23.冒険をしよう
前話よりも今話のほうが、私はALEXANDRITEという作品っぽいと思っております。
何処がと言われると、なんとなくとか、雰囲気的に、としか答えられないのが苦しいのですが。
読んで頂けた方に、面白いと思ってもらえたなら、嬉しい限りです。
23.冒険をしよう
それは神聖なる祈りの様に、余計な何ものも混じらず。
純粋に、ただひとつの事だけを目的とした行為として、そこに在り。
見る者皆に沁み渡ると、同じ感情を湧かせる。
皆に聞かせるためでなく。
楽しいからという、ただそれだけの理由で歌っている事が、見ているだけで伝わってくる『声なき歌』は、それ故に人の足を止める。
だが、今日は何時もより尚、楽しげに見えた。
選んだ曲目が、そうであるのは間違いないだろうが、その選曲をするのは歌い手の意思のみ。
さらには歌い手が隠す気も無いのだから、その時の気分がそのまま見た目に表れるのも当然。
歌い終えて椅子から下りる足取りも軽く、あまりに軽すぎてそのまま前転するほどである。
何がベルティータを、そこまで浮かれさせているのかと言えば、外出許可が出たのだ。
レベル1としては、異常なまでの防御力とは言え、それはあくまでも『レベル1にしては』に過ぎない。
通常エリアであれば、高速湧きしたMOBに囲まれ鏖殺されるだろうし、下手をすれば、その光景に親切な高レベルプレイヤーが助けに来て、そのまま纏めて彼らに討伐されてしまいかねない。
故にベルティータは今迄、ギルドハウスのエリアから出る事を禁止されていて、ベルティータ本人も大人しくギルドハウスで、或いはギルドの薔薇園で、特に不満な様子も見せず、ふにゃふにゃな日々を過ごしてきた。
「これじゃ軟禁してるのと同じじゃない。なんとかしてベルティータ姫を外に出してあげられない?」
先に耐えられなくなり、そう口にしたのはジゼ。
誰もが心の中では同じ気持ちを持っていた為、反対はしないものの、何もかもがわからない現状、ガイドラインすら打ち立てられず問題は提起されたものの、話が進まないまま時間ばかりが過ぎ。
このまま立ち消えることを憂慮したアルリールが、半ば強引に主張した結果、観光エリアと呼ばれるMOBが発生しない場所に、誰にもみつからないようにこっそりと行く、という事で話は纏まった。
「で?なんなんですか、コレは?」
おおはしゃぎで、脚を振っているベルティータを、腕に抱き上げたアルリールが、周りを見回し洩らした声は、呆れの感情に溺れていた。
アルリールのボヤキに振り向いたのは、ナインと何事か話し合っていた、一見してレア装備であると解る、装備一式で隙無く身を固めた完全武装のエイト。
彼は当初から護衛役として参加メンバーになっており、此処にいても文句を言われる筋合いの無い、数少ない人物である。
予定では、王女様のお忍びバカンスをイメージした、可愛らしいピクニック。
だが、いざ出発という段になって見回せば、ラウンジは大量の人に埋め尽くされていた。
わかりやすく、別の言い方をするのなら、ログインしていない者を除くギルドメンバー全員が、ラウンジに集合していた。
「前回の弊害、とは言いたくは無いところだね」
「平たく言うと、『自分達の姫様を独占するな』って事らしい」
此方も出会った時と同様、如何にも高レベルといった、揃いの装備一式で身を固めたナインは、ちょっと困ったような笑いを浮かべ唇を歪める。
はっきり言ってしまえば、ギルドのメンバーがこうして押し寄せてきたことは、ナインにとって嬉しい事である。
ただし、そのことで空気が悪くなったり、諍いが起こるというのなら、ベルティータを此処に連れてきた自分たちを含め、ギルドの在り方を問いただすだろう。
ナインが一番守りたかったものはベルティータの自由で、それを蔑ろにし、ベルティータの心に罪悪感や引け目を負わせる相手を、たとえ『パラベラム』の仲間だとしても、ナインは笑って許す気はない。
「仕方がありませんね、これ以上ベルティータを待たせるのは可愛そうですし」
最初からこの問題が起こる事を予想していたかのような、悩む素振りすら無いアルリールの即断ぶりは、ミリア以外にはよく見慣れたもの。
即断即決即実行は、アルリールの明晰さを、最も判り易く知らしめる特徴といえた。
「ただし、許可するのは『姫の護衛』としてです。その任を放棄した瞬間、外敵として排除対象になりますので・・・努々お忘れなく」
複数の喉が一斉に唾を飲み込む。
最近のベルティータ相手の奇行で、すっかり忘れていたアルリールの異名を、今この場の全員が思い出した。
それは脅しではなく警告で、『氷の魔女』が口に出した以上、言い訳も命乞いもさせてもらえず、必ず完遂されるのだと。
☆ ☆ ☆
白い砂浜青い海、照りつける太陽の日差しに、世界は輝いていた。
完全に嫌がらせでしか無い目的地の変更に、全員から向けられる非難の視線もなんのその、腰にパレオを巻いた水着姿のアルリールとミリアが、波打ち際で海水と砂まみれに成って転がる、ベルティータの姿を近くで眺めていた。
アルリールの水着は、青ベースにワンポイントの入ったシンプルなデザインのビキニで、去年の夏季イベントで参加記念品として配られた物である。
対してミリアが身につけている物は、『縫製』スキルに寄ってき作られたプレイヤーメイド品である為、オレンジをベースに南国風の花柄をあしらった、色鮮やかで目を引くワンピース。
対照的な美少女二人に見守られた幼女はと言えば、全くいつも通りの『怨念』ドレス姿。
良く似合っているのは間違いないが、海辺で着るには視覚的に些か重過ぎるのだが、二つの点でベルティータの水着着用は見送られることとなった。
最大の理由は安全である。
ただでさえベルティータは、好奇心旺盛な無鉄砲と言う、事故とトラブルの神に溺愛される属性持ちであるのに、レベルは1で高レベルプレイヤーから見たら誤差程度の数値が総HPなのだ。
気が付いたらいつの間にか、一人ギルドハウスのホームポイントで光っていた、などと言う事態が容易に想像出来る。
もう一つは方法である。
『裁縫』スキル持ちは、変更された目的地に沸き立ち、今にも制作に取り掛かろうと意気込んだが、素材を手にした瞬間当惑したのだ。
『呪われ』装備の水着って、どうやって作ればいいの?
以上の理由により、ベルティータの水着姿は、半永久的に封印される事になったのだが、とうの本人が全く気にせず。
ドレス姿のままで、波を頭からかぶっては転がってを繰り返し、満面の笑みで楽しんでいるのだから、些細なこととして良いだろう。
時折流木や折れたオールが、黒雷に打たれて爆散したりするが、最近ナインが取ってきた、リボン付きのレースの手袋のお陰で、黒雷での火傷を負わなくなった為に、それでも安心して見ていられる事が、ベルティータは元より、周りの人々の心を少し軽くしていた。
しかしその所為で、ベルティータの好奇心をセーブする、元より乏しい警戒心がなくなったので、差し引きでどちらに傾いたのかは、難しい所ではあるのだが。
そんな経緯から、計画段階での『こっそり』などあっさり実行不能になっており、いざ蓋を開けてみれば――どう見ても単一ギルドによる観光エリアの不法占拠。
不運にもそこに迷い込んでしまったカップルは、完全武装の集団に戦闘態勢でジロジロと見られ。
集団から離れようとも、気配を消した斥候の監視は外れず、気不味い雰囲気に耐えきれず立ち去って行った。
それでも好奇心の強い何人かは、何かのイベントかと近寄って覗き込もうとしたところで、盾を構えた数人の騎士に立ち並ばれ、無言の笑顔で追い返される。
決してルール違反では無いが、あまり褒められたものでは無い、仮設親衛隊の中心ではーー頭の先から爪先まで、余す所なくずぶ濡れのベルティータが、パラソルの下でゼフィリーに、バスタオルでゴシゴシ拭かれていた。
「どーせまた水被るんやから、そこらで寝転がってちっと乾かし」
言われて首を傾げるが、いつものように銀の髪は流れない。
じーっと、金色の瞳で真っ直ぐゼフィリーを見上げ、再び首を傾げ、頭にのったバスタオルを押さえて、てててっと走り出し、そのまま砂浜に寝転がる。
「あいっ変わらず嬢は、目ぇ離すとどこ飛んでくかわからんな」
ゼフィリーの言う『そこら』と、ベルティータの思う『そこら』が、単純に違った結果なのだが、ゼフィリーはベルティータの姿を眺めながら、あぁそうか、とすんなり理解出来た。
そら嫌われて当たり前や、本人が自由に楽しんどるのに
そんなん不自由やからやり直せ、て言うたのと同じやもんな。
転ぶ『自由』も、地べたに寝転がる『自由』も、嬢はもっとるんやな
それに比べてと、ゼフィリーは誰にも気付かれないよう、そっとため息をつく。
ゲームだというのに、日焼けをするのを嫌がり、水着姿を晒すのを拒み。
レベル99だというのに、今まで自分から服のまま地面に寝転がろうと、してみようとすら考えもしなかった自分は、なんて縛られていて・・・不自由なことだろう。
そうか、昔のギルドの仲間を、ウチが置いてったと思ってたけど。
ウチが余所見して、はぐれたのか。
もそっと、被っていたバスタオルから顔を覗かせ、ベルティータが短い手脚でわちゃわちゃと動かしているのを、アルリールが駆け寄って抱き上げるなり掻っ攫う。
そんな光景をぼーっと眺めていたゼフィリーが、自分がいつの間にか現れた巨大な影の中にいる事に気づくと、周りの喧騒と慌ただしい怒鳴り声が、一気に耳の中に流れ込んで来た。
と同時に現状に気付く。
陽光を遮り巨大な影をつくっている物が、今まさに自分の頭上に振り下ろされており。
転がろうが横に飛ぼうが、その影の範囲から自分が外れることは、もう出来ないと。
またよそ見してる間に、ウチだけ別の場所とか、嫌やなぁ
焦りも戸惑いも悔しさも感じずに、頭上に迫り来る大木のような巨大な何かを眺めながら、ゼフィリーはそれが自分を押しつぶすのを、そんなことを思いながら、静かに受け入れた。
・・・筈だった。
すごい速度でゼフィリーは吹飛ばされ、砂浜の上を優に五、六回転し、しこたま口の中に砂を詰め込まれ、硬い何かにぶつかって漸く止まる。
「やるねぇ~姫さん、ホント最っ高だな。俺は姫さんに一生ついてくぜっ」
転がってきたゼフィリーを、ブーツの踵で受け止めたライトが、おどろおどろしく髪を逆巻きにしたベルティータに、見かけ通りに気障ったらしい仕草で片目を瞑ってみせる。
照れまくってわたわたしだすベルティータを、表情を変えずにライトは見詰め、気障ったらしいポーズのまま、ブーツの踵を軽く蹴り出す。
「死にかけだろうが、腕の五、六本折れて様が、さっさと立って、平気な顔で感謝の言葉叫べ。
心配してコッチ来ちまうだろうがっ」
妙にドスの効いた小声で促すライトに、短い舌打ちと共にぜフィリーが跳ね起き、ベルティータに大きく手を降って、周りの怒号や斬撃、爆発の轟音にも負けぬ大声を響かせる。
「嬢っ、サンキュウなー!ちょっと待っとき、アイツぶっちめて、そのままアイツでお好み焼きパーティーしよなっ!」
いそいそと、手にした金属プレートを、ドレスの襟元から滑り込ませると、逆巻きに吹き上がっていた・・・塩と砂にヨレ固まっていた銀の髪が、ばさりと重苦しく伸し掛る。
髪の重さと安堵で大きく息をついたベルティータだったが、
ゼフィリーの言葉に、ツリ気味の大きな目がキラキラに輝くのが、遠くからでもはっきりと見え、巨大という言葉では、とても言い表しきれないバケモノ烏賊を囲んでいたギルドメンバーに、一気に火が入る。
「やっぱスゲェわ姫さん。何も出来ねぇし何もしねぇ・・・どころか主力が護衛に回っちまうから、どう考えてもお荷物なのに。
普段の三倍くらい周りのバカ共がやる気出して、別人みたいに動き良くなりやんの、意味がわかんねぇ」
「エイトとジゼに、アルナイにミリアが嬢のパーティか?」
バケモノ烏賊のターゲットを誰かが取ってくれたために、のんびり無駄口を叩きつつ、手早く装備を整え。
武器の芸術品のような細剣を抜き放つと、ゼフィリーは魔法で水の抵抗値をあげて、やったらぁ、と駆け出す。
「だけじゃねぇよ、例の自称『親衛隊』で廃プレイヤー七人も前線参加しねぇから、見ろグライフからタゲ剥がれねぇじゃねぇか」
言いながら左右の腰から長短二本の剣を引き抜き、ライトも駆け出しゼフィリーを追い抜いて一気に最前線へと飛び込む。
視界の端で、自称『親衛隊』がベルティータの前に跪き、祝福を受けている姿を捉えたのだ。
あいつらバカで悪乗りしすぎるが、正直バカ強ぇからな・・・
「俺の見せ場とるんじゃねぇ、いくぜ烏賊野郎っ正々堂々勝負だ!」
☆ ☆ ☆
「しかし、此処にはMOB居ないって話だったのに」
遠く大規模戦闘が行われている前線を見やりながら、ナインが呆れ顔で洩らす言葉に、エイトも何処か苦笑い気味に頷いてみせる。
「よりにもよって、ネームドモンスターとはね。
街中もPVP開放エリアにする運営だからと、警戒したのは無駄ではなかったが、出来れば無駄に終わって欲しかった、というのが正直な本音だよ」
今回の一件で、何処にも安全な場所なんてものは存在しない、ということを証明してしまった。
もっともこのエリアには敵が現れません、と運営側から言われていたわけではないのだから、プレイヤーが勝手に信じていただけでは有るのだが。
完全武装の高レベルプレイヤーが、攻撃を受けてあっさり吹飛ばされる光景が、先程から普通に見られる現状、何の警戒もせず水着でバカンスに来ていたら、下手をすると全滅良くても半壊していた可能性が高い。
「そう思わなかったみたいですがね、ベルティータは」
腕の中で目をキラッキラに輝かせ、皆がスキルや魔法を駆使して戦う姿を応援する、大興奮中の小さな姿を視線で示すアルリールは、未だ水着姿のままだ。
先程から止まること無く上下する、銀の髪から覗く長い耳に、思わず笑いが漏れそうに成る。
だが次の瞬間目が鋭く眇められ、その中に鎮座する宝玉のような紫の瞳が、鈍く光を放つ。
「烏賊だけなら問題はなかったけど、どうやら時間みたいね」
同じものに気付いたジゼの言葉に、アルリールは重ねてなにかいうことはなく、いつの間にか取り出した杖を構えている。
「撤収ー!予定通りに殿は『親衛隊』に任せて、みんな撤収」
エイトはギルド会話での指示を出すと、ギルドメンバーの動き確認するとこなく、アルリールに頷いてみせながら、油断なく盾を構え。
此方に向って砂塵を巻き上げながら、疾走して来る集団を睨み、心持ち盾を胸元に引き上げるよう身構える。
ベルティータを挟んで対角の位置にいるナインは、既に剣盾は構えているが、彼の視線は変わらずバケモノ烏賊へ向けられており、新手には姿を一暼しただけである。
「【トランスポート】」
アルリールの短い宣言のみで転移魔法が発動し、『パラベラム』の主力とライトが言っていたメンバーは、結局一度も戦闘する事なく薔薇園へと逃げ帰った。
「やっぱり出て来ちゃいましたね、ダークエルフのパーティ」
過去のトラウマである存在に、さすがのミリアも声には怯えが滲む。
想定されたよりも、現れるまでにかなり時間が掛かった為、儚い希望を抱いていたのだが、願望はやはり願望でしか無く、諦めて放っておいてはくれないらしい。
さらには、次々と転移して現れるギルドメンバーの会話内容が、追い打ちをかけてくる。
皆口々に、ベルティータが転移した後、ダークエルフの集団は、攻撃して来ずにその場を去った事を、不思議がっていた。
「マリーさんの仮説が正しいなら、誘拐犯はこっちなんですよねー」
ああ、それもあったっけ、とゲッソリしながら、ギルドハウスの方へと歩を進める。
隠しているわけではないが、確証もなしに広めたい話でもない為、これ以上はこんな誰が聞いているかわからない所で、話すべきではないと判断したのだ。
その段になって、周りが静か過ぎる事にはたと気がつき、振り向いた先に
薔薇園の噴水に腰まで浸かりながら、目をぎゅっとつぶって。
アルリールに、頭から如雨露で水を掛けられている、ベルティータの姿を発見して。
悩みはシリアスになりかけの空気とともに、あっという間に何処かへ消え去っていた。
2016.09.28追話
質問が来ましたので。
Q:呪われ水着を作る前に、そもそも脱げないんじゃないの?
A:ジゼがガンバって何度も解呪に挑戦すれば、いつか脱げます。
ただし、解呪成功すると、高レベル見た目装備のドレスになるので、また同じドレスを着せたいのなら、ドロップするまで延々敵を倒す以外ないです。




