40.需要と供給を考えてみよう
忙しさのムラに完全にやられてしまいましたが、時間を見つけてなんとかかんとか。
登場人物が増えていく一方で、出番が減るしわ寄せが何人かのキャラに……
読んでいただいた方に、何かを残せたら嬉しい限りです。
40.需要と供給を考えてみよう
「話は聞かせてもらった!
っつーか、オレ様こっちサイドの人間なのに、誘われてなかったのがそもそも可笑しいと思うんだ」
「いや、アンタレベルカンストじゃん、馬のくせに」
「ばっかオメェ、宝飾はアホみてぇに金掛かんだよ、MOBから盗んだ貴金属とか潰して、ちょっとでも自前で素材かき集めて足しにするには、レベル上げて強いのからかっぱらうしかねぇの」
レベルカンストの理由が、素材調達目的だと暴露したライトに、生産系メンバーがまさかの大納得の表情で頷き返すのを、親衛隊の七人が引き気味の表情で眺める。
瞬間ダメージでは最も高い攻撃力を有する暗殺者を選んだのも、職業特性のアイテムドロップ率アップ目的と言い切られ、ようやく『なんだ本当にコッチ側か』と理解され、僅かにはらんだ無意識の劣等感が齎す重い空気も、霧散していた。
勿論、言うまでもない事ながら、それを狙ってのグリムリープのセリフである。
普段顔を合わせれば口喧嘩という二人だが、寧ろ仲が良いからこそ気軽に冗談で罵り合えるのだ。
そうでなければ、とっくの昔にどちらかがギルドからいなくなっているか、最悪二派に別れて空気がギスギスし、ギルドから次第に人がいなくなって衰退と言う結果が待っている。
「素材集めなら、ゼフィリーと仲良く採掘すればいいんじゃないの」
「鶴嘴担いで穴蔵潜って駆けずり回るとか、山師みてぇな真似してる余裕なんかねぇ」
余裕が無い?と周りを囲む生産メンバーが怪訝な表情をするのに、ライトは盛大に溜息付いてみせる。
ぐるりと周りを見回し、そこに危機感のない並んだ顔をみて、眉間にしわを寄せた渋面をむけた。
「もしかしてお前ら、『コッチ側じゃ、ライバルいないし独占だー』とか、お花畑な脳みそしてんのか?姫さんがトリプルジジーズに喧嘩売った以上、欲しいもんは『俺らの内の誰かがつくるしかねぇ』んだぞ?
作れなかったら、どんなに誰かがほしがっても、その装備だのアイテムだのは絶対手に入らねぇ、だから俺ら生産系は現状出来る最高まで、『なんでも作れる』様になってなきゃなんねぇの、そういう状況だってわかってんのか?」
一番安いポーション一つとっても、店でホイホイ買えねえんだ、今はもう。
最後に付け加えたライトの言葉に、ようやく現状に危機感を抱いたメンバー達がざわめき出すと、その背後からくぐもった拍手が聞こえてくる。
完全に皆が衝撃を受けるタイミングを狙った登場、拍手の主は黒ローブことバルダークである。
当然だろう、ライトを戦闘組から引き抜いて、今この場に参加させたのが、彼であるのだから。
「流石、ライトだね……一つ、付け加えると……素材も、買えない」
「こんな事自分で言えよバル。いや……文句言う相手がそもそも違うな。言われなくてもちゃんと理解しとけよ、だな」
バルダークはそれには何も言わず、こっちだよ、とライトを誘ってグライフの待つ、部屋の一角へと足を向ける。
現状にショックを受けて立ち尽くすメンバーには、声をかけるどころか目も向けない。
昨日まで、新発見に湧いていた彼らを、一瞬でどん底まで突き落としたのを、ちゃんと理解していながら、それは必要なことだったと割り切っているのだ。
勿論、口は悪くともおせっかいなライトが、他の生産系メンバーを見て、そう言い出すことも。
皆に説明するのに、それがベルティータの選択による結果であることを、ライトが構わず言うであろうことも。
それにより生産系のメンバーの、ベルティータへ向けられた好意が薄らぐことも含めた、全てをだ。
ちらっと顔すらも見えないフードの陰から、バルダークがベルティータの方を伺う。
必要な事だと割り切り、躊躇いなく実行もするが、それはイコール相手の感情を存在しないかのように扱うでも、相手から向けられる感情を気にしないでもない。
ましてや彼も自ら望んで『たそがれの指輪』を受け入れ、転生を果たしたのだ。
ベルティータのことを嫌っているわけでもなければ、こんな特殊な状況下で運営がギルドメンバーキャラ消滅の権限を、システム上のギルドマスターであるベルティータに与えている可能性を、全く考えなかったわけでもない。
最悪、ライトと自分は疎まれ、キャラクターをロストする。
その覚悟とともに伺った先に有ったのは――
ちまい指を咥え、自分の足元に蝋石で描かれた、好き勝手に自分達の希望を盛りに盛った、新ギルドハウスの設計図に、わちゃわちゃ手振りをしだす最高権力者の姿。
「えっ!?温泉と卓球?マッサジチェア??室内ぷらいべーとびーち!??」
ミリアの上げる素っ頓狂な声と、それに輪をかけた素っ頓狂な内容に、完全に『あ、違うや』と自分の思い違いを悟った。
自分を消滅させることが出来るかもしれない相手は、理解の範疇をはるかに超え。
ライトが言っていた『誰かが欲しがる物』は、自分が想定していた上限など見向きもしない、遥か彼方の明後日の方向に凌駕し。
自分がすべきだったのは、キャラを消滅させられるかもしれない、と言う覚悟などではなかったと。
「確かにギルドハウスですけど、姫様がお住いになる以上、闇の王女様の宮殿……お城みたいなものですよ。いやだから、打ち寄せる波をつくる魔法とか、温泉とか……井戸を掘る時に温泉も掘ればいい?」
「やめとけ百合メイドちゃん、姫さんは普段欲しがりも我儘も言わねぇけど、いざ言い出したら止めようが失敗しようがやめねぇって、アンタだってわかってんだろ?」
ライトが言いながら、馬の顔に悪い笑みを浮かべ、のっそりバルダークの顔を覗き込む。
策士の策を破るのなんざ簡単だ、天然の姫さんツッコみゃいいのよ。
そうすりゃ策どころか、盤面も土台もすっ飛ばして、相手の常識ひっくり返してくれんぜ。
姫さんの凄さがまだまだわかってなかったみてぇだなバル、修行が足らんよ修行が。
「誰かが欲しがるもんは『俺らの内の誰かがつくるしかねぇ』のよ、わかったかな建築家のバルダーク君?」
☆ ☆ ☆
闘技場――嘗てはそう呼ばれていたその場所は、現在の姿を見てそう呼ぶ者は居ないだろう。
縁日の屋台のように立ち並ぶ簡易工房は、どれもフル稼働しており。
そこには忙しそうに、或いは真剣な表情で慎重に、どちらにせよ鬼気迫る表情で作業している生産職人達の姿が有る。
エリュアリート王国に攻勢に出て一週間、消費アイテムの製造、武器や鎧の修繕や補充、レベルアップに伴う装備の新調。
すべての生産を担う此処こそが、『ダーク・クラウン』の本貫地である。
ベルティータとグライフがしでかしたアクシデントで、話題性という点ではアドバンテージがあったのだが、イルフィシアのギルド『シャドー・ティアラ』に追いつかれ、いつしか追いぬかれていた。
エイトは攻勢を始めるのに情報収集を重視し、それなりに効果的に攻めはしたが、話題性という点では慎重な攻勢では、堅実である為に乏しくなるのは必然。
『アルファ・スペース』を前身とした『シャドー・ティアラ』の方が、戦闘系にメンバーが偏っていると言うのも一因である。
だが最大の要因が、ベルティータとグライフの一人と一体が、その後全く相手の前に姿を現さなかったためだろう。
一時期は掲示板で話題の中心と成っていたが、その後全く姿を現さず追加情報すら何もなかったため、『アレは今回の反攻イベントの先ぶれ』だったと、最近では話題にも成っていない。
三国が早々に広範囲で防衛クエストを、大々的に打ち出した事がその説に説得力を与え、所謂一般プレイヤー達にとってその仮説は事実と成っていた。
実はベルティータが身バレした上に戦闘に巻き込まれかけた為、保護者連からの監視が厳しくなり、碌に散歩にもいけなくなってしまった、などという事実にはどうやっても届くはずもない。
「フォースの悲鳴が聞こえるようだ、彼の者のギルドには当方程には、生産に精を出す者は居らぬ故」
グライフは、『シャドー・ティアラ』の補給が息切れを起こし、そろそろ継続戦闘の限界だと見ている。
唯の反攻作戦であるなら、同盟関係に有る『ダーク・クラウン』に協力や援助を求められるが、現在は競争相手であるためそれも出来ない。
戦うことは出来なくはないが、三国側も警戒を厳重にし、クエストの発布で冒険者――つまりはプレイヤーキャラ達を戦線に大量動員してきた為に、損害を考えると戦線は縮小せざるを得ないだろう。
そこまで読んでの、十日という期限設定ですかな、ベルティータ姫?
現実グライフは、ベルティータがそこまで考えての行動だと、思っているわけではない。
だが、問い掛けて『そうだけど?』と答えられた時、グライフは自身が反発心も抱かず、それを素直に受け入れる事は判った。
ベルティータは、『大賢者』と呼ばれる巨竜にとっても、不思議でとらえどころがないのだ。
『大賢者』の人の三倍ある視線に、椅子に座って本を読んでいたベルティータが振り向き、なに?と首を傾げる。
「いや、今読んでいる本は初めて見かけましたのでな。誰が手に入れたのかと、少々疑問に思った次第」
見かけは幼児で、行動しても唯の四歳児としか思えない事が多いが、ベルティータはかなりの読書家である事を、グライフは知っている。
実際、以前のギルドハウスでは、ログイン時間の大半は本を読んでいたし、引っ越しの際に纏めて判ったベルティータの所持品は、豪華な椅子を抜かせば本と本棚だけ。
本の内容も――そんなものがBABEL内に存在するかどうかは置いておいて――漫画や小説ではなく、歴史書と百科事典という実にお堅い内容の代物。
自分で買ったり集めたものではなく、全てが自称親衛隊からの贈り物であるが、グライフの見るところベルティータは、それらを既にすべて読破している。
パタリと本を躊躇なく閉じ、自分の座高ほども有る巨大な本を、表紙が見えるようにグライフへ向けて持ち直す。
分厚く嫌になるほど豪華な装丁のそれを、重そうな見かけとは違い実に軽々と持ち上げるベルティータに違和感を覚え、まじまじとよく見てみれば、魔力が溢れ本自身が浮いている事が見て取れる。
ついっと細められる三対の竜眼に、ベルティータの手の中で本がわずかに震えた。
「『大魔術師バルダークの書』……成程」
一体どういうセンスで付けた名なのか、説明されても理解できないだろうそれを、睨めつけるグライフには、転生後のバルダークが常にそれを抱えている記憶がある。
バルダークが肌身離さず持っていたそれを、何故ベルティータいま抱えているのかは分からないが、少なくともバルダークが、ベルティータに読まれても良いと考えてのことであるのはわかる。
問題は、それがベルティータを利用しようと考えてのことだった場合だが、その点グライフはエイトの人を見る目を全面的に信頼していたし、それ以上にベルティータを信じていた。
信じたのはベルティータの賢明さ……ではなく、透明さ。
二人の横合いから、今日のノルマ終わったっ!という多数の声が上がり、ハイタッチで叩かれる威勢のいい音が幾つも響き渡ったのはそんな時だった。
「姫、少しだけ癒やさせて」
珍しくどこか甘えるようなシャトラの声に、ベルティータはこっくりと頷き、豪華な椅子からぴょんと飛び降りると、しばらく逡巡した後『バルダークの書』を床に置いてその上に正座し、シャトラ達生産メンバーが集まっている方を、ぴっと伸ばした腕の先にあるちまい指でさし示した。
「確かにそれはかなり膨大な魔力も秘めているが、魔法の絨毯では……」
グライフの指摘にも視線を向けず、ベルティータが一向に進まない『バルダークの書』をじーっと見つめていると、ついに諦めたようなため息と共にベルティータを乗せた『バルダークの書』は、グライフの言葉で言う魔法の絨毯のように低空を流れ進んだ。
『姫様は……疑わ、なさ過ぎて……脅かし甲斐が、ない』
突然聞こえたため息混じりの声にも、そう?と首を傾げるベルティータに、とどめを刺されて『バルダークの書』がもう一度ため息をつく。
他の面々が驚きの余り絶句したのを見て、少しは溜飲が下がったのか、どこか上機嫌にも見える『バルダークの書』は実に滑らかに進み、驚愕から未だ立ち直りきっていない生産メンバーの前でベルティータが降りると、僅かな煙とともに黒ローブが現れ本を抱え上げる。
「魔術師は……驚いて、もらうのが……仕事、だから、ね」
「結局どういうことなのさバル?透明化の魔法?本に変身していた?」
「タネは……教えない、よ……魔術師、だから」
人形娘に問い詰められてもどこ吹く風、まともに答えることはなく。
イタズラを全く悪びれることなく、小さく笑い声を漏らしながら、彼は彼の哲学に従うのみ。
「それより……ライトが、帰ってきた……みたいだ。これで……少し、算段が……つく、かな」
世界最速を豪語していたライトだが、そのせいで野戦陣地へ補給輸送係を押し付けられていた。
先程生産メンバーから上がった歓声は、最後の発送分の補給物資の作成完了の声である。
これで午後からもまた、戦闘組は存分に暴れられるはずだ。
「姫様只今戻りました、直ぐにお茶にしますね」
ライトの背に乗ったミリアが、シャトラに思う存分撫でくり回されているベルティータの元へと駆け寄り、ティーセットを『取り出し』つつ、嬉しそうに準備を進め始める。
「それより先に……あーやっぱいい、アンタが姫さんより他のこと優先しろって言われても、わかりましたなんて言うわけねぇな、オレが悪かった」
ベルティータがログインしていながら、その側にミリアがいない時点でおかしかったのだ、それ以上におかしなことなど望むべくもない、とライトは早々に悟って己が言葉を取り下げ、ミリアはミリアでライトに向かい、とてもいい笑顔で頷いてみせる。
ちぇ皮肉にもなってくれねぇ、などとブツブツ文句を言いながら、ベルティータにへばりついているミリアとシャトラの二人を除く、生産メンバーたちの方へ向きなおり。
「例の作戦、上手くいったぜ」
完璧なドヤ顔を、馬面に浮かべて言い放った。
ベルティータに給仕を終え、ようやく人心地ついた表情のミリアが、インベントリから次に取り出したのは、大量の素材や原材料の山。
産地も希少さもバラバラなそれは、野戦陣地へ補給物資を届けたライトが、ギルドメンバーを背中に乗せて、世界各地を駆けずり回って集めた代物。
その作戦にはミリアが必要不可欠で、ベルティータの側を離れることを渋りはしたものの、ぶんぶんとベルティータに首を振られてしまえば、ミリアも諦めて従わざるをえない。
ミリアの見た目が、透明になっているが以前と変わらない、という特性を活かした買い付け大作戦は、至って単純明快。
平気な顔をして、堂々と街の中にあるお店、或いは冒険者達が売っている素材を、目立たぬ様に一人で買う分より少し多めに買ってくる。
量を揃えるために幾つもの街をめぐる、というただそれだけ。
街への潜入に際し、ミリアはそのまま壁を抜けて入り込み、本作戦の相方であるスライムのチャプは、城壁の隙間に染みこんで通り抜ける。
中に入り込んだら、ミリアの内側でチャプが広がり、彩色を各部毎に変化させることで生前の姿そのままに見せかければ、誰にも疑われなかった。
一番大変なのが、二人三脚のように息を合わせての移動、下手に動くと輪郭と色彩がズレ、『はみ出したぬりえ』のように見えてしまうのだ。
ちなみに買い付け班は別働隊としてゼフィリーもいるが、メインは採掘であくまでサポートメンバー扱いである。
「取り敢えず、全部を自給自足でなくても良くなったのは、一安心だねぇ」
「あとはバルダークが拠点を構築してくれれば、工房も簡易じゃないのをつくれて生産性も上がるし、安心して斧担いで森にこもれるんだがなぁ」
グリムリープとベックマンに、意味ありげな視線を向けられたバルダークが、苦悩の唸り声を上げる。
彼は生産メンバーではあるが、グリムリープやベックマンのように、日々のノルマに追われていない。そのかわりに、新しいギルドハウスは温泉つきで室内リゾート完備で!などという、この上ないムチャぶりを最高権力者に命じられたのだ。
無茶を言われなかった他の生産メンバー達は、バルダークが懸念していた、ベルティータへの好意が反転するようなことはなく、寧ろ進んであれやこれやと呪われ装備を、ベルティータの為に日々作り上げている。
「何処か……良い、立地が……見つかれば、取り掛かる……けど」
バルダークの言葉にベルティータは、?を頭上に大量に生み出すと、ぽむっと両手を打ち合わせると、グライフに向けてわちゃわちゃし始める。
「あの……」「いや大丈夫だ、何とか理解できた」
ミリアの言葉を遮って、グライフは大きくひとつ頷き、どこか恨めしそうな眼でバルダークを眺めやった。
「ベルティータ姫のお散歩用具は完成しているのだったな、シャトラ」
確かに、こんな状況でなければ向かえぬ先よな……
ベルティータ姫が、実はとんでもない策略家であってくれたほうが、寧ろ心は平穏でおれたが……
そうではないのであろうな。
竜の顔であるのに、明らかに陰ったことのわかるグライフの表情に、皆が気遣わしげな視線を向ける中、ミリアがテキパキとベルティータのおでかけ準備を完了し。
メインメニューを開いて、会話モードを変更して話し始める。
「ゼフィリーさん、今からそっちに姫様と伺いますが、なにか不足品など有りますか?」
2017.09.09




