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ハードラックダガー『Bones and the Sun(後編)』

 砂漠を抜けて荒野へ。それでも太陽は、相変わらず鋭くオレたちを照り付けていた。

 件の村を砂賊から救った礼にと貰った多脚ラクダの背に乗り、ボンサンとオレはナインティナイン村を目指していた。

「この調子なら、日暮れまでには到着するだろうよ。ラクダのおかげで、休憩もそんな要らないしな」

「受け入れてもらえるだろうか」

「ん?」

「俺は弱いからな……」

「アホか」

 あの村でのことを、奴は引きずっていた。

“強さ”。過去のこいつにとって、それはどうやら全ての物差しになるほど重要なものだったようだ。

それはボンサンの記憶の手がかりになるものかもしれないし、尊重されるべきものだ、とは思う。

「……なあ、ボンサン、オマエは良いヤツだ。強いも弱いも無い。ジジイが倒れてから、男手が欲しかったところでもある。歓迎してくれるだろうし、そうでなくても、オレがさせる」

「……」

「きっと昔の感覚が残ってるんだろうが、忘れたほうがいい。少なくとも、記憶が戻るまでは。それに、オマエの速さは今だってタダモノじゃない。ジジイに教われば、充分に強くなれるんじゃねえかな。もしかしたら、以前よりも」

 それはただの気休めじゃなかった。オレは『masao神拳』と、オレ自身の強さに自信を持っている。それでも、この強さは憧れには遠く及んでいない。

だけど、この男なら。視認も難しい程の高速で戦闘機動ブリンクを行えるボン=サンなら。

 それはもちろん、オレのエゴだった。


*


 十つの粗末な掘っ立て小屋と小さな井戸、そして畑。もちろんその土壌は決して豊かとはいえない。

それが荒野のど真ん中に位置する、ナインティナイン村の全てだった。

 オレたちが村に着いたのは夕暮れ前で、今日の農作業はもう終わったのだろうか、門のすぐそばで三人のガキたちが軽逆関節ごっこをして遊んでいた。

「……あっ!」そのうちの一人がオレたちに気付いて声をあげた。

ラクダから降りて手を振ってやると、奴らは村の中に引っ込んで、そしてすぐに戻ってきた。他の子どもたちを皆連れて。

「エドゾー!」「おかえり、エドゾー!」「早く土産出せよ!」「エドゾー!ジャンプしろよ!」

ガキどもがオレを囲んでやいのやいの騒ぎ立て、膝蹴りなどをする。

ボンサンは何時の間にかオレの十数歩後ろに立ってその気配を消していたが、もちろん子どもたちがその存在に気付かないということもなかった。

「ねえ、エドゾー、あの人は誰なの?」引っ込み思案な女の子が袖を引いて尋ねたのを皮切りに、ガキたちが大人しくなって、ボンサンに視線を向ける。

警戒しているのだ。それは当然の事だ。『村の外の人間は信用しないように』ずっとそう教えてきたから。

「んー……ま、紹介は後だな!おい、コッチ来いよ!」ボンサンを手招きするが、ヤツは寄ろうとしない。仕方なくオレはヤツのところに戻って、その手を引く。

「心配すんな!コイツは良い奴だよ。とりあえず、オレたちはジジイに会ってくる。お前らはudyrの荷降ろしと、そのラクダ繋いどけよ。あと、ベーコンをつまみ食いするんじゃねえぞ!」

オレがそういうと、「エドゾーがいうなら」ということで、奴らもとりあえず納得してくれたようだった。


「慕われてるんだな」門をくぐりながらボンサンがいう。

「ハッ。奴らに肉を持ってきてやってるからな。ジジイは一番奥の小屋だよ」

「ここの村長がそこにいるわけか」

「もう一人いる。オレと同世代の娘でね――ああ、そこにいるよ」ジジイの小屋の前に立っている、金髪の娘。

 彼女はカナリーといって、ジジイと子どもたちの世話を一手に引き受けてくれる、この村の“母親”だった。

「おかえりなさい、エドゾー。遅かったから心配したわ。その人は誰なの?」

「ただいま。コイツはボンサンっていって――いや、オレが付けたんだけどさ。ま、その辺はジジイも交えて説明するよ」

「そう?私はカナリー。よろしくね、ボンサン」

「ああ。よろしく」にっこりと微笑むカナリーに、ボンサンは無表情に会釈した。「こういう奴なんだ」ボンサンをコンと小突くと、『解せん』という顔をした。


*


「帰ったぞ、ジジイ!――おい、生きてるか?」

 小屋の中、粗末なテーブルに肘をついて、組んだ掌に顎を乗せて眼を瞑る禿頭の老人。それがこの村の長、マサオ・ナインティナインだった。

「生きてるよ」ゆっくりと目を開き、こちらを見る。「帰るのが遅かったから、おまえこそ砂賊にでも殺されたかと思っとったよ」

「バカいえ。アンタに教わった拳があるんだ。砂賊なんぞに殺られるかよ」

「どうかねえ。おまえが一番、出来が悪かったからなあ」

「いいやがるぜ、この後期高齢者がよォ」

「あ痛ててててて!やめ、やめんか!」手首を掴んでその腕を捻り上げると、情けない声をあげた。

二ヶ月前に見たときよりも、ジジイは痩せた気がした。オレが子どもの頃に立派に蓄えられていた口髭も、今はもう白髪が残るばかりだ。

しかしそれでも、ジジイはこの村の精神的支柱で、オレたちのリーダーだった。

「ンモー痛いんだから……離せ、エドゾー。なぁにワシの顔を見ている?それより話すことがあるんだろう。そこの男、ボンサンといったか?」

 そう、そういやそうだった。ボンサンが軽く頭を下げる。俺は奴を呼んで椅子につかせた。カナリーが水を持ってきてくれた。


「なるほど。記憶が、ねえ」

 ボンサンを砂漠でオレが語る

「そう。だから、しばらくコイツをここに置いてやりたいんだ」

「そりゃあ別に構いはしないがね。だが、ボンサン。おまえサンがそうしたい、って訳じゃあないんだろう?」

「……」その沈黙をジジイは肯定と受け取ったようだった。

「じゃあ、コレはエドゾーのワガママということになるわけだな」

「悪ィかよ。コイツはそれで良いって言ってたんだぜ」

「ふん」ジジイは白髭をいじりながらオレを一瞥する。「ええだろう。しかしボンサン、殻をツブすのはいかんぞ。ちゃんと働けよ」

「わかってる」

「それから、稽古の話だが……今となっては、ワシでは難しいかもしれんな」椅子の背を杖にして立ち上がる。

「“精神”だけで良い。細かい部分はオレが教えられるし、それに、コイツの身体能力自体は、オレより高いはずだ」

「そりゃあ、おまえに比べれば強いヤツなんて腐るほどいるだろよ。まあ、ええわい。……ワシはもう寝るよ。なんか急に眠気が来たわ。じゃあの」


「あのね」ジジイが寝室に消えてから、カナリーが口を開いた。「お父さん、あなたが帰るのずっと気にしてたのよ。予定より遅かったから」

 そうか。老いたな、と思う。かつて熊のように雄々しかったマサオ・ナインティナインはもう居ないのだ。寂しさはある。しかし、仕方ないことだ。

「まあ、ボンサン。ジジイの了承も得たところだし、お前の寝床を作りに行かないとな」

「寝床を作る?」

「ガキどもは複数人で同じ小屋に寝させてるから、いくつか空き小屋がある。ただ、使われなくなってだいぶ経つからな。直す必要がある」

「なるほど」

「私も手伝おうか?」

「いや、それくらいオレと、あと、コイツにさせるさ。いいよな?ボンサン」

「ああ。もちろん」


*


 オレとボンサンの作業は夜にまでズレこんだが、幸いな事にその日は満月で、作業の為の明かりには困らなかった。

「ここは孤児院みたいなもんだ、って前に言ったよな?」

「覚えがあるな」小屋の修繕をしながら、オレはボンサンと話していた。

 オレは小屋の壁の空いた穴に板を打ち付け、ボンサンは開いた屋根に藁を敷く分業体制だった。なぜなら、分業は常に強いからだ。

「カナリーとオレは『一期生』みたいなもんでな。他にも何人か居たんだけど、全員出ていっちまった」

「そうか」

「それを不義理とは思わないけどな。こんなトコにいつまでも居るよりは――自由っていうのは権利だからな」

「……」

「ただオレは出遅れちまってね。カナリーは元々出るつもりは無かったみたいだ。アイツはガキの頃から貧乏クジを引かされるヤツだった――そう思うと、オレも置いてけねえなって」

「惚れているのか?」

「ハハ。筋じゃねえと思っただけさ。それに、ジジイへの恩もあるしな。ただ全員で返す必要は無い。誰かだけがココにいればよかった――ってことは、オレも貧乏クジだな」

「……あのご老体は、ただものではないな」

「わかるか!」その一言に、オレはつい嬉しくて声をあげ、ボンサンを見上げた。「オマエなら分かるような気はしてたよ。強かったんだ、ジジイは。昔」

「昔?」

「今じゃ見る影もない。痩せこけた老人になっちまったけどね」

「さっき会ったあの人に、俺は“硬質”を感じた」

「硬質?一本筋が通ってるとか……そういう話か?」

「……」不意に、ボンサンが黙った。その表情は月明かりの影に隠れていた。

「おい?」

「いや。何故か口をついた。ただ……そうだな。“強い”ということなのかもしれない」

 いまも?そうなのだろうか、ジジイ。


*


 ――それから一ヶ月も経てば、ボンサンはオレたちのコミュニティに、ほとんど完全に馴染んだ。

畑仕事、水汲み、道具と小屋の修繕、作物用の水が足りないときは、本来八時間かかる小川までの道を半分以下の時間で往復して水を運んでくれる。

「ねえ、エドゾー。私、ボンサンのこと、すっかり好きになっちゃったわ」カナリーもそう言う。「子どもたちも彼を気に入ってくれているみたいだし」

 複雑な気持ちだった。もちろん、オレもボンサンが好きだ。だが、オレはあの村でヤツが見せた微笑みを覚えていた。

ボンサンは記憶を取り戻したがっていて、その焦燥は日に日に強くなっているようにオレには思えた。

 『masao神拳』の教授についても順調だった。もちろんまだオレたちには及ばなかったが、“戦い”というものについての勘が鋭いのだ。

それはヤツが生粋の戦士であることをあらわしていた。

そして、ヤツは何も言わなかったが、「(これは違うものだ)」そう感じているのがオレには見て取れた。

恐らく、ジジイにも。

「いっそ、記憶なんて戻らなくてもいいのにね。

 そうしたらあの人、いつまでもここに居てくれるんでしょう?ね、それがいいわよ、きっと」

 自由というのは権利だ。記憶が戻るまでボンサンはこの村にいてくれる。本人もそう言っている。

でも、この閉鎖された環境に居る限り、ヤツの記憶はきっと戻ることはない。そしてその事は、ヤツ自身も感じている。

 ……それでもヤツがここに留まっているのは、オレへの負い目があるからだ。

「エゴだ」

「?急にどうしたの、エドゾー」つい口から漏れたその自嘲に、カナリーが反応した。

 ボンサンには才能がある。ヤツは、オレの憧れになってくれる男なのだと、オレはその時、確信していた。


 ある日、村の子どもの一人が病に倒れた。

「軟質病だ」オレはボンサンに説明した。「体中の骨が柔らかくなり、首が180度曲がるようになる。ほら、こんなふうに」

「これは……ひどいな」首が180度曲がった子どもを見てボンサンの顔が険しくなる。

「こんな風に、右脚と左脚をぐるぐるにして蝶結びを作ることもできる」

「およそ人間に許された形ではない」

右脚と左脚で蝶結びが作られた子どもの苦痛の表情に、ボンサンも共感するように顔を歪ませた。

「だろ。まあ、幸いまだ進行は浅い。

 薬があれば助かるだろうよ。だが、あいにく今は薬を切らしている」

 オレはボンサンと共に遠出の準備をした。

砂漠とは逆方向に一週間進んだあたりにはそれなりの町があり、そこには医者がいる。

 それはオレのエゴと良心の妥協案でもあった。それをきっかけにして、ボンサンの記憶が少しでも戻るかもしれない。

そうでなくても、いつかヤツがこの村を出る時の為に、この辺りの地理を覚えさせるのはヤツのためになるハズだと思った。

 間違いだったのかそうでないのか、今でもよくはわかっていない。


*


 目的の町までの道中はつつがなく進んだ。

医者はオレたちの知己で、薬も安値で譲ってもらうことができた。

軟質病の進行には余裕があるとはいえ、町でゆっくりというわけにはいかなかったし、ボンサンにも大きな刺激があったようにも思えなかったが、ともかくオレたちは目的を達成した。

何の問題も無く。しかし、問題というものは往々にして最後の最後に発覚するものだった。


 帰路の終わり、空には月が出ていて、ほの明かりがナインティナイン村を照らしていた。

「静かだな」松明を掲げて歩きながら、ボンサンが淡々という。

「そりゃそうだ。……寝てるだろうからな、みんな」

オレはそう答えつつも、既に、予感とその予感への精神の準備を終えていた。

血の臭いがする。


 村に入ってみれば、ガキどもの死体が転がっていた。

首を刺されたもの、頭を砕かれたもの、体を半分に折られたもの、右脚と左脚で蝶結びを作られて固まったもの。

「エドゾー」

「どうした」自分が冷静なのか、そうでないのかはわからなかったが、わからないということは、多分、冷静ではなかったのだろう。でも、いつからだ?

「……」

「うん。数が足りないな。あと、ジジイと、カナリー」

 村を端から探すが、それ以上のガキの死体は見つからなかった。もちろん、生きているやつも。

ジジイは、小屋の一つの壁に背中をもたれる形で、血に塗れて倒れていた。今まで見た中で、いちばん小さく見える姿だった。

「ジジイ」

「ゥ……エ、……エドゾー」屈んで声をかけると微かに反応があった。まだ生きている。

「何があった?カナリーと他の子どもたちはどうした?」

「……」

「答えてから死ね、ジジイ」

「……ボルトアンカーズだ。カナリーたちは、奴らに連れて――ワシでは……」

「わかった。もういい」俺は立ち上がって背を向けた。

「ボルトアンカーズ?」ボンサンが訊ねる。

「砂賊だ。むかしオレとジジイでボコボコにしてやった。ただ、でも、オレの不在とジジイのコレを知られていたらしいな。迂闊だった」

「行く気か」

「ああ」今から向かって間に合うだろうか。しかし、オレがもし行かないなら、それは筋ではなかった。

「なら、俺も――」

「来るな」言いかけたボンサンを制止する。

「必要も、意味もねえんだ、ボンサン。ジジイを介抱してやってくれ。どうせ死ぬだろうけどな。そしたら、子どもらと土に埋めてやってくれ。それで充分だ」

 来なくていいんだ。

「オマエがこの村にいてくれた事にはスゲー感謝してるよ。

 実際のところ、オレがオマエをここに連れてきたのは、人手が欲しかっただけさ。

 仕事を手伝ってくれたのにも、ガキたちと遊んでくれたのも、

 カナリーの癒しになってくれたのも、全部感謝してる。

 でも、こうなっちまったら、終わりだ。オレに危機感が無さすぎたな。

 とにかく、だから、もう良いんだ。

 オマエがこの場所とオレたちに縛られる必要は無い。オマエを助けたオレがそれを望んでいない。

 この辺りの事は多少はもう分かったろ?

 町に出るのもいいし、前のあの村に戻れば親切にしてくれるヤツもいるだろう。

 オレの心配をしてくれてるなら、それも余計だ。前に潰した相手だからな。

 自由にやればいい。オレもオレで、これからは勝手にやるさ。それが当然の権利だから」


 オレはudyrを呼ぶ。

突風が吹き、大量の土埃と砂が集まり、残像のゴリラが形成される。udyrが七拍子でドラミングを刻む。

その背中にまたがる。奴らへの道はコイツが教えてくれるだろう。

「じゃあな、ボンサン。達者でな」

udyrのケツを鞭で叩き、ボンサンとジジイを置いて荒野へと走り出す。


 オレは自由だ。きっと、そうなるだろう。

 月光が柔らかくて優しい。

>遅刻者のための締め切りは、来週日曜日の26:00です。必ず仕上げてください。

>また、新規参加、二作目を書くことももちろんOKです。皆の硬質な物語に惹かれた方は、新たな硬質な物語を書いてみてください。


>必ず仕上げてください。


>>必ず仕上げてください。


>>>必ず仕上げてください。


>>>””””””””””必ず”””””””””””””


俺は弱い

あと計画性がなくて流されやすい

“終編”を俺個人のものとしても書き上げるつもりでいます

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