41.ダンジョンに入ってみよう
当然のことながら、ベルティータの思いつきで振り回されている人達は、どんなに優秀でも事前準備など殆どできません。
もっとも、振り回されている人達はそれすら楽しんしまう、逆にそれくらいの余裕が無いと、ベルティータをかまおうとはしないでしょうが。
読んでいただいた方に、何かを残せたら嬉しい限りです。
41.ダンジョンに入ってみよう
鬱蒼と茂る木々はどれも節くれだち、奇妙に捻くれこの地が魔境であることを、嫌になるほど懇切丁寧に見る者へと知らしめていた。
鉄錆色に乾いた大地の、所々に顔をのぞかせる不気味な草花は、此処に生えるものに神の祝福などというものが、欠片も与えられていない――どころか、神への怨嗟を糧として居るのだと咲き誇り。
見渡す限り唯一の水場である緑や紫の斑な沼は、周囲に立木も下生えも生えることなく、代わりに妙に白々とした乾いた骨が転がっている。
そんな地を進んだ先に、地獄への入り口であるかのような、不自然に大きく口を開けた空洞があった。
吹き抜ける風の故か、怪物の唸り声のような不気味な重低音が、辺りを押しつぶさんと常に響き渡り。
見通すことの出来ないほど深い闇に彩られ、どこまでも落ちていけそうな、ジメッとした空気に背筋は凍える。
こんな地の果てへ来る者は物好きにも居らず、正気であるのなら思い出す事すら拒む、荒んだ光景。
故に、その入口に立ち
上空から舞い降りる、巨大な黒い影を見上げ
笑顔で手を振る美女は、夢か幻なのだろう。
「遠いところよう来た。それカッコええな嬢、今度ウチも乗せたって」
グライフの角に固定され、額に張り付くように乗っているのは、見るからに戦闘機のキャノピー。
フレームはグリムリープ製作、それを固定するベルトがシャトラの力作で、ガラス部分は陶芸家オージェ渾身の逸品である。
これならばどんなにグライフがスピードを出しても、ベルティータが風に吹き飛ばされることはなく。急旋回、急降下、急上昇どんなに荒っぽい機動をしても、振り落とされはしない。
――もっとも、ベルティータがキャノピーをあけて、自ら飛び出したりしない限り、だが。
グライフが頭を地につけると同時に、豪華な本を手にそのままぴょんとゼフィリーに向け飛び降りるちまい身体を、ゼフィリーの細腕は難なく抱きとめた。
肩に止まっていた人魂が透明な少女の形を取り、抱えられていた本を逆隣に現れた黒ローブが受け取る。
その頃にはベルティータの周囲は、グライフの背から整然と跳び下りた親衛隊の面々により、完全に防御陣形が組まれていた。
「相変わらず皆して過保護やな、息詰まったらウチに相談し、こっそり抜け出さしたるよ」
それを堂々と言ってしまうあたりが、ゼフィリーの良い所であり、憎めないところでも有る。
でもって、多分強引にやろうとして発覚し、失敗するのもまた良いところだろう。
少なくとも安全の確保されない侭に、最重要人物が行方不明の後に死に戻る、などという事態にはならない上に、皆が構いすぎてベルティータの息が詰まっている、という問題提起あるいは限界間近の警告には成るのだから。
「取り敢えずや、顔見れたんはウチも嬉しい。ココに篭もりっぱでログインとログアウトん時以外、誰にも合わんからな最近は。
……で、こんな世界の果てに何しに来たんや嬢?」
脇に入れた両手で持ち上げたベルティータに、煤やら泥やらにまみれた顔を近づけて、目を覗きこむ様に首を傾げる。
怒っているわけでもなければ、叱っているつもりもない、ましてや泥だらけに成る自分の境遇に、不平不満を訴えているのでも、当然ない。
更に付け加えるのなら、遊びでこんな所にこのタイミングで来る、などということがないのは、すぐにも理解できるくらいには頭が回る。
「あかんっ、なんかごっつ悪い予感がして来おった。念の為に聞くが、まさか……乗っ取りか?」
ぶんぶんと元気よくベルティータの首が振られ、持ち上げられたままの不安定な状態にも構わず、わちゃわちゃと何かを伝えようとする。
「ミリア、嬢はなんやて?」
聞かれるのはわかっていたが、とっさに言葉が出ないほど、ミリアは真っ青になっていた。
それでもベルティータの言葉を伝えるのが自分のすべきこと!と、強く自認している為に気を持ち直し、一度大きく深呼吸する。
躊躇いを振り切るように頭を振り、上げた顔を真っ直ぐにゼフィリーに向ける。
「……最下層に、案内して欲しいそうです。
ゼフィリーさんは、そこまでの道もそこにいる相手も知っているだろうから……紹介して欲しいって」
「うせやん……嬢、ココが何処か知っとるんか?『アーヴンヘイムの大迷宮』やで!?サーバー中のいっちゃん強い奴らが、雁首並べて攻めとる最前線中の最前線。
今は三国クエ乱発されてるから後回しにされてガラガラやけど、それ終わったら最高戦力が勢揃いするところや」
コクコクと頷くベルティータの笑顔が、ゼフィリーには上手く脳味噌に伝わらない。
今、ウチは一番ヤバイ場所やって、言ったよな?
したら、なんで嬢は笑って頷いとんねん……
誰も口を開こうとしないまま時間が過ぎていくのを、ベルティータは右へ左へと首を傾げ、ついにはゼフィリーに持ち上げられた状態から地上に飛び降りると、現在のエンドコンテンツが待ち構えているそこへ、のんのんと無警戒に歩き始めた。
「ちょ、ちょいまちーっ、死んでまうから、ふっつーに死ぬから落ち着け、な?
勘違いしとんのやろうけど、コッチ側になってもMOBは攻撃してくるんやぞ?」
しってますけど?と言いたげな表情を向け、こっくりと頷くベルティータ。
彼女は生まれてこの方、ずっとゼフィリー曰くの『コッチ側種族』である、始まりの街の外へ出てMOBにタゲられ殺されたことも有るのだから、当然知っている。
知っていて尚、無警戒で中に入ろうとした……という、余計に質が悪い判断を下しただけであって、取り敢えず勘違いはしていない。
「親衛隊名乗るんやったら、もっとガチガチに過保護にせんかい!一人でのこのこ入りおったら、嬢なら三歩で死んでまうぞっ。
取り敢えず案内はする、全力でするから……一人で勝手に行動しない、ウチの指示には従う、余計なものは触りたくても我慢する、これだけは守ってくれるか?」
……さっきまでと言ってること反転してる。
言われた文句に不本意そうな顔で頷く親衛隊の横で、ベルティータは眉間にしわを寄せ、しばらく悩んだ末にこっくりと頷いて、自分の後ろ襟を捕まえていたゼフィリーの手をはがし、両手で握ってブンブンと上下にふる。
取り敢えず納得してくれたらしいベルティータに、安堵の息が自身の自覚よりかなり大きく漏れ出るのを、ゼフィリーは内心驚きながらも、それだけ大仕事なのだと改めて認識する。
無警戒で無鉄砲なレベル1のキャラクターを、エンドコンテンツの最深部へ無事に送り届ける……
はっきり言って無理ゲー級の難易度である。
「ミリアが居てくれたんが、唯一の救いやな」
「現状に関して言うのなら、バルダークがそなたの心労を軽くするだろう」
独り言に返って来たグライフの返事に、ゼフィリーが怪訝な顔を向ける。
「『バルダークの書』に乗って移動すれば良いでな」
その言葉に親衛隊だけが反応し、バルダークが物言いたげな視線を向けながらも、何も言わずに黒ローブが姿を消して、ベルティータの前に本だけが浮かぶ。
「後先を考えず、三国側の人間の目も気にしないのであれば、『真実を暴く鍵』を開放していけば、尚良い」
ベルティータを摘み上げ、『バルダークの書』の上に乗せながら告げる『大賢者』の言葉に、皆が風切音が出るほどの速さで振り向き、どうやって止めようか悩む中。
ベルティータはやはりどういう基準での判断か、誰にもよくわからないが、口の前でちまい人差し指をクロスさせており。
盛大な溜息とともに、周りを囲む面々に――少しは慎重で賢明な判断を下せるんだよな姫は、と盛大な誤解を生み出していた。
☆ ☆ ☆
「おう、生きとるか、親衛隊?」
「もう死んでる」「限界っぽい」
七人中返事を出来たのが二人、その時点でその惨状具合がわかるだろう。
とても衛生的とは言えない床に、様々な格好で倒れ伏し方で息する七人は、今なら死屍累々コンテストで優勝できるであろう、見事なしゃべる屍っぷりを晒していた。
ベルティータの金魚のフン的モブに見られがちな彼らだが、その実レベルカンストの『ダーク・クラウン』中でも指折りの実力者にして、NM狩りでも中心的な戦力となっていたトッププレイヤーの一人である。
最近でこそないが、以前は連休のたびに何徹もして、生命維持システム的に強制的切断される常連であった。
そんな彼らをして、休憩なしで進むのは1時間が限界。
彼らの名誉のために言っておくのなら、とある人物が此処に居なければ、後二十四時間程度何の苦もなく続けられただろう。
彼らにとって見れば、あっても無視できる程の継続ダメージの、極弱い毒霧が流れてきただけで瀕死に成り。彼らなら身に纏う装備で弾き返す程度のトラップ矢も、当たればころっと逝ってしまう誤差のように低いHP。
防御力はレベル1にしては特筆するほどには高いが、彼らから見れば紙のように薄いそれは、はるか昔に通りすぎた場所であるため、どの程度まで防げるのか覚えていない。
その為、ありとあらゆる全ての物から、完璧に守りきらなければならず、ほんの些細な一度のミスも許されない細い糸の上を歩く綱渡り。
異常な緊張感に眼が血走るほどに張り詰めた神経は、彼らの精神力を容赦なく削っていった、結果がこれである。
彼らに比べれば比較的元気なゼフィリーだが、変動式の扉の暗号を解く、開閉装置を開けに単独先行する、可能な限り敵の排除を行うなど、ソロで潜っていた時と比べても、それほど作業量自体は増えていない……のだが、此処はレベルカンストしていようがソロで来るような場所ではなく、楽な敵など何処にも居ない、そもそもがゼフィリーは採掘が目的。
戦闘は避けて目的地へと進む完全に採掘シフトを敷いており、インベントリも可能な限り開けて来ているのだ。つまり、ろくな戦闘装備を現状持って来ていない、その上での戦闘である。
更に言うならば、ゼフィリー一人であるなら襲ってこないMOBも、ベルティータには反応し襲ってくるため、戦闘回数は想定の数倍にも跳ね上がっていた。
幸いベルティータがちゃんと約束を守って、『バルダークの書』の上でじっと座っているため、それ以外での想定外のトラブルはこれ迄のところ何もなく。
予想より多くの休憩を挟んでいるが、攻略自体は順調と言えないこともない。
休憩のたびにミリアが、タオルとお茶を配って歩くのが、目に見えて数値化はしないものの、皆の精神力を大きく回復し、システム的な部分外で大きく貢献していたりする。
「今更なんやが、一体何しに最深部に行くんや?」
『ギルドハウス……建てる場所、の……下見?』
バルダークの返事に、ゼフィリーは聞かなきゃよかったと顔に感想を浮かべながら、反論を口にする気力も無い。
ベルティータが、いくら言葉を尽くして説明し、それを踏まえて論理的に説得しようとも、頷くわけがないと知っているのだ。
ならば説得などするだけ無駄な労力となるだけ、そして今の自分が割と限界ギリギリで踏みとどまっている以上、たとえ小さな無駄とは言え、無駄とわかって居る部分に回せる余裕などこれっぽっちもない。
一方答えたバルダークの方はといえば、流石に建築家だけあって――スキルのアシストではなく本人の個人的資質でではあるようだが――大分このダンジョンの『製作者の癖』を理解してきており、トラップの位置や種類をゼフィリーが指示するより先に、なんとなく察知出来るようになってきていた。
基本に忠実で堅牢、厭らしさが余りないが難度が高く、巧妙に隠された謎に気付きそれを解く事で進める様になっていて、力押しで突破しようとすれば被害が跳ね上がる。
ファンタジー世界の冒険者と言われ、日本人がなんとなく頭に描くのとは、明らかに違った物を求められているという結論にバルダークは至り、現在は思考を一歩先に進め意味や理由に思いを巡らせていた。
勿論、彼の視線の先でころころ楽しげに転がっている幼児は、求められているものではない。
ベルティータは、バルダークに見られていると知りもせず、汚れるに任せて転がっていたが、不意にピタリと動きを止め、首をひねって壁と床の隙間を覗きこむ。
マズい!とバルダークが悟り動き出す前に、ちまい手を僅かな隙間に突っ込んだ。
すぐさま黒ローブがベルティータの腰を掴んで引っ張るも抜けず、その光景に皆が気付いて駆け寄り、レベルカンストキャラが一列になって引っ張ると、ベルティータが短い脚をジタバタする。
ミリアが血相変えて、すっ飛んでいきベルティータの表情を伺うと、そこには満面の笑顔……
「なんか、楽しい遊びか何かだと勘違いしてますよ姫様」
どっと疲れた表情を皆が浮かべる中、ゼフィリー一人がニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ずっとええ子にしてたんに、イタズラしおって……こちょこちょこちょこちょ~」
言うが早いか、ベルティータの脇を思い切りくすぐり出すと、腹這いで隙間に手を突っ込んだまま身を捩って、先程より激しく脚をパタパタさせる。
ゼフィリーがくすぐる手を止めると、うつ伏せのままぐったりとしたので、取り敢えず、隙間に手を突っ込んだままのベルティータを引っこ抜くと、その指の間には銀の鍵が挟まれており、何故抜けなかったのかを理解する。
直後、轟音とともに目の前の壁が、入り口へと変わっていた。
「握ってた、から……抜けなく、なってた?……なんて、古典的な」
「驚くとこそこや無いやろっ!?」
「暗視持ちが寝っころばって、初めて気がつく隙間に、何の躊躇いもなく手を伸ばせる姫様……流石です!」
「そっちも違うっ」
頭を抱えて蹲るゼフィリーの肩に、労るように勇気づける様に手をおいた人物に、最後に堪えていた部分を叩き折られ、顔面から地面へ突っ伏した。
「ボケしかおらんやないか、こんなPTイヤや……ウチもうお家帰る」
頑張れと励ましたら、崩折れて泣かれたベルティータは、ミリアに視線を向けこてんと首を傾げる。
「我らが姫が命の危険も顧みず切り開いた道だ、もうひと頑張りするか」
親衛隊が重い金属鎧を打ち鳴らしながら、重い身体を持ち上げまっすぐに背筋を伸ばすと、内の一人が出来上がった入り口へと、盾を構えて入っていった。
参加者全員が全員暗視持ちのため、明かりをつける手間や持ち手の危険を回避でき、いざ別行動を取る際にも制限がない利点だろう。
「問題ないっぽい」
報告というには、あまりに軽い口調で流れてくる合図に、ベルティータは『バルダークの書』に乗ったまま無防備に、開かれた入り口へと入り込み――瞬間、入り口が消えた。
ミリアは即座に壁になった箇所へと突入したが、先には空間はなくどこまでも岩の塊。
ゼフィリーは這いつくばったまま、床と壁の隙間へと目をやるが、そこは何の変哲もないダンジョンの壁があるだけ。
「やられた……明らかに意図的に嬢から切り離された。
超特急でここの親玉んトコ行くで、嬢に傷ひとつ付けよったら、目ん玉えぐりだしたる」
煮えたぎる程の激情を孕んだ眼だが、唇から漏れた次の指示は冷静な声で告げられ、焦りの色はそこにはない。
そこに壁の中から返って来たミリアから、隠し通路を壁で隠していたのではない、という答えを聞いてもゼフィリーは頷くだけ。
入り口が消えた瞬間に、いや……入り口ができた瞬間に、それが機械式のからくり通路ではなく、全く別の方法だと把握していたのだ。
とは言え、此処でそれを開いた以上は、此方を受け入れるつもりがある、という相手の意思表示だと、誰もが油断して誤解した。
ちょうど緊張の糸が切れ、グダグダに成っていた心の隙を綺麗に突かれたのだ。
完全に取り乱し、そのまま一人で下層へと突撃しかけるミリアの足を止めたのは、その時に流れてきた声。
「ベルトコンベアみたいに動く床で、姫様前転中。傾斜が下に向かってるから、取り敢えず主には会えるっぽい。
でもその前に、勢いつきすぎて、姫様一人じゃ止まれなくなってるっぽいっ」
金属同士が擦り合わされる耳障りな音と、大股で地を蹴りつけるような重量感あふれる足音が、BGMとして背後で鳴り響く音がながれると、一瞬ギルドチャットは完全に無音と化した。
「ちょっと、今……走ってる、から……後で、報告、する」
バルダークからゼフィリーへの個人チャットで、現在の光景が思い浮かび、緊迫している場の空気と化学変化を起こし、思わず吹き出すゼフィリー。
「オーケーや、嬢のお守りは任せたで。コッチも最速で向かうが、安全第一で行かしてもらう」
2017.09.10




