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19.一歩踏み込んでみよう

 頭の中にある映像をそのままに描ければ、と時々思います。

 文章化することにより、何処まで書くべきか、何処を書いてはいけないのか、常にさじ加減に悩みながらなので、どうしても説明不足では?と毎回不安は拭えませんが。

 それ以外出来ないので、好きな様に書くしか無いかなとも思ってます。


 読んで頂けた方が、面白いと思ってもらえたなら、嬉しい限りです。


 19.一歩踏み込んでみよう


「それでは、イルフィシア姫は、最初から足枷がついていなかったのですか?」


 ベルティータを当然の如く膝の上に乗せ、ベルティータ専用の妙に豪華な椅子に座ったアルリールが、イルフィシアを遠く仰ぎ見ながら、『アルファスペース』のメンバーに尋ねる。

 その横には当然の如く自分の居場所として、ミリアが付き添うように立ち。

 ベルティータの煤に汚れた顔や手を、笑顔のミリアが濡れタオルで丁寧に拭っていくのを、『アルファスペース』のメンバーは物珍しそうに見ていた。


「そうです。イルフィシア様は、そちらのベルティータ姫と違い足枷もなく。また、魔法も使えたので、辻治癒を街中でして過ごしていたそうです。

 理由は・・・言わなくてもわかると思いますが」


 言い辛そうにしているローブ姿のエルフの少女に、アルリールが掌を向け、それ以上の言葉を押しとどめる。

 ・・・と、そのまま背後からベルティータを抱きしめ、銀の髪に顔を埋めた。

 『氷の魔女』として知られるアルリールの突然の奇行に、『アルファスペース』のメンバーが驚愕にどよめき出すのを

 いつもの事なんで、気にしないでください、とミリアが本当に大したことでもないように、笑いながらサラリと言ってのけ、一層驚愕の波が広がる。

 その様子を、まるで遠くの出来事のように聞きながら、ベルティータの髪に鼻先を突っ込んだままのアルリールが目を閉じる。


 どうしてこんなにも、ベルティータとイルフィシアの二人が違うのか、その理由が解りません。


 同じ時期に同じ外見をしてBABELに生まれた二人なら・・・何故二人を同じ条件にしないのか。

 二人が同時に出たのは偶然で、それぞれの個性がランダムで振り当てられたのなら、同じ外見をしている意味がわからない。

 ランダムというのなら、こうも同じ外見であるのは、有り得ない。


 即ち、ランダムではない。


 かといって、選択の自由があったわけでもない。

 ベルティータは最初に出会った時に、自分の外見を認識できなかった。

 つまりは、この外見を選んだのではなく、何らかの意志の介入によって


 ・・・強制的に、押し付けられたと見るのが妥当。


 通常、この条件であるのなら・・・どちらかがどちらかの、或いはお互いがお互いの、スペア。

 そう言えば、ライトが他にもダークエルフの少女の目撃例が有ると、言っていた気がする。

 ならば尚の事、成功率の低い何かのための、スペアの可能性が高い。


 ベルティータを抱きしめるアルリールの腕に力がこもり、銀の髪に顔を埋めたまま、アルリールは大きく息を吸い込む。


 ならば何故・・・ベルティータだけが、言葉を話せず、足枷までつけられて・・・


 ピコピコせわしなく動く長い耳が、銀の髪を揺らし視界に写っている事に、アルリールの思考に沈み込んでいた意識が漸く認識する。。

 それが・・・有り得ないほどに真っ赤に染まってい居る事に気づき。

 ベルティータから伝わってくる心音が、早鐘の様に大きく聞こえ伝わって。


 ようやくアルリールが、慌てて拘束していた腕を解くと、顔中真っ赤にしたベルティータが、困ったようななんとも情けない顔をして、身振り手振りで何かをアルリールに訴えるが・・・何時も以上にじたばたしていることしか、アルリールには伝わらなかった。

 それでも、とにかく恥ずかしがっていることだけはなんとか汲み取り


「次回以降は、知らない人の前ではやらないよう善処します」


 堂々とアルリールがそう宣言した為に、周りの全員・・・『アルファスペース』のメンバー達から、妙に同情的な目でベルティータは見られ。

 しばらく悩んだような顔をしたベルティータが、根本的な解決がなにもないまま、アルリールと指切りをしている姿に・・・

 一瞬癒されかかった『アルファスペース』の面々からの反応は、驚きというより心配。




 騙されてる!?こんな子供騙しの口約束に騙されてる!




「あ、あの・・・ミリアさん。

 アルリールさんは、だいたい何時もあんな感じなんですか?」


 先程までアルリールと話していた時は、割りと硬い口調だったエルフ少女が、動揺にすっかり声を不安定にさせながら、それでもなんとか平静を取り繕ってミリアに尋ねる。

 流石にアルリール本人に尋ねる様な、鋼鉄の神経は持ち合わせていなかったらしい。


「冒険から帰って来ると、だいたい何時もあんな感じですね。『ベルティータ姫分』が不足した、と言って五、六分は離さないですから。

 そういうものだと皆もう諦めてますし、補充しないと実害が出ますから結構危険なんです」


 ・・・実害って、なに?


 背筋を震わせる皆の頭に浮かんだのは、中毒患者が暴れる様子。

 アルリールはああ見えて、まだそれほど居ない最高レベルの黒魔術師で、攻撃魔法では最大の古代魔法も幾つか覚えている。


 全部の古代魔法を覚えなかったのは、単純に燃費効率が悪いからと、攻撃魔法だけではなく他の魔法に回したいからという理由で、単純な大ダメージを与えて喜ぶタイプではないのだが・・・

 幾ら友好ギルドとは言え、普段から一緒にいるわけでもない『アルファスペース』のメンバーには、そこまでアルリールの人となりを理解しろというのも無理な話で。

 結果、アルリールと個人的に付き合いのある者以外皆、『氷の魔女』という異名から、冷たいという印象が彼らには強く・・・


 無慈悲に凍り付くような目を向けながら、周りを皆殺しにしていくアルリールの姿を、まるで見てきたかのように思い描き・・・一斉に身震いする。


「パーティ全滅の危機になりますから、姫様にもそこはちょっと我慢してもらってる感じです」


 にこやかに付け加えるミリアの言葉に、周りを取り囲んでいた者達が一斉に頷いた。


「それで、ミリアさんはベルティータ姫のお世話をしているみたいだけど、『パラベラム』では話合いか何かでミリアさんに決まったの?『アルファスペース』だと、特にお世話役みたいなものは決まっていないのだけど。

 それとも当番制か何かで、何人かメイドさんがいるの?」


 先ほどのエルフ少女が、周りの空気を察知して、強引にアルリールから話題をねじ曲げミリアに振る。

 ミリアはそこに含まれた物を感じ取らず、よくぞ聞いてくれました、と直ぐ様振られた話題に食いついた。


「実は、早い者勝ちで強引に私がもぎ取ったんですよ。

 あの時はアルさんに殺されるかと思いましたけど・・・それに、皆の嫉妬の視線も痛いけど、今は前よりもずっと楽しいです。

 ただ、私も毎日は入れないし、そういう時に他にも何人かいれば――とも思わなくはないですが、私が入っていない時に、他の人が姫様の世話を・・・という感情との板挟みで」


 あはははと、少し恥ずかしそうに笑うミリアの態度に、質問した側が一瞬理解できずに言葉を失う。

 ミリアと質問者の少女との間にある温度差に、ミリアが気付く前に自然に滑りこむように、別の女性が口を挟んで話題をつなげた。


「それじゃミリアちゃんはあまり冒険には出ずに、ログインしている間はギルドハウスで、ベルティータ姫と一緒にいるということ?

 できれば、どういった事をしているのか詳しく聞かせて欲しいんだけど」




 ☆ ☆ ☆




 イルフィシアもまた、遠くでアルリールに抱きしめられているベルティータに、ちらちらと視線を送っていた。


 最初、二人はごく普通に向い合って話をしようとしたのだが・・・

 ミリアは当然のようにベルティータの横に控え、アルリールもグリムリープもオプションの様に自然にベルティータに寄り添い。

 苦っぽく笑いながらも、ナインもやはり椅子を引きずってきて、すぐ近くに座った。


 このあたりは最早、ベルティータにとっての基本単位である。

 そこにライトやジゼ・・・のみ成らず、一週間以上前はベルティータを好ましく思っていない、という態度をとっていた者達までもが、より集まってきた。

 『アルファスペース』側は『アルファスペース』側で、やや気圧されたイルフィシアを護ろうとしているかのように取り囲み。


 ・・・といった所で、両ギルドのマスターが互いの姫の側にいるサブマスを嗜めつつ


 お互い相手をしるところからと、焦点を二つに分けた。


 即ち、ベルティータとイルフィシアを部屋の角に対角に座らせて。

 集団を一つの円から二つの四半円にし、対応する視覚を狭め、精神的な不安を軽減しつつ。

 当人達以外の視線を交差しない位置取りにして、ギルド同士の対立という構造を消し去る。


 二人の姫達には、あとで話す時間を別に取るから、との説明で了承を得て、本来は一番話したいであろう二人は引き離されてしまったのだが、二人共それには素直に賛同した。


「姫の事が・・・ベルティータ姫の事が気になる?」


 つい、長く見つめ続けてしまったベルティータの横顔から、声を掛けられた方に視線をもどし。

 すみません、と下げた顔は褐色の肌でも隠せないほど、真っ赤に染まっている。

 それはナインに掛けられた言葉に、ずばり自分の心の中を言い当てられてしまったから。


 すぐにも聞きたいことがイルフィシアにはあった。

 なにより、自分と同じ境遇であるはずのベルティータが、こうまで自分とは違う受け入れられ方をしていることが、不思議で成らなかった。


「ウチの姫様は変わり者だからねぇ。

 全身呪われ装備でおどろおどろしい瘴気に包まれてるのに、一日中、子供みたいに工房で鍛冶仕事眺めてたり。

 そうかと思えば、何もない所で突然躓いて転がってるし、転んでるのに何故か妙にうれしそうだしねぇ。

 あっ・・・失敗の原因解った、姫だ」


 グリムリープの言葉に、あの姿を思い出してイルフィシアが小さく吹き出して笑う。

 ボロボロに成ったナインの背に乗せられながら、自分は傷一つ負わず。

 目を回してぐったりとして、自慢の髪や顔をホコリと煤だらけにしていた幼女。


 だというのに、今まで罵り合い、責任の押し付け合いをしていた、どう見ても廃レベルのメンバーが

 ベルティータが気絶したと言う、ナインの一言で口論をピタリと止め、煤けた顔のまま心配そうに取り囲んでいた・・・

 どう見ても重症のナインまでもが――自分より、傷一つ負っていないベルティータの心配を優先する仲間に、文句を言うどころか、一緒になって取り囲んでいたのだから。


 思わず笑ってしまうほどに、おかしい。


 そんな少女が、レベルは1で、歩いているだけで転び。

 全身呪われ装備で、完全に何も出来ないと言い切れるほど、ペナルティの塊。

 その上、あろうことか・・・


 言葉も喋ったことがないという。


 VRという、コミュニケーション性の跳ね上がったゲームで

 コミュニケーションの根幹とも言える、言葉を持たない少女は――鳴けないカナリア。

 役に立って認めてもらうことも出来ず。ただ美しいだけの人形にしかなれない筈なのに。

 少女は人形ではなく。

 誰よりも速く先に進むことを望む、廃プレイヤーたちが足を止めて構い、のみ成らず・・・自分自身よりも優先するほど




 正真正銘、お姫様なのだ。




 イルフィシアの胸が小さく疼く。


 『姫』であろうと必死にイメージを守って。

 その為に壁を作って、それ以外の部分を見せぬよう必死になって隠し

 繋がりを狭めることで、なんとか『姫』であることを守っている私とは違う。


 ベルティータは、ただ其処にいるだけ。

 誰かに『姫』に見立てられて、保護してもらおうなんて気が欠片もなく

 脳天気に笑って、転んでいるだけ。


 でも・・・心の底から、本気で楽しんで笑って転んでいる。


 自分のように、何の取り柄もなくて。

 どころか、人並みに何かをこなすこともできなくて。

 お荷物として前のギルドを追い出され・・・

 新しい知り合いもできずに、仕方なしにキャラクターを消して人間関係をリセットし

 初心者のふりをして構ってもらう為に、辻治癒なんてやった訳じゃない。


 皆に珍獣扱いされて、ギルドハウスにひっそり飾られる

 お人形になった今のほうが、前より幸せだからって


 皆の望む『姫』をやろうとしている訳じゃない・・・


「イル姫さんよ、そんな顔し続けてもなぁんも解決しねぇよ?

 我慢しないで、思いっきり感情表に出しちまやいんだよ

 ウチの姫様は、走って転んでも笑ってるようなアレな人だが・・・すげぇ愛されてんぜ。

 キャラ被ってもいいし、最初はオーバー過ぎる演技だっていい

 ワガママ過ぎんじゃねぇの?って怒られたらしめたもんだ、言いたいこと全部ぶち撒けちまえ

 それで『アルファスペース』から放り出されても、オレが此処に攫ってきてやんよ」


 透明なしずくが零れ落ちる。


 一つ二つとそれは続き・・・

 ひっく、ひっくとしゃくりあげていた声が

 うぇ~んと子供のような鳴き声になり流れだした。


 瞬間、黒い影が人垣の頭上を越えて、天井、壁と音と足跡を残しながらイルフィシアの眼の前に降り立つと、真正面からそのふくよかな胸に閉じ込めるように、小さなイルフィシアの体を抱きしめる。


「このマリーが来たからにはもう安心ですよ姫様。

 さて、私の可愛いイルフィシア様を泣かせた命知らずは誰かしら?」


 惜しげも無く色香を撒き散らす、ボンテージ風な装備もさることながら

 金髪に片目が隠された、妖しく光る紫瞳と、跳ね上がった細い眉、吊り上がった真紅の唇が


 その下にマグマのように渦巻く、怒りの感情の激しさと熱量を、はっきりと伝えて来ていた。


「やべぇ・・・あの『鼻歌マリー』の余裕が飛んだ」


 ライトが漏らしたつぶやきも、いつもの軽い調子には程遠い。

 額に汗を浮かべながら、引き攣った笑顔を浮かべ

 それでも冗談口を叩くライトが、周りの人間にとっては救いでもあった。


 そうでなければ、自分に絶対の自信のないものは、恐怖で固まってしまっただろうから。


 マリーゴールドという本名?よりは、『鼻歌マリー』の異名のほうが名が知れ渡っている目の前の美女は、かなり逸話が多い。

 元々はクエストや街中でのナンパ男を、鼻歌でも歌うように軽くいなす態度に友人たちが言い出した渾名だったのだが・・・

 ある時を境に、それは恐怖の代名詞として知れ渡ることになる。


 事の発端はPvPが実装された直後。


 彼女は知り合いの女性キャラから、つけ回され延々セクハラを受けていて、続けるのが辛いからやめようか悩んでいるという相談をうけた。

 その翌日、ツケ回しセクハラを行なっていた犯人が・・・

 延々短剣で刺されてはポーションで回復され、最後は泣いて許しを請い、二度とBABELにログインしないと誓わされると言う事件が起きた。


 その事件の実行犯が、マリーゴールドである。


 彼女はその間、終始鼻歌交じりで相手の攻撃を躱しながら攻撃をし

 相手がログアウトしようとすると、それを阻止するような大ダメージを与えて引き戻し

 相手にポーションを浴びせて強制的に回復すると言う行為にでた。


 死亡することも許さず、相手が泣くまで延々と繰り返した


 いや・・・泣いて、二度と彼女の友人につき纏わないと、犯人が自分から言い出すまで許さなかった。


 お陰でPK常習犯など比べ物にならないほど、キャラアイコンは真っ赤に染まり、街中の店では物を買うことが出来なくなってしまったが・・・

 それ以来、セクハラ行為は命懸けと言う空気を作り上げた彼女を、女性キャラ達が守護女神の様に見ることになり、男性キャラたちは悪魔のように恐れられることになる。


 その『鼻歌マリー』の、『鼻歌』が止んだのだ。


 悪いことに、イルフィシアはライトに掛けられた言葉に涙腺が緩んでいた所に、マリーに抱きしめられた安心感に気が緩み、大泣きに拍車がかかってしまっている。

 マリーはマリーで、イルフィシアがこんなに泣きじゃくる姿を見るのは初めてで・・・

 小さな体で精一杯しがみついて泣く少女の姿に、怒りの温度が高まるという悪循環。

 そこに冷水をぶっ掛けられるのは、ほんの一握りの限られた者。




「さり気なく自分のもの宣言しているのが抜け目無いです。流石は元盗賊なだけはありますね。

 後で反論しようにも、あの時反対しなかったと、既成事実で押して、そのまま押し倒してきますから。

 ベルティータ姫はこういう女に引っ掛かってはいけませんよ」




 いつの間にかすぐ近くまで、ベルティータを抱えて来ていたアルリールの腕に抱えられたまま

 脚をぶらぶらさせて、アルリールの方へ首をひねって見上げたベルティータが、はーいと片手を上げて、こっくりと頷く。


「では見学は終了です。どうぞ遠慮なくケンカでも殺し合いでもしてください、ただし・・・

 私のベルティータに流れ弾一つでも飛んでこようものなら

 この場の全員、消しくず残らず皆殺しにしますので、その点十分に気をつけて」


 言いたいことだけ言うと、くるりと背を向けてさっさと薔薇園の方へと出ていくアルリールの姿に、ナイン一人だけが大笑いしだし。

 泣きじゃくっていたイルフィシアも、あっけにとられて涙も引っ込んだ様な顔をしていたが・・・

 顔を上げ、マリーを間近に見上げると、可憐に恥じらいながら頬を染めていく。


「私、押し倒されてしまいますか?」


 マリーの服を小さな手できゅっと掴みながら、そう尋ねた。


 2012.10.02

 2016.09.22改

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