域に張られており、半端な腕では魔術は全てキャンセルされ――暴発する。

 そんな中で、全力ダッシュの後に躊躇わず魔法を行使し、成功させたバルダークの魔術の実力に、ようやく目の前に『存在を認め』たのだ。


 逆説的に言えば、自ら呼び寄せた相手であろうと、取るに足らぬ存在であったなら、問答無用で虫ケラのようにただ踏み潰しただろう。


「少しは魔術を使えるか、我が塒へ招くに値するようで、何よりだ」


 大気を震わす大きな声に、ちまい手が耳を塞いで跳ね起き、声のした方へとわちゃわちゃ身振りする。

 壁に幾つか掛かっている、魔導式照明がぼんやりと照らす狭い範囲以外、ろくに明かりの無い薄暗いその空間で、更に折り重なるように闇が溜まった向こう側。

 暗視持ちでも見通せぬ其処が見えるのか、ベルティータは視線を一点に向けたまま、わちゃわちゃをとめずにいる。


「久しいな娘、よもやお前の方から会いに来るとは思わなかったぞ」


 言われて一瞬わちゃわちゃがとまり、ポンッとベルティータが手を打ち合わせる。


「まて、そのリアクションは……もしや、今まで気付いていなかったのか?」


 照れて耳をピコピコ動かすベルティータの反応に相手が怯むのを感じ、リーヤもミリアも構えていた武器を下ろし、あっさり警戒を解く。

 口ぶりからしてどうやら顔見知りのようだし、短い一連の流れで『あ、姫様のペースに巻き込んだ』と、安心して見ていられる状況に流れと空気が変わったのを感じ取ったのだ。


「ワシが此処の主だと知って、お前自らノコノコやって来たのではないというなら……どうやってここ迄たどり着くつもりだった」 


 当然といえば当然の疑問に、ベルティータは真顔で、ちまい人差し指と中指を交互に動かしてみせる。

 それが、歩いてですけど?という返事なのだということは、その場の全員に伝わったが、誰一人として納得も賛同もしてはくれなかった事に、キョロキョロ周りも見回したベルティータが首を傾げた。

 途端によろめいてぺたりと座り込み、そのままぽてっと寝っころばる。


 普段でさえ、ただ歩いていてもベルティータは、普通に何も無い所で転ぶ。

 それが最下層までの長い距離を、前転で転がり落ちてきたのだから、その三半規管はシェイカー内のカクテルの様に掻き回されており。

 今目を覚ましているのも、大きな音を優秀過ぎる聴覚が拾ってしまい、びっくりして意識を取り戻しただけで、復調した訳では無いのだから当然首など傾げたりすれば、真っ直ぐに立っていられる筈がない。


 別に相手をバカにしているのでも、ダラけている訳でも無く。

 全力で一生懸命真面目に対応しようとして、頑張った結果がコレで。

 ベルティータの視界は、未だぐるんぐるん回ったままなのだ……


「今日は久しぶりに体を動かしたのと、なれない場所で少しお疲れに成りましたか?」


 ミリアは、出会った時から変わらずベルティータの事を、完全に見た目通りの子供扱いで、ベルティータも最初に訂正しなかったために、機を逃し続けそのままズルズルと許してしまい。

 さらに悪いことに、それを見ていた周りの人間も、ミリアの態度から習ったせいで、ギルド内にはベルティータ=子供の図式が根付いてしまった。

 自業自得と言っては可愛そうだが、完全に普段の行いと、浮かべている無邪気な笑顔で、今更抗議した所で、理解して貰えるとは到底思えない状況まで陥ったのが現状である。


『まてっ……魔法は、使うな』


 ひんやりとした手をベルティータの額に当て、状態回復の魔法を唱えようとした所を、鋭い声で止められたミリアの半透明な手が驚きに跳ね上がり。

 振り向いた先に居たのが、宙に浮いた本だけであったことに、手が無意識にベルティータを己が内に庇う。


「『妄執の書』とは、また珍しいものを配下に引き入れたな。動いているものを見るのは幾年前であったか……やはりお前が一番オモシロイ」


 蹲る闇の奥底から首を伸ばし、巨大な頭をのそりと寄せ、三眼の竜が笑いを忍ばせた声で、問い掛ける。




「お前は此処に、何用で来た?」




 面白がっているのだ、それは耳から伝わる声を聞けばわかる。

 だが、決して敵対的ではないとは言え、何か相手の気に触ることをしてしまったり、相手のお眼鏡に適わなければ、一瞬ですり潰される事もわかる。

 圧倒的な力の差、絶対的な種族としての格に気圧され、リーヤもバルダークもミリアも、指一つ動かすことも出来ない。


 深い闇の中に潜んでいたのはこういう訳だったのだ。

 見下しておざなりに扱ったのではなく、うっかり殺してしまわぬよう、相手の気遣いによる距離。

 今ならば理解できる、対等など最初から望むべくもない相手なのだと。


 故に、ベルティータの無礼な態度など相手は気にもしない――自分たちが、羽虫が礼儀を理さぬことに、腹を立てないように。


 ベルティータは寝っころばりながら、ちまい指で三角と四角を描き、そのまま床を指先で示す。

 

「此処を譲れ、と?」


 寝っころばりながら小さく首を振り、わちゃわちゃ手を動かすも、主は言葉を発さず。

 それを見てベルティータは、今度はゆっくりと噛んで含めるかのように、わちゃわちゃと腕まで使って何かを伝えようとする。

 重い静寂が降り来たり、三眼を向ける竜から押し寄せる重圧は、容易くちっぽけで痩せっぽちの幼女を押しつぶすかに見えた。


「このダンジョンに出稼ぎに来させて欲しいと、姫様は言っています」


 沈黙の帳を破り言葉を突き出したのは、ベルティータでも主でもなく、ミリアだった。

 完全に場に呑まれ、相手に呑まれ、空気に飲まれていた彼女が、胸を張り真っ直ぐに巨大な三眼の竜に向かい、まるで対等な交渉の場にあるかの如く、堂々と言い返したのだ。

 重ねられた半透明の手は震えている、顔色は何時にもまして青白く、彼女が恐怖に抗っている真っ直中に居ることを示している。

 抗う気力すら湧かせぬ、絶対的な差を目前に突き付けられながら、ミリアは抗うことで握りしめた。


 ミリアにとって『絶対』である、ベルティータの意志を。


 姫様が伝えようとしているのだ、ならば何があろうとその言葉は――私でなくてもいい、誰が伝えてもいい、しかし絶対に、相手に伝わらなければならない。

 たとえその内容がどれほどに非常識で、相手に嘲笑されようが、殺意を持って睨まれようが、そんなことは別の問題だ。

 姫様の意志をぶつけずに、相手にだけ絶対を誇らせるなど、させて良い訳がない。


 震えても竦んでも居ない姫様を、相手が竜だろうが見下させてなんかやらないっ。


 コクコクと、ミリアの言葉を首肯するベルティータも、ようやく目が回っていたことから回復したのか、むっくり身を起こして、元気よくわちゃわちゃし始める。


「後、静かで綺麗で温泉の出る場所を、知っていたら教えて欲しいそうです。それから……」

「1つずつ片付けよう、良いかな小さき王女よ」


 両手を頭の上で触れさせ、大きな丸を描くベルティータに、竜もまた大きく頷いて姿を消し……石畳を硬質な足音とともに、闇より姿を現した人物に、ベルティータは確かに見覚えがあった。


「型破りな王女のことだ、今更会談に椅子やテーブルを望むまい?」


 左手に持った銀の皿に、山盛りになった菓子やら果物やらをベルティータの前に置き、それを挟んだ正面に主はどかっと腰を下ろした。

 指を咥えよだれを垂らしそうな表情で、上目遣いに見てくるベルティータに、主は小さく吹き出すと、黙って頷いてみせる。

 迷わず果物に手を伸ばし、リスかハムスターかという姿と勢いでもぐもぐしょりしょりし出すのにも構わず、主は話を続けた。


「出稼ぎとは具体的に何を求めどうしたいのだ、変わり種のノスフェラトゥの坑婦が採掘するのを見逃せ、と言っているのではあるまい」


 果物を頬張りながらコクコク頷き、わちゃ……と動かしだした手が、途中で果物掴む。

 流石にミリアが失礼を咎め、窘めようとするのを、逆に主が手振りで止めた。


「よい、王女は初めてあった時からこんなものだ。

 感情のまま直感で動き、後で自分が困るかも知れないなど気にもせず、他人の忠告など聞き流す。唯一の救いは、母と同じく己の欲では動いておらんところよ」


 どう見ても現在進行形で、欲望のままに突っ走っているようにしか見えないが、相手がそう言うなら……と、ミリアもなんとも収まりの悪い気持ちを無理にも収める。

 皆が黙って見守る中、ひと通り全ての種類の果物を食べ終えると、ベルティータの手が止まり、ミリアがすかさずその口元をハンカチで拭い、改めて主の方へと向き直り姿勢を正す。

 ベルティータの世話を焼くことに全神経を集中していた為か、それとも予想外に主のベルティータへの評価が高いと感じたためか、ミリアは完全に何時もの精神状態を取り戻してしまい。


 万全になったベルティータのわちゃわちゃに、一人百面相を強いられつつも、正確に通訳を始める。


「此処を防衛ラインとして、『ダーク・クラウン』のメンバーが迎撃するのに、許可と安全の保証がほしい。具体的には、ダンジョン内に住み着いてるモンスターに、ウチのメンバーを攻撃しないよう、貴方の責任で脅かしておいて欲しい、って言ってます」


「成程、だが王女が告げたのは、それだけではないようだが?」


「出来ないんならコッチで勝手にやるけど……貴方の頭越しに脅しても良い?と、姫様は言ってます」


 ダンジョンの主を無視して我が物顔で脅しを掛け、それに対して主が何もアクションを起こさなければ、それはダンジョンの主を力尽くで黙らせ、取って代わった新たな主と受け取られることに成るだろう。

 そうなりたくなければ、ダンジョン内のモンスター達を力で掌握し、自分たちの側に味方する戦力として整備しろ。

 ベルティータの言い分を翻訳すれば、かなり上から目線の脅しとも取れる酷い内容なのだが……


「本人は全くそのつもりがなく言っているのが、恐ろしいな……」


「それから、此処にギルドハウス建ててもいいかどうか……聞いてます」


「なんだ、やはり乗っ取るつもりではないか」


 おどけたように笑う主に、ベルティータはぶんぶんと首を振り、ミリアに一本指を立てて注意喚起をしてから、もう一度わちゃわちゃして見せるとミリアがパッと笑顔に成り、深々と頭を下げる。


「訂正します、このダンジョンにギルドハウスから直ぐに来れるよう、同盟を組んで欲しい、です」


 コクコクと今度は頷くベルティータに、主は顎を撫でながらしばらく答えを返さなかった。


「『個』としては応と答えたいが、『裁定者』としては否と言わねばならん。姉妹どちらかが女王を継いでいれば良かったのだが、現時点で一方への加担は出来ぬのだ。

 そして、『竜』としてであるのなら、それもまた否だ。我等は上位存在として世界に定められ……縛られておる、同盟とは対等の存在とし『互いが助け合う』を目的として結ばれるもの。

 ワシは王女を助けには行けぬのだ、そなたの母を助けに行かなかったようにな」


 ベルティータは右へ左へと何度も頭を傾け、ぴこっと耳を跳ね上げると、すっくと立ち上がるなり、てててと主に歩み寄る。

 スカートをたくしあげ、ナイフを抜き放って頭上に掲げ持ち、それを振り下ろすことなく……おもむろにふんすと、胸を張り見事なドヤ顔をしてみせた。

 問題は、周りの誰もベルティータのその行動や目的を、全く理解できずに置いてきぼりにされたことである。


「これは?一体……?」


「細かいこと気にすんな!か、ウチのが強いから上位存在じゃ!の……多分どっちかや」


 石造りの巨大な扉を苦労して開け、血液やら汗やら泥やらに塗れた姿のひどい格好で、その場へ転がり込んできたゼフィリーが、大股で近寄ってくるなりベルティータの横に並んで、腕組みしながら主を見下ろす。

 扉重すぎやろ、開けんのに七人掛かりでしばらくかかったわ、と主に文句まで言い出す始末。

 完全に相手が竜だの、このダンジョンの主だのといった、敬意や恐怖を感じさせない自然体は、まるでどこかの王女そのもの。

 

「果物の、恩は……戦って、返す……かもよ?」


「いや、竜の肉を食べて、竜になるから対等!って言ってるっぽい」


 見知った顔が増えて安心したのか、ゼフィリーの全く空気を読まない、ある意味ベルティータが二人になったような先の読めなさ具合に、悩むことを投げ捨てたのか。

 失言を全く気にしない空気に、今まで黙って推移を見守っていたバルダークとリーヤも、肩の力の抜けた発言を繰り出す。


「嬢は言い出したら、間違ってようが、失敗しするのがわかってようが……止められんよ。そやから、黙って一方的に協力されとき」


 2017.09.13

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