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17.土にまみれてみよう

 追話は完全な新規作成の部分なので、どうしても時間がかかります。

 今回はそこに私事が重なり、悲しい気分で楽しい話は書ききれないか、とも思ったのですが、何とか形になったかと思います。


 読んで頂けた方が、面白いと思ってもらえたなら、嬉しい限りです。

 17.土のまみれてみよう


 ホームポイントをギルドハウスから移さずに、パーティで狩りに行っていたらしきメンバーが二人、淡い光と共に姿を現わす。


 仰向けに倒れていた方は、茶系を主とした厚手の布鎧で、手にはロッドと如何にも後衛と言った装いの若い男性。

 その左肩口辺りが派手に破れ、周囲が真っ赤に染まっているのを見るに、強烈な一撃でHPを全損したのかもしれない。

 対して俯せで現れたのは、板金鎧で楯装備と見るからに防御力を主眼においた、壁役と思しき此方もまだ若い男性。

 装備の装飾などから判断するに、ナインの白鎧よりはランクが低いが、それでも一線級の鎧と楯であることは一目で判る。


 大雑把に言ってしまうと、装備の見た目と装備レベルと性能は、だいたい比例する。

 誰が見ても格好良い、或いは可愛いと思うような、凝ったデザインの装備品で身を飾りたければ、レベルを上げなければならない。

 例外的に低レベルでも装備可能な、見た目のいい装備は、極端に性能が低いか、装備者へのマイナスが大きい『呪われ』装備である。


 蛇足だが、『呪われ』装備は解呪によって、マイナスを消すことも出来る。

 しかし、その瞬間に装備レベルが跳ね上がり、見た目が良い性能の低い、高レベル者のオシャレ着に成り代わる。


 お互いが相手の姿と、死亡した際に負う経験値ロストを、視覚的に確認すると、もう一つのペナルティである、バッドステータスの衰弱が解除される事を黙って待った。

 バッドステータスの一つ衰弱は、一定時間全てのステータスにペナルティを負うため、身体はいつものように動かず、予想よりも遥かにストレスが溜まる代物である。


 それを、誰かのミスの被害か、自分のミスにより巻き込んでか

 経験値を失った苛つきを、腹の底に呑み込んだ状態という、張り詰めた精神で。

 気まずさに溺れ呑み込まれ掛けながら、、孤独に耐えるのだ。


 何故なら、耐え切れずに口を開けいても、そこに救いはないから。


 説明は、どれ程論理立てようと、言い訳に聞こえ。

 指摘は、どれ程的確なものであっても、文句か嫌味と受け取られ。

 明るく振舞おうと、暗く振舞おうと、何を言おうとも、聞く者の心を逆撫でしかせず。


 更なる不破の種を蒔く事にしかならないと、知っているから。


 死は区切りにはならず、衰弱の回復こそが再起の出発点たり得る。

 何も改善できない衰弱状態とは、プレイヤーにとっては、まだ死の最中でしか無く。

 早く時間がたってくれ、とお互い祈るように目を逸らし合う。


 片方、後衛姿の男がさも興味のあるかのように窓辺により、何も興味の魅かれない見慣れた中庭を、見る気もなく視線を向ける。


「……あっ」


 目の前の光景は、昨日と違い一瞬で瞳を通り心に飛び込んできて。気付いた時には、口から間の抜けた声が溢れた。

 相方の思わずと言った声色に、まだ眇められた目を向けながら、相方が顔を窓に寄せる姿に、好奇心に心は引かれるものの目を逸し、コミュニケーションを持とうとする心を自制する。


「ちょっと、来てみろよ」


 面白い物を見つけた、と言わんばかりの穏やかな声と表情に

 なんだよ面倒クセェ、とボヤきながらも、興味を魅かれた足取りは軽く。

 相方の指が差し示す先の光景に、額を押さえ天を仰ぐも、その口元が緩んでいるのは隠せなかった。




 のんのんと地面に腹這いになって、ベルティータが何をしているかと言えば、ちまい指を使ってお絵描きである。




 腕の届く範囲の地面を描き尽くしてしまうと、寝転ばったまま横にごろごろ移動し、お絵描き再開。

 服や長い銀髪が土埃で茶に染まるのも、全く気にした気配が無い。

 いや、それどころか、土埃にまみれ土の匂いを自分に染み込ませ様と、わざとごろごろしているのではないかと、思わず勘ぐってしまいそうなほど、ごろごろ転がっている。


「さっきは悪かった、手間取って回復遅かったな」


「いや、その前におれが、状態回復自前でやれば良かった。

 MP回復待ちしてたの、気付かなくって悪りぃ」


 伸ばした腕の先で、軽く拳を打ち合わせた二人は、衰弱状態のまだおぼつかない足取りで。

 今日はペナった分を取り戻すだけじゃ済まさん、当たり前だ、などと割りと大きな声で話し合いながら、欠損した布鎧を補修するために、ギルドハウスの奥へと歩き出す。


「でも、なんか必死に『呪われ』装備とか集めなくても、いい気がしてきた」


 後衛の男が、苦笑い気味な笑顔を浮かべ、そう投げかけると。

 壁役の男も、やはり苦笑いで答え大きく頷いた。


「てか、今のままでもウチの姫様、BABELで最可愛じゃね?」

「だよなぁ?」




 ☆ ☆ ☆




 歩み去っていく男達の背を眺める二対の目が見合わせられ、派手な優男が大雑把に頭を掻く。

 向けられた瞳の奥に鎮座する、思慮深い輝きが自分に向け、何を語りかけているのか、それがわからぬ程には、優男は知性を投げ捨てては居なかった。

 相手が決して自分を誂うことはないと知っていても、自分の現状を客観視して気恥ずかしくならないかといえば、そんなことはなく。

 相手が言葉にせずに語る言葉が正しいことも、目の前で見た事実によって、否定できるはずもない。


「できることはなんもない、てなぁつまりこういうことかい」


「我らが姫のために出来ることはない、とは言ってはおらんよ。

 ただ、何もせずともベルティータ姫は、変わらずベルティータ姫であるが故に愛らしく。

 無理に飾り立てようとすれば、ベルティータ姫の魅力を損なうやもしれんと申したまでの事」


 微妙に情けない表情で、態とらしいまでの深い溜息をかえしたライトだが、片目だけを鋭く開けて見せ、グライフの瞳を覗きこんだ。


「で今の、どういうことだと思う?」


 圧倒的に言葉の足りないライトの問い掛けに、答えるグライフの言葉も短い。


「己が見たまま、であろうさ」


 ・・・見たままねぇ


 鋭さの抜け果てた目は、情けない表情にあっさりと溶け込み。

 眉を寄せたそこには、一層情けなさがにじみ出てくる。

 自分の目で見たことだけが事実であり、それ以外は幻想にすぎない。

 などと目の前の巨人が、言っているわけではないことくらいライトとて解る。


 だが、今この状況で『見たまま』と言われると、少々・・・かなり賛同しづらい。


 地面で寝転がってごろごろ転がっている幼児を見て、さっきまでピリピリしていたいい大人が、間抜け面に割と真剣な声で、この世界で一番かわいいと言い出したのだ。

 おいおいしっかりしろよ、というのがライトの素直な感想である。


 確かにベルティータは、最近では珍しいくらいに、見た目通りの子供らしい子供。


 目を離すと何を仕出かすかわからない、怖いもの知らずなところがあり。

 ふと気づくと無鉄砲な挑戦をして、だいたい失敗して痛い目を見ている。

 だが何より酷いのが、延々酷い目にあって痛い思いをしているというのに、ベルティータが全く気にせず、すぐにまた無鉄砲な行動をすることだ。


 普通のこどもより、・・・馬鹿なんだよな姫さん


 子供だろうが、大人だろうが、酷いことを言ってしまえば犬だろうが、痛みとともに経験したことはかなり強く心に刻まれる。

 ところがベルティータは、学習機能が搭載されていないのか、何度も無鉄砲に挑戦し何度も痛い目を見るのだ。

 それも、前回失敗したシチュエーションを、改善もせずにそのまま当り前に失敗に突き進む。


 たとえば今の姿がそうだ、地面に腹這いで寝転がるという行動を、ベルティータは以前とったことが有る。

 それを見つけたグリムリープは、何も言わずに微笑ましげに目を細めただけで、自分の工房に戻ったが、ミリアに見つかり悲鳴をあげられ、その悲鳴に駆けつけたジゼにお説教されたのだ。

 だというのに今、ベルティータは地面に腹這いで寝転がるだけでなく、そのまま横にローリングとレベルアップした行動を、誰の目に留まるか判らない中庭で行っている。


 何を怒られたのか理解していないのか

 怒られることを気にも留めていないのか

 あるいは、怒られたという事実を、すっかり忘れているのか


 見たままというなら、びっくりするくらい馬鹿丸出し、としか評せない。


 それなのに、そうであるはずなのに・・・ライトはその結論に頷けない為、『大賢者』に問いかけたのだ、『どういうことだと思う?』と、正解ではなく意見を。

 ライトの知る限りグライフは、戦闘が下手ではないが上手いわけでもない、攻略を主眼とするギルドには誘われないだろう。だがBABEL内で、その思慮深さに並ぶ者はない、と少なくともライトの中では成っていた。


 グライフは、言葉で答えを示さない。

 至るべきは、己が心で踏破せよと示すのみ。

 ライトは漸く自分の中の『頷けない』訳を理解する。


「姫さんの行動の馬鹿さと、対話の時の発想が違いすぎんだよ」


「遅っ、その結論出すのおっそっ!

 なんや自分、ほんまモンの阿呆やったんやな」


 グライフの脇に、効果音でもなりそうなほど腰に手を当て、堂々と胸を張った格好のゼフィリーが姿を表し、口角を吊り上げライトを上から見下ろす。

 片手に大きな鶴嘴をぶら下げ、上半身は魅せつけるようなシャツ一枚、泥まみれのブーツを履き、顔は煤で汚れ、背に流れる銀髪は土埃にまみれている。

 確かにこの姿を見てしまえば、ゼフィリー本人は全く気にかけていないが、以前グリムリープが『採掘』は『鍛冶』と女性人気のワースト争いをしている、といっていたのも頷けてしまう。

 

 だがそれよりも、感情を隠すこと無く表情に現した顔。

 煤塗れ泥だらけになっても、一向に気にしていない態度。

 ちゃんと手入れすれば美しいであろうに、ぞんざいに扱われる銀髪と。


 まるで未来のベルティータ像を、見たくもないのに見せつけられたようで、ライトの眉間に思わずしわが寄る。

 

「呼んでねえよデカ女、今日売りに来やがったのは、原石じゃなくて喧嘩か?」


 しっしっと、犬でも追っ払うように手を振って鼻を鳴らすライトを、身を屈めて首を傾げながら、ゼフィリーは真剣な表情で睨みつけ。


「デカ女はヤメロ。ええな?他なら何でもええから、デカ女は絶対ヤメロ」


 しつこいくらいに念を押してから、ほれっ産地直送やで、と『引き出し』た塊を、ライトの方へ差し出してみせた瞬間、ライトの目つきが変わった。

 首から下げていたルーペを手に、ゼフィリーが軽々と持っている塊を、眺め終えてもまだ、真剣な目つきは流れ落ちずに留まる。


「デカエルフ、どっからこんなもん掘り出してき来やがった・・・売れねぇぞコレ。

 装飾品に加工しても、買えるだけの金もった奴が何処にもいねぇよこんなレア物」


「『アーヴンヘイムの大迷宮』の最深部や。おかげで五回も丸焼けんされたが、差し引きプラスやろ」


 写真にとって額に飾っておきたいほどの、完璧なドヤ顔で言い放つゼフィリーの言葉に、ライトは勿論のことグライフですら、完全に思考が追いつけず。

 何を言っているのか理解した瞬間、目玉が零れ落ちるほど目を見開き、穴が空くほど鋭い視線でゼフィリーを見つめると、数度めをしぱたかせたかと思うや、あまりに酷い頭痛にしばし頭を抱えて蹲った。


「ちょ、おま……マジで言っていんのかそれ、頭イカレてんのか?それとも俺の耳が変なのか?『アーヴンヘイムの大迷宮』って、中層以下が『まだ攻略されてない』コンテンツだよな?

 何パーティでクリアできるのかも解らんそこに、そんな格好のまま一人でのこのこ乗り込んで、ボス敵がいる中で岩掘って帰ってきたとか、正気じゃねぇだろ・・・」


「今すぐは無理でも、ギルドメンバーに声をかければ、攻略が進みいずれは安全に辿り着ける様になる場所。

 それを、五回ものデスペナルティを重ねて、剰えそれでレベルを下げてまで――最深部にはドラゴン種が居るのではないかと、噂に成っていたそこへ――何故今独りで行った」


 二人言葉は違えど、非難とも呆れともつかぬ声と表情で、実に遠回しにではあるものの、お前は馬鹿か?、と感情をぶつけてきた。

 成功するかどうかもわからない――いや、九割九分失敗するとわかっているのに――それを一度ではなく何度も繰り返し、結果成功したものの積み上げてきた経験値、それを稼ぐのに使った時間、その他多くの物を必要もなく失ったのだ。

 手に入れた物は、幸運にも確かに差し引きすれば、プラスと思えるほどのアイテムだった。

 しかし、それも素材でしか無い上に、価値に見合うだけの対価を支払える者が、プレイヤーキャラクターには居らず、文字通り宝の持ち腐れ状態。


 今回は豪運でプラス収支に持ち込めたが、そんなことを繰り返せば、身の破滅だぞ。


 二人にそう詰められているというのに、ゼフィリーは神妙に聞き入るどころか、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、逆に二人の表情を眺めやりながら、柏手一つで言葉を止めさせる。


「お前ら二人失格。良え年したオッサンどもが、何や二人揃って阿呆なこと言い出しおって。

 何でそんな事やったか?そんなん楽しそうやからに決まっとるやろ。

 なんやのん、やる前からあ~だこ~だ理由くっつけて、慎重に安全に確実にとか・・・そんなんやりたきゃお前らだけでやれ、ウチは嫌じゃ」


 ゼフィリーは、開始初日から先頭集団に属してきたトップランナーである。

 それは即ち、二人が想像したような、ハイリスク・ハイリターンのギャンブラーなどではなく。

 『最も正しいやり方はどれか』ではなく、『どうやれば何とかなりそうか』を常に試し、切り開いて来た開拓者であるということであり。

 それを楽しいと感じて、今まで続けてきたということである。


 お前は間違っている、と真正面から言われれば、突っぱねて押しのけるのは当然。


「ライト」

「んだよ、オラァ間違ったこたぁ一つも言ってねぇぞ」


 低く深く流れる穏やかな声に名を呼ばれ、優男らしからぬ剣呑な表情で相手を見上げる。

 此処は此方が折れるべきだ、グライフにそう促された、言葉の裏をなまじ読める為、全てを言わせず先手を打って相手の意見を潰した。

 ライトは言葉通り、今以って自分が謝るべき何かを言ったつもりはないのだ。


「いや、一つ思いついた。

 人選と参加要請はそれがしが行おう、橋渡しと調停役にうってつけの人物も一人心あたりがある」


 予想外の答えに顔を輝かせたライトが、よっし任せた、とまるっきり疑わずに力強く頷くのに、グライフも頷き返し、顎鬚を親指の腹で撫で付けながら、巨体がゼフィリーの方へと向き直る。


「ゼフィリーにも作戦への参加を要請する、詳しい話は全員集めてからになるが・・・勿論拒否権は有る故、話を聞いた上で断ってくれても構わんよ。

 ただ、何があったかは聞かぬが、何時迄もベルティータ姫に、一歩分の距離を取り続ける姿を、誰も気付かぬ訳ではない・・・いらぬ誤解をさせない、その一助となるやも知れん」


 ぽかーんと口を開けたゼフィリーが、表情を苦味に染める。

 グライフの言うとおり、意識的にゼフィリーはベルティータとの距離をとっていた。

 というのも、彼女の中ではベルティータと出会った日、あの時の酷く傷ついた、『笑い方を忘れたような笑顔』を浮かべさせてしまった負い目が何時迄も拭いきれず。

 再び傷つけてしまうことを恐れ、最後の一歩の距離を踏み込めずに居たからだ。


 普段通りの態度を誰にも疑われず、今日まで来れていたと思っていた所に、いきなりの直球。

 その上で、先ほど二人に『失格』と言い放った真意を、正確に読み取られた、綺麗な意趣返しとしか取れぬ言葉でもって、背を押されてしまってはもはや逃れる地は残されていない。


「それがしも先程の二人同様、何もせずともベルティータ姫が最も愛らしい、とは思っているので、特別何かをする必要はないかと思うのだが。

 時に冒険をすべきかも知れぬな、何しろ我らは冒険者であるのだから」


 2016.09.24追話


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