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13.身振りで会話しよう

能力と人格は、必ずしも一致しないもので。

それは才能と努力の関係にちょっと似ている気もします。

無自覚に人に影響を与えながらも、のほほーんと日々過ごしていくベルティータ。

あまりコミカルさを出し過ぎない程度に、のんびりだけではないお話も書けたらと思っております。


どなたか一人でも、面白いと思っていただけたら嬉しい限りです。


 13.身振りで会話しよう


 柔らかな風に弄われて、流れる銀の髪は陽光に光の帯と化す。

 流れてくる鮮やかな香気に、撫で梳かされて、光の粒子を大気に零し。

 つと、混じるのは爽やかな香りと、差し出されたティーカップのほんわりとした温もり。


 ベルティータは金の瞳をミリアに向けると、愛らしく透明な笑みを浮かべ、右へ左へ僅かに首を傾げる。


 薔薇園の中央近く、噴水にほど近い場所にしつらえた、真白いテーブルと同じデザインの椅子にきちんと座りながら、相変わらず足をぶらぶらさせ。

 眦の吊り上がった大きな目が、どうして座らないの?、と言葉以上に鋭く問いかけてくる。


 無謀にもアルリールに真正面から宣戦布告した、とアルリール本人を含むその場の皆に勘違いされた事件より、数日が経過しているのだが。

 あれ以来、ミリアはベルティータがログインしている間、常にすぐ右後方の位置に寄り添うように付いてまわるようになった。

 今も、午後のひと時をお気に入りの場所で、のんびり薔薇を眺めて居るのだが、椅子は空いているにもかかわらず、ミリアは座ろうとせずに相変わらず右後方で立っていて。ベルティータもそれを、鬱陶しがってはないものの、不思議がっているのだ。


「私の存在で、姫様の行動を制限したくないんです」


 ミリアの答えに、ベルティータがはっきり大きく首を振る。

 突然の否定に、不安気な表情を浮かべ凍りつくミリアに、ベルティータは自身の右手の親指を左手で握り、更に左手を右手で握った両手を、ミリアに見せ付けるよう突き出す。


「姫様、それは?」


「多分だけど、他の意味を連想させない、一人で出来る『硬い握手の形』よそれ」


「師匠?」


 背後から掛けられた声に、思わず振り返ったミリアの目の前で、色の深い金髪ポニーテールを揺らし、腰に手を宛てた美女が、少し照れたような優しい微笑みを浮かべている。

 というのも振り返ってしまったミリアの背後では、ジゼの言葉に大きなツリ目を大きく見開いたベルティータが、コクコクと何度も頷き。

 ジゼの苦笑を誘うほどに、パタパタと身振り手振りを始めたのだ。


「一緒にいるんだから、仲良くしてくれなきゃ寂しいって」


 ジゼの続く説明に、見開いた目をキラキラと輝かせ、椅子からぴょんと飛び降り――当然、そのまま転び。

 慌てて助けあげるミリアに、必死に何かを訴え始める。

 しかし、余りにも早口で――正確には早身振りで――まくし立てるベルティータに、普段はそれなりに意思疎通できるミリアでも、全く刃が立たず。


「……ええっと……あの」


 困惑をした表情で、助けを求めるようにジゼを振り返ると、とてもいい笑顔でジゼが一つ頷く。


「私にも全然わからない」


 ジゼの言葉に、さらに必死に身振り手振りを繰り返すが、感覚共感を主としたコミュニケーションは、一度ズレてしまうと回復は難しい。

 その辺りはベルティータも理解しているのか、再度チャレンジはせずに、両腕と共に耳も垂れさがる。

 ごめんごめん、と明るく笑いながら、ジゼが鉄鋏で近くの薔薇を一輪取り上げると、棘を落としてベルティータの髪にさす。


「さすが妖精族の姫様だけあって、自然の物は良く似合うわ」


 そう?と全く自身の見た目に頓着しないベルティータだが、言われてみればそれも当然の反応と言える。

 今でこそ、可愛らしいドレス姿――周りに怨念のようなものが浮いていたり、時折何の前触れもなく血飛沫にまみれたりする――ではあるが、ついこの間までベルティータは服とも呼べないボロ布一枚被った、半裸姿で普通にそこらを歩いていたのだ。

 そうでなければ、幾ら『パラベラム』の女性陣がノリが良かろうが、『呪われ装備』を無理矢理着せたりなどしない。


 じーっとベルティータが凝視しているのが、ジゼが切ったバラの枝。

 何が気になるのだろうと、同じくそこを凝視するジゼの耳に、微かな風切り音が届いた瞬間


「【サンクチュアリ】」


 飛び退りつつも腰からワンドを引き抜き、ベルティータ達の足元に白光の魔法陣が描き出される。

 円を描き立ち上る光の沙幕に弾かれ、地に転がったものを見ても油断せず、更にもう一つ飛び退った


「へぇ、見かけによらず凄腕だな白魔術師のねぇちゃん」


 低い凄みのある声にそう言われ、ジゼは内心で鋭く舌打ちした。

 魔法の防壁をベルティータ達に掛け、相手の攻撃を防ぎながらも、目立つ術に敵の目を惹きつけつつ、自分は生き残るために更に距離を開ける。

 それを卑怯と短絡的に誹るのではなく、正着だと優先順位を間違っていないことを、褒められたのだ。


 相手が見かけどおりの、脳筋チンピラなら、自分一人でもどうにか出来るのに。


 だが、あの一瞬で自分がどう判断し、どう行動したのかを目の前の相手は正確に理解した。

 応用力のないルーチンワークでただ経験値を収穫しただけの、『パッシブ』プレイヤーではなく、状況に応じて常に彼我の最適解を検討し、戦闘経験を積んできた、『アクティブ』プレイヤーだ。

 つまり、対人戦闘になれた、非常に厄介な相手ということである。


 ベルティータとミリアを、どうすれば生き延びさせることが出来るか、が全く浮かばない状況に。

 ジゼがギルドチャットで、暇な人は薔薇園に救援に来てっ、と呼びかける寸前

 もぞもぞと、ミリアの腕の中から抜けだしたベルティータが、魔法の防壁に弾かれ地面に転がっていた、林檎を拾い上げ、おもむろにショリショリと噛じり始める。


「ちょっと姫様!?」


「小汚ねぇ格好じゃねぇから迷ったが、その林檎のくい方はやっぱりお前かチビっ子っ

 俺様に向かって、パーティ無言誘いなんて巫山戯たマネした奴は。

 一体どんな罠仕掛けて、どんな大人数で待ち構えてるのか、どんな大物を助っ人に呼んでるのか、興奮に震えた俺様の高揚感を返せっ」


 二メートルもあるかという筋肉要塞が、本気で悔しがって地団駄を踏む姿に、ベルティータに膝の辺りをぽむぽむ叩いて慰められ、頭をかきむしってブルブルと震える。


「残業続きでやっと入れたってのに、そこでストレス溜めさせるような真似しやがって・・・それでっ、何で呼び出しやがった」


 ミリア、ジゼと視線を巡らし、ちまい指でジゼを無言で指し示す。


 巨大な拳が鼻先で止まり、吹き抜ける拳圧で引き摺るほどの長いベルティータの髪が、ほぼ真後ろへ追いやられたなびく。

 コマ落ちしたような、起こりも途中の動作も見えない攻撃に、流石のジゼも今度は魔法を差し挟む事はできず、相手が拳を止めなかった時の事を想像し顔を青く染める。


 だが、そこはベルティータである。

 アジーンと最後にあった日に、腹がたったと言うだけで、男が一人壁に血の染みとなった理不尽を目の当たりにしていながら、怖がりもしなければ避ける素振りもない。

 最も、避けようと思った所で避けられる筈もないのだが、巨大なものが高速で迫ってきたと言うのに、驚きや怖がると言う感情はともかく、なんの身体反応もないのは逆に不気味である。


 クチンッ


 遅れて目をつぶり、やっと怖がるのかと思えば、妙に可愛らしいくしゃみという、望んでいたものとはかなりズレた身体反応で返され。

 うわっきたねっ、とアジーンも思わず素で反応を返し、慌てて拳を引いてから、ぼりぼりと大雑把に頭をかく。


「ほんと調子狂うなお前、これでも誰もが震え上がるくらい名が知れてんだぜ?」


「二メートルを超える巨漢で……対人戦闘……あなた、もしかして『亜人』?」


 ジゼの問いかけに不機嫌な顔をするが、視線を向けた先に見つけた、ジゼの眼に浮かぶ僅かな怯えに、上機嫌になり何度も大きく頷く。


「おい見ろ、あれがまともな反応なんだぞチビっ子、反省しろ反省。

 ケンカ売る気がねぇならその名前で俺様を呼ぶんじゃねぇ。そいつはビビりまくった馬鹿が、聞き間違えて広めやがったクソッタレな名前だ。

 それで・・・いい加減呼び出した訳を言えよ、はやくPKしに行きてえんだよ俺様はっ」


 あ、それでも律儀に用事は聞くんだ・・・と、妙に感心しているんだか、呆れているんだかの感想を漏らす辺り、ミリアは割と大物かもしれない。

 声の届いたアジーンに、頭から噛じり殺されそうな目で睨まれ、喉の奥で引き攣ったような短い悲鳴を上げ数歩後退るあたりは、まだまだベルティータの域には届かないが。

 その意味で言えば、ミリアはメインJOB侍女宣言をしておきながら、まだまだ普通の遊び方でBABELに向き合っている、一般的なプレイヤーということだろう。




 つまり、満面の笑みを浮かべ、高々と林檎を掲げ持つベルティータとは、同じステージにいない。




 なにしろたったその一挙動で、ベルティータは日本サーバー最凶とも言われるPKを、あっさり崩折れさせたのだから。

 本人全く意識せずに快挙を成し遂げたダークエルフの幼女は、ちょいちょいとミリアを手招きし、アジーンを指さしてから右手を上下させ、左手の平を上に向け差し出すような仕草。

 はい、ただいまっ!と元気よくギルドハウスの方へ駆け出すミリアに手を振り、アジーンのズボンの膝のあたりを引いて椅子の方を指差してみせる。


「ああもういいわかった、気分じゃなくなっちまった。今日はチビっ子に付き合ってやる、だがな愚痴しか出ねぇから覚悟しろ」


 アジーンと連れ立って歩き出すベルティータが、じーっとジゼを見上げ、来ないの?と無言で問いかける。

 あっさり同行することに同意したアジーンに驚きを隠せないまま、ジゼも二人のに続く格好でテーブルへと向かう。

 椅子に攀じ登ることに苦労していたベルティータを、猫の子のように首根っこを捕まえ、椅子の上にアジーンが無造作に置くことにも今更驚かず、本当に言葉通り仕事の愚痴を話しだしたことに驚いた。

 ミリアが愚痴の途中で戻って来ると、何も言わず三人の前に湯気の立つ紅茶を置いて、定位置であるベルティータのすぐ脇へと立つことに、アジーンはわりぃな、と簡素ながらも礼を述べたが、ベルティータは不満そうな顔をミリアへ向ける。


「――で、売上高が下がったのは、余計な経費が掛かり過ぎてるとかぬかしやがって、売りの数字だけしか見ねぇ阿呆が残業残業大騒ぎだ。

 何言ってるかわかんねぇだろ?残業すりゃ当然経費嵩んで作業効率もやる気もだだ下がり、結果上った売りは雀の涙、逆に純利はガタ落ちで自分で自分の首絞めやがった。そのくせ、悪いのは全員のせいだと平気で抜かしやがって、お決まりの給料カットだ」


 円安で輸入系のウチの部署が、売上下がんの当り前だろっ、と疲れたようなため息をつくアジーン。

 首を傾げるベルティータがギュッと右手を握りしめ、その上を左手で払う姿に、額に手を当てて更に大きなため息をつく。


「こんなびっくりするくらいバカのチビっ子に解ることが、何で一流大学出たエリートに解かんねぇのかな」


 芯だけに成った林檎を振ってみせるベルティータに、ほらよっとアジーンが林檎を手渡す。

 余りにも絶妙なコンビっぷりに、ジゼがなんとも言えない微妙な表情をうかべ、曖昧な笑みで誤魔化すが。

 ショリショリと両手で持った林檎をかじりながら、視線を向けられたジゼとミリアは、大きなつり目におさまる金色の瞳が、誤魔化しなど通じずに真直ぐ自分達を捉えており。

 逃がす気はさらさらないのだと、はっきり認識する。


「わたしはアジーン、さんの職種とは多分大きく違うから、そういう国際経済みたいなことは、正直判らないけど。あなたの上司の頭が硬いことはわかった気がする」


 上司をただ無能と愚痴っていたアジーンだが、一歩踏み込んだ意見をジゼが口にするのを、へぇと興味を惹かれた笑みを浮かべる。


「結論から言うけど、コミュニケーション不足なのよ。

 確かに上司である以上、迷わず部下に方針を示さなきゃならない。その立場から見える状況では、あなたの不満は実は筋違いかもしれない。でもそこで意見交換をしていないから、お互いがお互いに不満を抱きつつ、結局いやいや言われた通りやってる、ってことでしょ?」


 特に反対するつもりがないのか、それとも最後まで聞いてからひっくり返すつもりなのかは判らないが、ジゼの言葉に顎をしゃくって先を促すアジーン。

 その態度も鼻を一つ鳴らしただけで流し、ジゼは紅茶で唇を湿してから、再び口を開く。


「あなたは少なくとも一度は接触を取ろうとした、その態度が相手には受け入れられないような、褒められた方法じゃなかったのだとは思うけど。で、相手はあなたとのコミュニケーションを拒絶した。

 『話せば分かる』なんて夢みたいな理想型、信じるのは勝手だけど、それが成立しないのは双方に問題が有る、って押し付けるの日本人の悪いところよね、『話の通じない相手』なんて五万と居るでしょうに」


 肩を竦めてアジーンを眺めやりながら、柔らかく笑ってみせる。


「私が上司なら、あなたと話なんかしない。意見書の提出を求めて、書面でコミュニケーション取るわ」


 面と向かって、あなたと話さない、と言い切られたのも初めてだが、会話などせずともコミュニケーションを取ってみせる、と言い切られるなど思いもしなかった。

 しばし茫然と凛々しいジゼの顔を見ていたアジーンが、思い出したかのようにベルティータへ向き直り、丸聞こえな声でヒソヒソと耳打ちする。


「凄腕だとは思ってたが……なんかこの姉ちゃんスゲェな、どんな男でも尻に敷いちまいそうだ」


 むふーっと何故か胸を張って頷き返すベルティータに、ジゼから薄ら寒い空気が押し寄せる。

 不思議そうな顔で首を傾げている間に、どんどん空気は凍えていくが、当然ながらその原因がベルティータにはわからない。


「アジーンさんは、なぜ姫様にそんな難しげな事を?」


 慌ててミリアが強引に割って入り、無理矢理に話の進行方向をねじ曲げて押し流しに掛かる。


「なぜって、チビっ子がそういう話しろって言ったからじゃねぇか」


 何言ってんだお前?、明らかに不審がりながら答えつつ、おいアイツ頭が可哀相な感じか?とベルティータに確認する。

 いや言ってないでしょ?と、ミリアに同意を求められたジゼも賛同し、先ほどまでの高評価(?)を覆したアジーンがホツリともらした。




「コミュニケーション能力不足だろ、お前ら」




 見るからに粗野で

 口を開けば暴力的な物言いしか出ない

 一見すると脳筋チンピラな男から


 まさかの・・・コミュニケーションのダメ出し。


「まってっ、おかしい、なんかおかしい。

 個人チャット……は無いわね……筆談?それとも特殊なサイン?」


「特殊なサインって、なぁ?もしかして馬鹿なのか?」


 空気が一瞬で凍り付き、椅子を引き倒しそうなほどに勢い良くジゼが立ち上がるも、歯を噛み締めて細く息を吐き、自分は冷静だと自身に言い聞かせながら椅子に腰を下ろす。

 バカにするためにでも、挑発するためでもなく、本気で心配する口調で尋ねられたダメージは、自分で思っていたよりも深く。

 感情が直結して行動に出やすいVRで、よくそれ以上の行動を押しとどめたと、逆に信じられない自制心に、アジーンとベルティータの二人が感心の余り拍手するのを、ミリアが必死に遮る。


「さっき、なんの用で呼び出したって聞いたら、林檎の芯持ち上げただろチビっ子が」


 面倒臭そうに吐き出すアジーンに、黙って待つジゼとミリアだったが、続く説明の言葉は無かった。

 暫く無言でにらみ合い、ショリショリというベルティータが林檎をかじる音だけが流れる。

 息苦しくなる空気に、我慢比べのような嫌な気配が漂い出すのを察して、口を開いたのはジゼ。


「・・・えっそれだけ?

 ていうか、あれって林檎のおかわり要求したんじゃないの?」


「それなら、くれって手伸ばすだろ」


 呆れてものも言えないと言うていのアジーンに、目を見張りながらジゼの顔が真っ赤に染まる。

 ぐうの音も出ないほど正論で、真正面から一刀両断に言い込められたのだ、見た目も態度も野蛮人の男に。

 額でテーブルの天板を強かに叩きながら、完全に沈黙するジゼ。


 さすがに見かねたミリアが、ジゼを背負ってその場から離れさせる後ろ姿に、アジーンの同情的な呟きがほんの微かに届いてしまったのは、風の悪戯ではなく運営の悪意だとジゼにもわかった。




「お前何処行ってもダメ人間製造機だなチビっ子」




 2016.09.19追話

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