20.もっと仲良くなろう
変化は単独で完結せずに影響が広がるもので、読んでいて楽しい部分かどうかはさておき、こういう部分も画面に出さないとウソっぽいかなと。
本当は楽しくて面白い話がかければいいのですが、何方かを取るのなら楽しい話より、面白い話を書ければと常々思っています。
読んで頂けた方が、面白いと思ってもらえたなら、嬉しい限りです。
20.もっと仲良くなろう
音もなくドアを閉じ、細身の体を空間に滑りこませた男は、眼鏡を軽く押し上げ、小さく息をつく。
顔を上げ、此方を覗っている相手と目を合わせ、もう一度肩を竦めながらため息を一つ。
「マリーさんが暴走しだした時は、一体どうなるかと思いましたが。
そちらで何とか対応していただいたようで、お手間を掛けました」
言われた方は軽く首を傾け、視線で自分の目の前のソファーに座るよう促し。
割りと高級な酒を注いだグラスを、テーブルの相手側に置き、同じ物を自分のグラスになみなみと注ぎ込む。
琥珀色の澄んだ色合いに目を向けながら、流れでたのは滑らかな水面にも負けぬほどに穏やかな声。
「私はなにも手を打っていないよ。
大体にして、この場でマリーが暴走をするなんて冗談を信じろと?
彼女は嫌になるくらいに理性的だよ、そうだね・・・アルリールと並ぶ程に」
その言葉をどう受け取ったのか。
それはそれは、などと呟きながらフォースがソファーに深く腰を下ろし、肘掛けに手をつきながら、前かがみになってグラスを掴みあげると、差し出していたエイトのグラスに軽く触れ合わせる。
澄んだ響きに耳を傾けるように、二人は小さく頷き合うと、何も言わずに中身を煽った。
BABELがいかに優れたシステムと、高価な機器によってそれを伝えようとも
匂いと味、そして僅かな酩酊感以上を、酒を飲むと言うゲーム内の行為からはフィードバックしない。
言うまでもない事ながら、ゲーム内でいくら酒を飲もうが、プレイヤーが泥酔することはありえないのだ。
極端なことを言ってしまえば、水を飲もうが酒を飲もうが、それ程大きな差はない。
にも関わらず、金の掛からない水がいくらでも手に入る状況で、態々酒に高いカネを払う。
これは、なにもフォースとエイトが特別変わり者というわけではなく、高い酒を飲むと言う行為自体がこの場合重要なのだ。
その行為がトリガーとなり、酒を飲んだ時の気分の良さや、リラックスした気分を、プレイヤーがイマジネーションにより勝手に自分の中で再現しようとする。
あるいは、一種の儀式であり、符牒といってもいいのかもしれない。
とりあえず、一段落ついて緊急の事態は乗り越え回避されたと、お互いが思っていることを確認しあっている作業であったり。
これから本音を少し言うぞという、合図であったり。
それだけの信頼を相手に向けてしていますと、口で言うのが照れくさい意思表示の行為であったり。
故に、効果は無くとも酌み交わされるそれは、水ではなく酒であらねばならないのだ。
「僕の方は九人です、二割強と言ったところですね、そちらはどうですか?」
「三人・・・と言いたいところだけど。今日の様子から見て後一人、合計は四人になるだろうね」
新たな酒でグラスを満たしながら、エイトもフォースも目を合わせようとしない。
「流石。やはり社会人だけのギルドとの差が、こうもあからさまに目の前に突き付けられると
貴方が設立当初に、そこに拘ったご炯眼に完敗ですよ」
再び満たされたグラスの中身を一息にあおり、失礼と一言断ってから、テーブルに置かれた酒瓶から再び中身を自分のグラスに移していく。
三倍とはならなかったが、二倍以上の人数である。
フォースの態度や言葉から、飲まずにはやっていられないとの無言のアピールをされて、エイトも苦っぽく笑うだけで軽く首肯した。
二人の告げている人数は、今回の・・・姫に対するギルドの方針によって、互いのギルドから離れたメンバーの人数。
その差は、今回打ち出した方針とギルドの雰囲気とのベクトルが、どれだけ違っているかということでもある。
年齢層というだけでは当然ないが、スタンスの差なのか
元々『アルファスペース』にくらべ、『パラベラム』はメンバーの出入りが少ない。
それでも一度に四人ものメンバーがギルドから離れた事は今までなく、表情には出ていないがエイトもフォース同様に、ショックを受けているだろうことは間違いない。
ではベルティータを受け入れずにいれば良かったのかと言うと、事はそれほど単純ではなく
実際問題、エイトの中にはその選択肢はなかった。
そちらを選択すればアルリールやナインはもちろんの事、ことによればゼフィリーやグライフ、ライトといった、メンバーまでもが『パラベラム』を離れただろう。
何故なら、エイトはベルティータがギルドハウスで生活することを受け入れ。
『パラベラム』は、仲間を決して見捨てないという不文律が、強く根付いている集団であるから。
仮にその選択で、ギルドを離れるのがアルリールとナインの二人だけであったとしても、ベルティータを『見捨てた』後のギルドが、箍の外れた樽のように四散するのは間違いない。
「今回は共通の友人に助けられた。
『大賢者』グライフがいなければ、ギルドは内部分裂を起こして下手をすれば崩壊していたかもしれない。
姫の存在はそれだけ在り方を変えてしまった。何しろ・・・アルリールとナインの、足を止めたくらいだ」
軽い口調ではあるものの、それは紛うこと無きエイトの本音。
いや、本音であるが故に、とても真剣な口調でなど口に出来ない言葉。
向けられたフォースも同じ事を感じている為に、その点に何か口をだすこともない。
「グライフには申し訳ないばかりです。彼はそういう事から最も縁遠いキャラである筈なのに、つい頼ってしまう。
今日のアレも彼の知恵なのでしょう、でなければナインやグリムリープはともかく、ジゼがあの中に居る筈がない。
もっとも一番の驚きは、『氷の魔女』とまで呼ばれたアルリールが、あんなに変わったということなんですがね。実際自分の目で見た今でも・・・まだ半分納得できていない感じで、微妙に気持ち悪い」
小さく笑う声は二つに増え
それが途切れると
静寂は二倍の重さをもった。
「VRである分、人間関係の繊細さは今までのMMOの比ではない、というのはわかっていたつもりだったのですが。
それにしても、ここまでリアルを持ち込んでくれると、運営の悪意としか思えなくなってきますよ。
私が調べた所、例のクエストをクリアしたのはウチとそちらだけ・・・それも当然と納得せざるを得ない」
フォースの言う例のクエスト――『闇の女王』は、別名『ギルド潰し』と呼ばれていた。
基本的にクエストは、冒険者ギルドに頼まれた物をパーティで受注する。
その中で最も何度が高いとされている物が、通称三国クエストと呼ばれる代物。
即ち、人間の国『カドマイン』、ドワーフの国『ジグムント』、そしてエルフの国『エリュアリート』の何処かから冒険者ギルドに来た依頼で・・・
これは時に、このゲームの基本である六人パーティでは、実現不可能なものが含まれる。
それは報酬を見れば金額が桁違いであったり、報酬とされるレアアイテムが六つより多く有ったりと、経験の長い冒険者ともなれば見分けることが出来。
友人、知人に声を掛けておいて、人数が集まるまで敢えてそのクエストを無視して、別のクエストを受けるということが当たり前になっていた。
時間とともに貼られたクエストは取り下げられたり、或いは誰かによってクリアされたりと消えることもあるが、長い経験には焦る心にに急かされ、痛い目にあったということも当然含まれ、消えたクエスト依頼は、自分には縁がなかったものと、割りきることを冒険者は覚える。
誰かがまた、そのクエストの発生トリガーに引っかかれば、張り出されるのだろうからと。
件の『闇の女王』はというと、三国クエストではない。
さらに言えば、基本的な街クエストでもない。
何らかのトリガーにより発生する・・・いや、街クエだろうが三国クエだろうが、何らかのトリガーはあるのだろうから、この言い方は正しくはない。
その二つとの決定的な差、冒険者ギルドを通さずに発生し、唐突に依頼される為に『緊急クエスト』と俗に言われるものである。
『緊急クエスト』の難易度は、実際同程度のクエストよりも跳ね上がる。
事前の情報収集も、準備も何も出来ないのだから当然だろう。
さらには、そのトリガーが不明であるため、逃せば二度と会えない可能性がある。
もっともそれが、情報の出回った『緊急クエスト』であるなら、特に報酬が手に入れておきたいものでない限り、それほど無理はしないだろう。
だが、最初に『闇の女王』クエストの存在を知ったパーティは、聞いたこともないクエストに興奮した。
何より、その名前が彼らの妄想と虚栄心を巧妙にくすぐり、引きずり込んだ。
そのパーティは全員が、当時最大のギルドでのメンバーで構成されていた。
クエスト攻略を主眼においた、ネームドモンスターなどを狩る実力のある所で・・・
それ故に、前人未到のクエストに、最初に自分達の足跡をつけるという、その行為に冷静さを失ってもいた。
しかし、その興奮も報酬を確認した時点で一気に冷めることになる。
金もアイテムも無し・・・つまりはそういう事だ、と一人が笑い
それを引き継ぐ形で、別の一人がすっかり騙されたと、笑い話のネタとしてクエストを受けることを提案し
全員がそれに賛同し、軽い気持ちで依頼をうけた瞬間――
見たこともない場所にパーティごと飛ばされ、なにが起きたのか理解する前に敵に惨殺され・・・全滅した。
各人がデス・ペナルティを受け入れ、予め設定していたホームポイントに戻り、再び集合したそれぞれの姿に違和感を覚え、異変が起きていることに気がつく。
・・・皆がそれぞれ一部位の装備が消えていた。
唯でさえ理不尽な死に腹を立てていた所に、苦労して手に入れたレア装備が一つ消えた事に我慢の限界がこえ、即座にGMコールをして呼び出したGMに六人で詰め寄る。
あのクエストはバグで、レア装備が消えたぞ、と。
すごい剣幕で、口汚く罵りながら詰め寄る六人に、GMの返した答えは実にあっさりしたもので
『貴方達は高レベルプレイヤーなので、ダークエルフと戦ったことがあると思います。
その時、装備品を敵がドロップした記憶があると思いますが?』
それだけ告げて、手を振りながら消えた。
もちろんそれで収まりがつかない六人は、納得の行く説明を求めるためにGMを再度呼び出したが
一語一句違わぬ対応をするGMをみて、不快感とともに悟った。
最初からあの答えは用意されていて、抗議はなにも受け付けない・・・即ち、アレは罠だったのだと。
三人は運営の態度に腹を立てて、その場でBABELを解約したが、残り三人は復讐の機会を待った。
ある時、ギルド会話の中に見慣れぬクエストが来たというものが流れる。
『出た』のではなく、『来た』という言葉を三人は一人として聞き逃さなかった、その時三人は全員別のパーティに参加していたが、パーティメンバーは幸いギルドの仲間ということもあり
直ぐ様ギルド会話でクエストの名前を確認、クエストの説明をして4パーティで突入してもらえないかと説得をした。
『緊急クエスト』が発生したパーティは了承したものの・・・
報酬がないことを知り、さらにはリスクを聞いたために、それぞれの参加していたパーティメンバーは参加を渋り
それでも残った十二人2パーティで突入し、やはりなにも出来ずに全滅した。
三度目は4パーティ二十四人での攻略だった。
クエスト開始直後の戦闘に、半数以上の十二人という死者を出したものの、辛くも勝利を収めたが、先に進める状態ではないとの判断が大方を占め、全員の蘇生が完了後、転移魔法で移動する事になった。
それを待っている間に、ドロップアイテム欄を見た数人が、そこに見たこともないレアアイテムや・・・妙に見覚えのあるレアアイテムを見つけたが、誰一人としてそれを口に出しはしなかった。
転移魔法でホームポイントにもどり、何も言わずにランダムで配分されたアイテムが、自分の懐に転がり込んでくるのを願うだけで。
・・・ただ、黙っていた。
何故なら、彼らにはそのドロップアイテムの出処が、すぐに思い当たったから。
それは倒したダークエルフと、ダークエルフに倒されたプレイヤーキャラクターの装備していた、レアアイテムだと。
大半が蘇生後の衰弱状態、その上蘇生魔法で白魔術師のMPが切れた所で、4パーティは再びダークエルフの急襲をうけ、衰弱状態のものはバタバタと殺されていった。
緊急回避措置として、死者を見捨てて転移魔法が行えるものは即座に発動させた。
BABELでは、死者はパーティ範囲の転移魔法だろうが影響を受けず、その場に取り残される。
取り残された者はデス・ペナルティを受け入れ、ホームポイントに黙って帰った。
内心不満はあるものの、あの場合即座に転移魔法を行わなければ全滅するだけだと、誰しも分かった為に、そのことで相手を非難しようとは思わなかったのだ。
問題はその直後に誰かが漏らした、ほんの一言から起こった。
「あれ、なんかアイテム手に入れてる」
正直者の素直で素朴な呟きが・・・蟻が開けた穴。
疑惑を養分に不信感が芽吹き
怒涛の勢いで、罵声と冤罪の根が張り回らされ
不満を堰き止めていた絆の壁は、完全に崩壊した。
流れこむ瀑布の如き不和の濁流に、二十四人の『先頭集団』を走る廃プレイヤー達は呑み込まれ
彼らに足を掴まれる形で、ギルド全体が泥濘の底に沈んだ。
それが、一番最初の『闇の女王』の犠牲となったギルド。
後に続く幾つもの犠牲者達も、まるで見てきたかのように同じ道筋をたどり崩壊していく。
「少人数ではクリアできない難度設定。しかし、人数が増えれば増えるほど、意志の統制が取りにくく、不信感は生まれるからね。
その上、敵がドロップするのは全て呪われ装備ばかりでは・・・骨折り損のくたびれ儲けと、利に聡い人たちは攻略対象から外すだろう。無理に攻略しなければならないクエストでも無いのだし」
グラスを持ったまま両手を上げ。全面的同意を示すフォーズの顔には、皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
クエストを『攻略した』ことではなく、クエストを『攻略する』こと自体を楽しむ自分達のほうが、異端なのだと数がはっきり示している事実に。
「それを一緒に乗り越えた仲間だったのですが・・・」
苦いつぶやきに、エイトもつく息が深くなる。
ギルドを抜けるメンバーとの思い出を思い返しているのか、何処か遠い目をしながら。
時代の流れといって切り捨ててしまうには、それは余りにも寂しい。
「お互い寂しくなってしまったが・・・」
「合併でリーダーの苦悩を一人に押し付けるのは、お勧めしませんね。
元々の雰囲気や方針も微妙にずれがあるので、押し付けられた方は酷い目に合う」
最初の勢いは何処へやら、ちびちびとしみったれた酒の飲み方をするフォースに、エイトが小さく笑う。
フォースのその姿に、プレイヤーの影を見たのかもしれない
「同盟を組めないかと思ってね。今までも友好的にやって来れた、だがフォースの言う通り合併は現実的じゃない。
よくある外国との姉妹都市みたいに・・・何しろ姫様達は姉妹も同然、正直見分けるのも難しい。
お互いのギルドが争ったら、二人共泣き出してギルド崩壊なんてことになっても笑えない」
フォースの頭の中で、ぺたんと座ってわんわん泣くイルフィシアとベルティータ。
その隣に立つマリーとアルリールが、炎と氷と言う対照的な背景を背負って、自分のギルドメンバーを殲滅していくデフォルメ姿が浮かび上がり・・・
笑おうとして、笑顔がひきつった。
「姉妹ギルドとして、今後とも宜しくお願いします。
困ったときはお互い助け合い、両者間で諍いが起きた場合は、冷静な調停者を間に入れて早期解決を、と言うあたりで?」
「いいんじゃないかな」
エイトが差し出されたフォースの右手を取り握手をしながら、左手で器用に操作をして同盟申し込みを行う。
システム的に言えば、会話モードに同盟ギルド会話が追加され、自ギルドと同盟相手の全員にのみ聞こえる会話が使用できるようになるのと
お互いのギルドハウスが、データ上だが地続きになり簡単に行き来ができるようになる。
「まるで、姫達が生まれてくるのを見越したようなシステムですね」
フォースの呆れたような表情に、何を言いたいのかを理解したエイトが肩をすくめる。
間に別のエリアを挟まずに、お互いのギルドハウスが行き来できる様になることは、確かに二人の為に用意されていたシステムのようにも見える。
「実際のところは解らないが・・・その意見を容れるなら、我々も『闇の女王』に踊らされている真っ最中ということだ。
使い手が作り手の予想を超えた使い方をしたって、別の角度から見れば予め用意されていたと見えるだろう?
なので、使い手としては、利用できるのだから利用しない手はないし、楽しく遊べるなら文句はないよ」
2012.10.06
2016.09.22改




