38.イベントを盛り上げてみよう
38.イベントを盛り上げてみよう
昼過ぎまできっちり遊び倒したベルティータは、心地よい疲労感に誘われるまま、半分眠ったような状態で仮の拠点である『闘技場』へと帰還を果たした。
行きとは違い、帰りはグライフの頭上に腹這いの状態ではなく左前肢の上なのは、眠って転がり落ちないようにという理由だけではない。
狭い空間に小山のような巨体が軟着陸をしようとすれば、当然叩きつけられる風は逆巻き、頭上になど乗っていれば吹き飛ばされるからである。
竜巻でも通り過ぎたような荒れ果てた『闘技場』にあって、周りとは明らかに違う一角に展開されている光景に、ベルティータがこてんと首を傾げた。
ベルティータの姿を見つけるなり文字通り飛んでくる青白い人魂に、身振り手振りでわちゃわちゃしだしたが、今回ばかりは何を言っているのかはミリアでなくとも理解できただろう。
エイト、アルリール、ライト、ユーレリアと、『ダーク・クラウン』でも幹部にあたる面々が、一列に並んで正座していれば、いや……『正座させられて』居て、あれほどの暴風が巻き起こったというのに、その前に立つジゼが振り向きもせずに四人を睨んだままでいれば、誰だって理由を聞くだろう。
「一体、何をやっているの貴方達は、相手に敵対心を植え付けるなんて。勝手に誤解してバカにしてくる相手なんか、放っておけばいいでしょ。
ウチの姫様が、女王に祭り上げられる気なんかこれっぽっちも無い事なんて、わかってるでしょうに」
ミリアが答えるよりはやく、4人に向けたジゼのお説教で、一体どういう事態なのかはあっさりと理解できた。
周りで聞いていた何人かが、えっそうなの?と反応し、ジゼの眉間の皺を深めさせ、周りに居た者が不注意者の口を慌てて塞ぐ。
眺めている分には笑える余興だが、火の粉が飛んできて巻き込まれでもしたらたまらない、こういうものは安全圏から眺めているから楽しいのだ。
「ところで姫様、そんな派手なマント持ってましたっけ?」
グライフの掌から掛け声でも掛けそうな勢いで跳び下り、半透明のミリアに受け止められ、くるまっていた派手な布が遅れて床に広がる。
緑地に銀糸でデフォルメされた大樹、その上に金糸で弓と矢が描かれた布は、ミリア言う通り派手でやたらに目立つ。
色使いの割には品はよく、地布も分厚く上質で、広がってわかるがベッドカバーにできるほど大きい。もっとも、縁取りに金モールが付いている様なベッドカバーなど、実際使おうものなら派手派手し過ぎて落ち着かないだろうが。
どこかで見た覚えがあるけど……はて?どこでだっけ
眉をしかめて悩むミリアを他所に、ベルティータはグリムリープの元へと駆け寄り、いつもの通りに途中何も無い所で転がり、立ち上がって服も叩かずに再び駆け寄りだす。
そんな慌てなくても逃げないって、などと呆れた声で言いながらちらりとミリアに視線を送るも、ミリアは珍しく布の方を気にして此方に気付いていないと悟り、グリムリープはしゃがんでベルティータに視線を合わせ、連想ゲームを始める。
「グライフさん、この矢鱈と派手で立派な布は、何処で手に入れたんですか?」
「たまたま散歩の途中で、縁あって姫が拾ったのだ」
ミリアが苦労しながら持ち上げて広げたそれを前に、グライフは酷く歯切れの悪い口調で答えた。
普段から少しもったいぶった話し方をするグライフだが、何時もであればこんな風に答えにたどり着かない、言葉の濁し方をするようなことはない。
そこに言いようのない違和感を覚え、ミリアは唐突にソレを何処で見たのか思い出してしまった。
「……あ」
音を立てて血の気が引き、もともと青白かった半透明の顔が真っ青になるミリアから、グライフがそっと視線をそらす。
それが止めとなって、油の切れたロボットのように、ぎこちない動きで布を広げたままゆっくりと振り返るミリアに、背中を向けているジゼ以外の全員の視線が突き刺さり――釘付けになる。
「これ、姫様が、包まって帰ってきたんです、けど……」
時が止まったかのように誰もが固まった。
説教していたジゼは、目の前の四人の様子に明らかに異変を感じ、振り向いた姿で。
戦闘訓練の教官役を押し付けられ、嫌々やっていたアジーンや生徒達は、武器を構えた姿勢のまま。
唾を飲み込む音以外、誰も言葉を発さずにいる。
誰一人として、それが何なのかが、解らぬ者などいなかった。
「姫さんが……やらかしやがったっ」
譫言のように馬の口から漏れ出た呟きは、静寂という名の風船に突き刺さり、周り中を恐慌状態一歩手前の焦燥、狼狽、混乱状態へ引きずり込みながら、何故か急ピッチで戦闘態勢が整っていく光景は、滑稽でありながらも不気味で異様。
「なんなのコレ、正直に言って気色悪いんだけど」
「だな、役立たずのチビっ子囲んで父兄参観やってるダメ親集団のくせしやがって、どんだけナチュラルに戦争準備に入りやがるんだ、戦闘民族かなんかな?このギルドは……」
『パラベラム』に入って間もないユーレリアと、『ダーク・クラウン』に入ったばかりのアジーンは、流石に付いて行けずに取り残され、目の前に広がる光景を眺め、唖然とした表情でぼやくのみ。
彼ら二人を、一体誰が非難など出来ようか。
日曜日のパパ並にだらけた普段着や見た目装備姿の男女が、瞬時に神々しい――或いは禍々しい武器を手に、本気戦闘装備で全身を固め。
指示や指揮どころか声掛けすらないままに、まるで当然のようにPT単位で集まりだし、欠員の有るPTも即座に分解再組み換えを終え、定員を満たした臨時PTとして再編成されて行く。
何よりも異様なのは、PTを組まずに唐突にかたまり、それぞれが簡易工房を組み立て始める職人連中と、その周辺に無言のまま、種類別に積み上げられていく素材アイテム。
そんな彼らを中心点として展開される、護衛部隊らしきPTが組上げているのは、バリケードと防護柵だろう。
今まではギルドハウスが拠点であり、そこを要塞化すればよいだけだったはずだが、敵性種族への転生によりギルドハウスを放棄して以来、一度としてこんな訓練をしている所を、ユーレリアは見ていないのだ。
つまり、これら全ての今眼の前に有る光景は、予め予定されていた対応ではなく、各自によるそれぞれの判断で有るという事実。
「ようやく、この前チビっ子殺害の依頼が俺様に来た理由がわかった。こいつらと事を構えて、過去に幾つか潰されてんの見たんだなありゃ。
こんな戦闘狂なんぞに、普通の奴らは関わり合いになりたくないってこった」
目の前の光景を見ながら呑気にそんな感想を抱けるアジーンも、やはり頭のネジがすっ飛んでいると周りからは見えるのだろう、それが故にベルティータ暗殺(?)依頼の対象としてあがったのだが。
人は他者の異常性は客観視出来ても、自身のそれはなかなか容易には出来ないものなのか、横から投げかけられるユーレリアの『アンタもね!』という視線には気づかなかった。
続々と準備を終えた見るからに高廃レベルのプレイヤー達が、ベルティータの元に集まり、片膝をついて頭を垂れていく。
背の低過ぎるベルティータが『祝福』をしやすいように、という気遣いなのだが、アジーンにすれば異常な戦闘民族の奇っ怪な儀式に映るそれも、ビューロー達にしてみればベルティータのカリスマだと勘違いを誘発し、誤解をより強固なものへと変えていく。
「待て待て誤解だ、散歩の途中にエリュアリートの王宮を襲撃した訳ではない」
グライフが逸るギルドメンバー達に、一旦落ち着くよう宥め、エイトに説明しようとする中、アルリールの冷静過ぎる指摘が突き刺さる。
「でも金モール装飾されたそれは、王族旗ですよね?」
元エルフであるアルリールは、当然エリュアリートの出身で、指摘した内容もエリュアリートの上位クエストをクリアしている者なら、皆知っているが何の必要もない為、すぐに忘れ去られる類のムダ知識である。
「確かにそうだが先ず話を聞け。ベルティータ姫は湖で水遊びをしていただけで、どちらかと言えば今回は巻き込まれた側、狙われたのはそれがしだ」
グリムリープに何かを訴えていたベルティータが、グライフの言葉にコクコクと頷き、メンバー達の表情から真剣さが溶け流れ落ちていく。
「ドラゴンバスターの称号を得る事を目的に、冒険者がそれがしに襲いかかって来たのだ。その後エルフの大規模部隊が駆けつけたことを考えるに、冒険者達は露払いと足止めに使われたのであろう」
三国側でまっとうな冒険者をやっていた頃なら、頷けなかったであろう内容だが、闇の軍勢側からの事実を知った今、それを否定できるものがない。
冒険者など二束三文で便利に使い潰せる、割りと使い勝手のいい捨て駒で、その上殺しても死なないのだから良心の呵責もそこにはないときている。
「思うに、ドラゴンバスターの称号とやらを得て、三国間での交渉を自国の優位に進めたかったのであろう」
「ダメージも受けていないみたいだし、戦闘はせずに逃げたってことでしょ?それならどうやってそんな相手のメンツを、ピンポイントで潰すようなものを手に入れたの?」
愉快そうに言葉を投げかけるユーレリアに、グライフが視線を向け、口を開きかける途中でジゼが緩く手を振って止める。
「状況の細かい説明なんて今はいいわ、事実として相手の面子を潰し、ドラゴンバスターの称号を相手は手に入れられなかったし、お蔭で姫様はずぶ濡れの体を冷やさず帰ってこれた。
……これって敵の攻勢を呼び込んだんじゃないの?」
「ソイツぁ逆だ、ここで攻勢に出てくるようなら、相手の大将は無能だぜ白魔の姉ちゃん。
『碌に準備もしないで仕掛けると、しっぺ返しされる』ってのを、デカブツが親切に実演してみせた、ここで準備もそこそこで攻勢に出りゃ負ける、負けりゃ三国間での立場は悪くなる」
如何にも脳筋一直線と言ったアジーンだが、こと戦闘に関しては頭を使う、と言うより頭の出来はそもそも悪くはないのに、プレイスタイルと口の悪さで脳筋にしか見えないだけなのだ。
ジゼは以前じっくりアジーンと話した経験から、それと知ってはいるものの、未だにどうもそこのギャップを自分の中で消化しきれていないため、心の中にアジーンの言葉を収めるのがどうにも納まりが悪く感じてしまう。
頭ではわかっているが、という典型的なアレである。
取り敢えず、今すぐには攻めこまれそうにないと理解し、肩から力を抜いたジゼにユーレリアが追撃を掛ける。
「まぁ攻勢をかけられても、困るのは私達じゃないしね」
その場にいた人間の反応は、二つに分かれた。
ユーレリアが口にした事実を、すでに理解していたものと、考えもしなかったものに。
必然、皆の視線がベルティータに向けられる。
三国にそれぞれ攻勢を仕掛けると、ベルティータは言ったのだ。
それは、つまり――
「あれ、もしかして今『エリュアリート国王暗殺未遂事件』の反省会中?」
丁度そこへログインしてきたナインが、全く空気を読まずにベルティータに近づき、ベルティータからのハイタッチを受けて、ちまい身体を軽々と抱き上げ肩車する。
アルリールなどはその光景を見て、自らの米噛みを揉みながら、『バカ9……』と苦々しげな声を洩らすも、にやけてしまう口角はごまかしきれず。
隣でエイトも困った顔の笑いを浮かべつつ、立ち上がって手を打ち、皆の視線を集めた。
「取り敢えず、臨戦態勢は解除しよう。それよりもナイン、どうして今ログインしてきたばかりで、そんなことを知っているんだ?」
「ああ、今公式の掲示板で大騒ぎになってる。運が悪いってか間が悪いってか、グライフだけじゃなく姫の姿もスクリーンショットに取られてバッチリ上がってた。
何が可笑しいって『日本サーバーだけずるいぞ!』って外国語で文句が山ほど付いてんの、『我々にもドラゴンを倒す機会を与えろ』ってブーイングと、『日本サーバーに移籍するから待ってろドラゴン!』って書き込みもあった」
モテモテだな、とグライフに軽口を叩き、肘で突く真似をするナインに、グライフは涼しい顔で余裕の笑みを浮かべているのだが、竜の表情変化を理解できる程に周りが見慣れては居ない。
何より皆の視線はグライフには移らず、未だナインに固定されている。
「それがしよりも問題は姫だ、どの程度アップで写されているのか」
「あー、ドアップでにゃんこの瞳なのもしっかり写ってる。お蔭で正体が逆に誤解されてて、『竜の幼生体』だとか『竜の巫女姫』だとか呼ばれて、完全にNPCだと思われてて、何かのイベントの前兆だろうって結論になってる。
ついでに言っとくと、それ系のプレイヤーが、闇の軍勢に移籍してーっ!って大合唱してた」
笑いながらあっさり告げるナインの左肩に、銀の髪がサラサラと流れる、肩車されているベルティータが左に首をこてんと捻ったのだ。
久しぶりにベルティータの『なぜ?なぜ?攻勢』の対象に選ばれたナインが、さて今回の『なぜ?』はどんな『なぜ?』なのかと、今の会話を思い出しながら頭をひねる。
外国勢がずるいと思うことは、別になぜ?じゃないしな。
NPC扱いされたこと……でもないだろ。
逆に日本で直ぐに正体が特定されなかった事か?
うーん、でも姫だからなぁ……
「なんでイル姫達の事は、何の話題にも成っていないのか?」
ブンブンと首を振り銀の長い髪が大きく広がる。
アルリールが言うとおり、女心とやらが自分には確かに分からないと再認識したナインは、最強の助っ人に助けを求めるべく、ベルティータを肩車したままミリアの方へと体ごと向きを変える。
「『何故、そんなに騒ぎになっているのを知ったのに、みんなまだ動き出さないの?』です」
銀のトレイに白磁のティーセットという、半ばミリアのトレードマークと化したアイテム類を、インベントリーから取り出し。
ベルティータの紅茶を手際よく用意するミリアの返答に、周りのメンバーがまだ理解に届かずざわめき出す中、ベルティータはナインの金髪をポムポム叩いて、壁の方へと指をさす。
言われるままに石壁の前にまで進むナイン、その肩の上で太腿から例のナイフを抜き放つと、横線を一本真っ直ぐに引き刻む。
次いでナインを引いた線の左端まで移動させ、そこに垂直に一本線を引くと、その下にデフォルメされた竜とベルティータの顔をちまちま刻む。
しばらく見つめていると、訝しんでいたメンバー達は、それが妙に見覚えのある代物に思えてくるが、誰もがそれを口にだすことを避けた。
「もしかして、ギルド対抗戦ってだけじゃなく……ギルド内でも成績つけんの?」
2017.09.03




