37.所定の位置に収まってみよう
ちょっとほのぼの詐欺っぽくは有りますが、そこはそれで流して頂いて。
闇の軍勢から「君ら要らないから」といわれても、ベルティータは相変わらずベルティータのままです。
読んでいただいた方に、何かを残せたら嬉しい限りです。
37.所定の位置に収まってみよう
ログインしきょときょとと周囲を見回した小さな影は、明らかに普段と違う周囲の光景にも、特に驚いたり怖がったりする様子もなく、しばらく右へ左へと首を傾げていたが、ピコンッと大きく耳を一跳ねさせると、もう一度じっくりと周りを観察し出す。
酷く殺風景な石畳敷のその場には、すでに幾人かの人影が点在していたが、皆自分の作業に没頭し、或いは急拵えで設置された幾つかの柵やバリケードの影になって、小さな影がログインしてきたことには気付いていない。
鼻歌でも歌いそうな暢気な表情で、観察を終えた影が選び向かった先は、如何にも厳しく禍々しい扉。
石造りの重厚な扉は、今や3メートルを超える体躯を得たアジーンであっても、まるでサイズの合わない巨大な代物。
薄暗い中で見上げたベルティータには、扉の中程位までしか見通すことが出来ない、天を衝く様な威容を誇る構造物である。
普通の人間であれば、経験に裏打ちされた想像力で、押そうが引こうがびくともしないと予想がつき。次いで使用目的に疑問を持ち、見た目の禍々しさと相まって、態々自分から近づこうなどとは思わない代物。
両腕を前に突き出し、てててっと走りだしたりなど、絶対にしない。
途端に立ち塞がるように、巨大な岩が地響きとともに目の前に横たわり、ベルティータのちまい身体は一瞬だが浮き上がった。
だがそこはベルティータである、逃げる、止まる、警戒するという選択肢は無く、つんのめるような体勢で岩にたどり着くと、その勢いのまま岩をよじ登り、途中幾度もずり落ちそうに成るも『怨念さん』がその度押上げ、何とか頂上まで登り切ったのである。
更に付け加えるのなら、頂上まで登り切った満足感にその場に腰を下ろし、何をしようとして岩を登ったのかなどすっかり忘れ去っていた。
今少し事実を書くのであれば……別に岩など迂回すればいいだけで、登る必要などこれっぽっちもないのだが、登ることを選択し実行したベルティータに、そんなことを言っても何の意味もないであろう。
賢者はそう悟っており、故に自らの鼻先をよじ登ってきたベルティータが己の鼻筋に座り込んだ所で、三対六眼を開き転がり落ちぬよう見守るのみ。
突然わいた視線を感じ取ったのか、唐突に振り向いたベルティータと視線が合い、そこでようやく岩の正体に気付いたベルティータの取った行動が『更に上方まで攀じ登る』であった。
重い頭を地につけ、ベルティータが石扉へ近づくことを阻止したグライフを、ただの岩と勘違いしてよじ登った上に、相手をグライフだと認識して更によじ登り続けた先は、角に辿り着きその根元に腹這いに寝そべったのだ。
それはグライフが巨人族であった時と全く同じ位置関係、寝そべったちまい身体からは緊張も警戒も当然無くほんのりあたたかみが伝わってくる。
グライフにしてみればまるで、人に慣れた小さな子猫が、無鉄砲にも頭までよじ登って来て、頭の上で丸まったのと同じ。
失礼だの非常識だのと、非難するような対象ではないのだと、改めて認識させられただけ。
グライフは身を揺すって笑う。
それはグライフという巨竜が、その見た目に吊り合うほどに精神的に成熟している、否……老成していると言える程に、穏やかで思慮深い証であり。
ベルティータという個性に対し、好意的な存在であると共に、我が身の陥った状況を不幸と思わず、幸運と捉える変わり者ということでも有る。
戦うことも言葉をしゃべることも出来ない、そんな相手に連れられて、ほぼ全てのプレイヤーキャラクターを敵に回し、『世界の半分を統べる』実権を握るのかと思えば……そんな物には興味も向けず、プレイヤーキャラクター達の所に攻め込むのだという。
これが今まで虐待されてきた事への復習を根とした行動だというのなら、共感はできないが理解は出来る。だがベルティータは相変わらず、ただ好奇心のままに無鉄砲な行動をし、とても自分の復讐のために誰かを騙して利用できるような、人の悪さも計算高さも欠片も見当たらない。
ただの思いつきで行動しているようでいて、それなりに最低ラインを決めている、と思わせてやはり何も考えていない。
まるっきり気まぐれな猫の、気分でなんとなくしている行動に振り回されているように感じるが、振り回されている側が苦笑しながらも喜んでついていっているのだから、改善の余地もないのだ。
人は真面目な顔をして、子猫に説教など出来やしないのだから。
そんなことを独り思索にふけっていたところ、ぽむぽむとちんまい手が角を叩き、向けられた六つの眼が写したのは、真直ぐ上に向け伸ばされた腕。
「姫ならば、まぁそう言うであろうな。どれ、それではひとつ飛んでみるとしよう」
ゆっくりと地に伏していた身を起こすと、頭は地表近くから一気に高度を上げたが、怖がるよりも喜んで角に捕まり周囲をキョロキョロとしだすベルティータに笑いながら、グライフは闘技場の中央部にある天井の開けた辺りへと、地響きとともに巨体を移動させて翼を開く。
広げられた翼の余りの巨大さに、遠くから見守るギルドメンバー数人がたじろぐも、ベルティータは両手を角から離して拍手しだし、グライフから流石にしっかりと捕まっているよう注意を受ける。
反省を態度で示すべく両腕で一番太い角にしがみつくベルティータの姿を確認し、グライフが数度翼を打ち振るえば、石畳敷の地表に暴風が打ち付けられ小山のような巨体が宙に浮き上がり、完全に尾の先が浮いた所で上空へ眼を向けるや、勢いよく舞い上がった。
雲を突き抜け、遠くに連なる山脈と陽の差す方向から、MAPを開いたグライフが現在位置を大まかに割り出す間、ベルティータは吹き付ける風に長い銀の髪を滅茶苦茶に吹き流されかき回されながら、未だかつてプレイヤーが見たことのないであろう光景に、瞬きも忘れて見入っていた。
「上から見た世界は、こんなにも美しいというに」
……地表では殺し合いしか無い。
それを主軸においたゲームの世界なのだから当然だ、それでも思わず漏れでてしまうほどには、眼下に広がる世界は美しかった。
こてんと首を傾けたベルティータが、片手でわちゃわちゃとなにか伝えようと身振りするが、相手の反応から伝わっていないことを悟り、腹這いのまま両腕でわちゃわちゃとし出す。
現在は先程までとは違い上昇では無く滑空で、速度の制御が容易である為に髪がこんがらがるほどの速度ではなくなっている。
「いやまさに姫の言うとおり、無い物を永遠に求めるは人の性やも知れん」
グライフの言葉を聞いて、ぽんっと両手を打ち鳴らしたベルティータが、はっきりと一つ頷いた。
感傷にふけっているグライフの頭上に立ち上がると、両腕を大きく広げて風を掴み。
『大賢者』が注意する間もなく、ぴょんっと小さく飛び跳ね、あっさり突風に吹き飛ばされていった。
人の三倍ある眼をフル稼働させ、一瞬で目標の姿、距離、高低差を掴むや、大きく翼を一打ちして急制動を掛け、翼をたたみつつ身を捻ってその場で方向転換し、ほぼ垂直に小山ほどの質量が落下していく。
巨大な体躯に見合わぬ小回りで、必死に駆けつけた巨竜が見たのは、上下逆さになって大きく広がるスカートの裾を掴み、そこに風を受けてふわりふわりと落下するのを、笑顔で楽しんでいる幼児の姿。
思考とともに身体も一瞬固まったグライフは、ベルティータをあっさり通り過ぎ、自らが地表に激突する寸前我に返ると、翼を広げ力強い羽ばたきで地表の木々をなぎ倒すほどの暴風を巻き起こしつつも何とか墜落を回避、上から揺れながら降ってくるベルティータを前肢の先で器用に摘んで救い上げた。
「……心臓にも環境にも悪い故、せめてひと声かけてから無茶はなされよベルティータ姫」
再びベルティータを定位置である頭に装備し、先程より更に速度をゆるめて、巨竜は再び大きく羽ばたき高度を上げる。
しばらく警戒していたが、どうやら再び吹き飛ばされる気はないらしいと、腹這いで前方を眺めるベルティータの姿に安心し、ぐるりと周囲を見回すように頭を振った。
「さて、どちらに進もうか。山か、海か、湖か」
ちまい王女は迷わず一つを指さし、巨竜はそれに向け進路を定める。
鏡のように朝日に輝く湖を散歩する一人と一匹、そう言われて頭に浮かぶ絵とは大きくかけ離れた二人組は、右にバンクし高度を下げながら、散歩とはいえないような高速で目的地へと突き進んでいった。
☆ ☆ ☆
唐突に目的地が決まったせいもあって、タオル等と言った必要な物はどちらも持っていないとしっかり理解していながら――
ましてや自分が着ているのが、呪われていて時折思い出したかのように血飛沫塗れに成るとはいえ、見てくれだけなら夜会に着ていったとて何らおかしくはないドレスなのだと、識ってもいながら――
ベルティータはベルティータであるからして、構わずグライフの頭の上から湖に向かい飛び降りた。
湖に危険な生物が居るかもしれないとか、ドレス姿で水中に落ちれば溺れるかもしれないとか、自分が泳げるのかどうかも全く考慮に入れず。
勇敢とは違う危険を知らぬ無鉄砲さで、大の字に湖面へ突入し、泡と水に一瞬にして囲まれる。
やれやれと小さくため息を付きながら、器用にベルティータを摘みあげ頭上に乗せると、今度は滑り台のようにグライフの顔を滑り降り再び湖で水柱の主に成る。
一体何が面白いのか、ごろごろと転がって飛び込んでみたりと、いろいろと試しては摘み上げられるの繰り返しは、暗褐色の肌でもはっきりと分かるほど青褪め、唇が紫に染まり、身体が震えだすまで延々と続けられた。
以前行った海では、多くの目に見守られ、多くの口に忠告を並べられたが、いま此処にいるのはグライフだけ。
そのグライフの基本方針が、生命の危機にかかわらぬ限り、各人の責任のもと自由にするがいい、という自己責任である以上、ベルティータはなんの行動の制限も受けないということであり。
お日様を受けて温まった湖岸の砂浜に、ぺたりと腹ばいになってごろごろ転がり、砂だらけになっても怒られず、好きなだけ砂にお絵かきしはじめる。
ぴこり、とベルティータの耳が反応したのは、そんな時だった。
むっくり上半身を起こしグライフを見上げると、すでに巨竜は長い頸を巡らし背後を伺っていた。
「この身になって初めて聞くが、人の言葉とはこのように不快に響くものであったか。
心配ござらん、1PT程度の人数であれば、如何様にも対処できる」
チャットモードを切り替えたのであろう僅かな間をおいて、グライフが背後に潜む者達へ声を掛ける。
「この地を焼野に変えるを望むか人の子らよ。此方には害す気はないのだ、無為に命を散らすことはない、短命なる寿命を全うせよ」
「ふざけるなっ、前線に構築中だった砦を潰したのはお前だろうが。クエストになってんだから諦めて狩られろ。明日から俺達の称号はドラゴンバスターだぜ」
交渉による解決は、相手が此方を『ただの経験値を稼ぐために狩る対象』としか認識していなければ成り立たない。
最早無意味と知って、今まで抑えていた金属鎧のたてる音を気にせず、高レベルと見受けられる戦士や騎士が一気に距離を詰めてくる中、降り注ぐ矢と魔法。
大きく広げたグライフの羽ばたきにより、全身金属鎧に身を固めた前衛職すらも、吹き飛ばす……かのように見えるが、実際のところはタダの強制ノックバックスキルである。
ずり下がりひと塊になったところで、グライフの開いた口から吐出されたブレスに飲み込まれ、回復系らしき一人を残して全員が一瞬で消える。
「やすやすと狩れぬがこその称号よな、理解したのであれば去れ」
先ほどまで命を狙って来た者に、命を狙われていた者が掛けるとは思えない程穏やかな声に、ようやく相手も理解する。
目の前に居るドラゴンには、自分達など脅威に感じてもらえもしない程度の存在なのだと。
まさか相手のドラゴンがプレイヤーキャラクターで、背後に隠しているレベル1の幼児に気付かれる前に何処かに行ってくれと、焦っているなどとは思いもしない。
ぺこぺこと頭を下げながら立ち去るプレイヤーキャラクターを見送り、相手がベルティータの存在に気付かないであろう距離まで離れたところで、グライフの口から盛大に溜息が漏れでた。
何が心配といえば、ベルティータがのこのこ出て来て、なにか仕出かすのではないかと、内心気が気きではなかったのだ。
幸いなことにちゃんと空気を読んだ(?)ベルティータは、グライフの揺れる尻尾にまたがってゆらゆらと満足気に揺られていてくれたので、発覚の恐れはないだろう。
交渉と戦闘を、子守と同時に行うなどという、およそ予測も想像もできない事態を無事に切り抜けたせいもあって、グライフはベルティータに習うように、小山のように巨大な身体を湖畔にのべっと投げ出した。
……が直ぐに身を起こし、ベルティータのちまい身体を摘んで頭上に装備する。
地に伏せたせいで聞こえたのだ、幾重にも重なって響く重い足音が、此方に近づいてくることに。
「さすがにコレは多勢に無勢、負けるとは思わぬが……流れ矢や流れ魔法が姫に当たれば即死であろうから、此処は三十七計目の出番であるな」
遠くに見える揃いの装備に身を包んだ一団を眺めやりながら、頭上のベルティータに声を掛けると大きく翼を広げ、暴風を巻き起こし巨体を空へと舞い上げる。
こうなってしまえば、陣形も歩兵戦力も意味をなさず、魔法以外で唯一届くであろうバリスタなどの重砲を先に抑えれば、後は相手の射程外から一方的にブレスで焼き払えば良いのだから、グライフの言うとおり負けることはない。
今日の目的は散歩であるのだから、此処はさっさと逃げるが勝ちである。
相手の射程に入る前にくるりと旋回しようとしたグライフに、ベルティータがブンブンと首を振り、水遊びでしっとりしている銀の髪が、グライフの頭上で冠のように広がる。
両の手を合わせて突き出したかと思うと開き、敵集団の居る方をちまい指がつつく。
次いで、掌をジェットコースターの軌道でも描くように動かし、やはり敵集団の居る方をちまい指がつついた。
誰にでもわかるほどに単純明快なジェスチャーに、竜身になった後初めて感じる頭痛に、グライフが右前肢で額を抑える。
つまりベルティータは、この状況にありながら、ドラゴンが尻尾を巻いて逃げるのなんてだめーと、ダメ出しをしているのである。
そして『ダーク・クラウン』というギルドは、基本的にベルティータの希望を最大限叶える、という不文律に基づく巨大な保護者集団だ。
しかし、ベルティータがギルドマスターではあるが、行動決定権は持っていない。ベルティータの身の安全を優先し、彼女の無茶な希望を却下するという選択は、全くふつうのコトでも有る。
故に『大賢者』と他称される巨竜は、頭を上方へ持ち上げて一気に高度を取った。
「愚かで短命なる妖精の子らよ、木と鉄を飛ばし我と戦をするつもりか。己が無力を噛み締めるがいい」
翼を折りたたみ一身を矢の如く急降下させ、地表ギリギリを掠めるように飛び過ぎると、上空へと舞い上がり雲を突き抜け姿を消した。
雲の上でほっと一息つき、頭上にベルティータがいることを確認し、もう一度今度は大きなため息をつく。
「……こんな所で満足かなベルティータ姫?」
両腕で大きく丸を描くと、グライフの角に引っ掛かっていた布が落ちてきて、ベルティータをすっぽり覆い隠してしまう。
しばらく、もこもこと布の下で出口を探し動き回っていたが、見かねたグライフが布の端を持ち上げ、ひょっこり顔を出したところで布を掴んでごろんごろんと横回転に移り、もぐらからミノムシへと早変わりする。
「そうですな、我等もはやく新たな家を作らねば」
グライフの言葉に、コクコク頷くベルティータだったが、絶好調に転がりすぎるため、最後にはグライフの前肢に摘まれ、本当にミノムシのように風にブランブランと揺れながら帰ることになった。
2017.09.03




