ハードラック・ダガー異伝『Bones and the Sun(前編)』(直木賞受賞作)
ハードラック・ダガー異伝『Bones and the Sun(前編)』(直木賞受賞作)
砂漠を照らす太陽の光は、決してやわらかいモノじゃない。そしてここに暮らす人々は、それを避けることができない。誰であろうと。
ナインティナイン村から一週間半。遺跡街バイオスフィアで三週間仕事をしたあと、また一週間半砂漠を歩いて村へ帰る。
稼ぎはその殆どがタンパク質分と脂質を補給する食料990キログラムに変わり、まとめてオレの相棒・砂漠ゴリラのUdyrの背中にくくりつけてある。
オレはこの砂漠を、ジジイが良く動けなくなってから何回も横断してる。砂丘ばかりある景色は何マイル歩いても変わり映えはないが、迷う心配はなかった。
それは当然俺にとっても、そしてジジイの代から荷役をしていたUdyrにしても、そのはずだった。
「いやいや、Udyr。そっちじゃねえよ。オマエまでボケかけてんのかよ」
「ウホ」行程を三日ほど過ぎたころ。サボテンもない砂漠の中でUdyrが突然立ち止まった。
……そして、進んでいた方向とは90度逆のほうを見つめて、微動だにしないのだ。
「(間違ったかな?道を……)」
しかし、太陽の角度と、腕にくくりつけたデジタル時計――かつて遺跡で拾ったゴミアーティファクトの一つだ――
この表示を照らし合わせて考えなおすと、俺の方角がやはり正しいようだった。
「おらっ!こっちだっつってんだろ!グギギギギギ」udyrの首にくくりつけたリードを思いっきり引っ張る。
しかし奴は動かない。そのうちリードのほうがちぎれた。
「……あーもう!置いてくぞ!このクソ雑魚徒歩ゴリラが!」
俺は業を煮やして、udyrをその場において先に進むことにした。十数歩ぶん歩くが、しかしudyrは付いてこない。後ろを振り返ると、まだ奴は同じ場所で遠くを見ていた。
「いったい、なにがあるってんだ……?」いぶかしんでしばらく観察していると、
「!!!!ウホッ!ウホッホホホーーーーーーーーー!!飛翔せよ」
とつぜん、udyrは砂漠ゴリラ特有の叫び声を上げた。
そして地鳴りがするくらいのドラミングを数秒演奏し、見ていた方向へ駆けていったのだ。
「あ、あのバカ!ったくよ~~~!」こうなったら仕方がない。悪態をつきながら、俺はudyrを追う。
……300メートルくらい走ったあたりだろうか。
Udyrはひときわ高い砂丘のてっぺんに陣取ると、さっきよりも控えめな音量で、五拍子のドラミングを俺に見せつけてきた。
『こっちへ来い』と言われているのだ。
「なんだってんだよ……マジで」砂に沈む重たい足を運んで砂丘に上る。
「ウホ!!」udyrがその砂丘の下、裏側を指し示す。
「下ぁ?あっ……!マジかよ」
砂に半ば埋もれる形で、男が倒れているのが見えた。
めんどくせえモン見つけやがって。udyrを小突くと、誇らしげに「ウホァン?」と鳴いた。
*
砂漠の夜は寒い。昼の暑さがマシに思えるくらい。冷たい風が、ダガーナイフのように肌を刺す。
砂漠の真ん中で夜を越すとき、オレはいつもudyrが一緒に入れるくらいデカいテントを組み上げて、中で火を焚いて寝る。
一晩焚くわけじゃないけど、それである程度テントの空気は暖まる。
「……お」火のそばの毛布がもぞもぞと動いた。
かと思うと次の瞬間、ガバ、と音が立つ勢いで、寝させていた男が上半身を起き上げた。
「起きたか」
「……」声をかけると男はまずチラとオレを見て、それから、テントの右半分で寝ているudyrを凝視した。
「生きるか死ぬか、五分五分だと思ったんだけどな。運が良いぜ、オマエ。オレたちに発見されたのも含めて」
「ここは、どこだ?君たちは――?」udyrから眼を離さずに言う。警戒しているのだろう。無理もない。
砂漠ゴリラが暴れだせば、普通の人間はその圧倒的暴力の前に失禁しながら死ぬしかないからだ。しかもudyrは普通よりもずっと大きく、その筋肉はずっと硬質だった。
「オレはエドゾー。そこのゴリラはudyr。遺跡盗掘人の護衛をやってる。砂漠で行き倒れてるオマエを、物好きにも拾って、看病してやったのさ」
「……そうか」
「で、オマエは何者なんだ?なんだってそんな軽装で砂漠を渡ろうとして、当然のように行き倒れた?」
「……」その問いに男はオレを一瞥して、すぐに眼を伏せた。
「おいおい、カンジ悪いな。こっちは名乗ったんだぜ。しかも命の恩人だ。ダンマリってのは、筋じゃねえだろ」
「すまない」
「すまない、じゃなくてさ」
「答えられないんだ――俺が何をしていたのか。何をしようとしていたのか、分からない」
「……ほぉ」行き倒れて昨日の今日だ。頭が混濁してしまうのは、仕方ないのかもしれない。あり得る話だと思う。「名前は?」
「わからない」
「名前すらか。重症だな……記憶喪失ってヤツか」
「そうかもしれない」
「ま、喋れはするみたいだし――ちょっと無口っぽいけど個性かな――その内、戻るだろ」
「そう信じたいな。何にせよ、世話になったようだ。ありがとう、エドゾー」
そう言って男は立ち上がると、一度がたんと膝を崩しして、また倒れかける。
「オイオイオイ」とっさにその肩を支えてやる。細い男だったが、見かけよりもさらに軽い。だが――?
「すまない」
「じゃなくて。“世話になったな”ってオマエ、出てくつもりか?」
「そうだ。迷惑はかけられない」
「アホか。食料も無し、道も分からんで、それで砂漠でどうすんだよ。しかも夜だ。砂漠ゴリラの残像に殺されるぞ」
「大丈夫だ。俺は――」男がかぶりを振る。「……大丈夫だ」
「んなわけねえだろがい。現にぶっ倒れてたじゃねえか!」
強引に男の手を引き、毛布に倒れさせる。
「いいか、オレがせっかく救った命だ。
勝手にくたばられるのは筋じゃねえ。出てくってんなら、ぶん殴ってでも止めるぞ、オレは」
胸元を掴んで怒気を込めると、男は観念したのか、眼を閉じて力を抜いた。
「とりあえず、今日はもう寝ろ。どうするかは明日からゆっくり考えな。オレと同じルートなら、オアシスや中継の村はある。食料もあるしな」
「わかった」
「ま、思い出せないからって、あんまり気を落とすなよ。むしろ喜びな。
行き倒れときながら、最悪は“回避”できたんだからな」
そのオレの発言に、男がビクと反応して眼を開けた。オレを見つめている「どうした?」
「いま、何て言った?」
「はァ?生きてて良かったな、つっただけだよ。それがどうした?」
「そうか。……何でもない。気のせいみたいだ」
「フーン。ま、いいや。オレも寝るとするわ。ちょっと手ェ退けろ」毛布を開け、中に身体を滑り込ませる
「おい待て。なぜ俺の布団に入る」そこではじめて、男が慌てたように口調を変える。
「一つしかねえんだからしゃあねえだろ。流石に狭ぇけどさ」
「なら――」
「病み上がりだ。出ようとするんじゃねえぞ」釘をさしておく。
「……」
「あとコレも言っとくけど、ヘンな事考えるんじゃねーぞ」オレがそう言うと、男は小さくため息をついた。
冗談だ、バカ。
*
砂漠の太陽は相変わらず鋭い日差しをオレたちに投げかけている。
気付くと、例の男は俺とudyrの十数メートル先を進んでいた。わかったことだが、奴は恐ろしく足が早い。
「おいオマエ!先行きすぎなんだよ!コッチはテント背負ってんだぞ!」
「だから、その荷物は俺が持つと言っただろう」男が立ち止まって振り返る。
病み上がりに持たせられるかよ!悪態をつきながら追いつく。
「……しかし、アレだなァ」
「なんだ」
「“オマエ”呼びしかできねえのは、不便だな」
「そうか?」
「そうだよ。だから、オレが名付けてやる。えーと……どんなのが良いかな」
名案は浮かばないまま、砂漠を歩き続ける。
汗を拭って恨めしく太陽を睨むが、もちろんそれで何の変化があるわけでもなかった。
ふざけた太陽。太陽か。なるほど。
「なあ、閃いたぜ」
「何がだ?」
「オマエの名前さ」
オレは真上にある太陽を指差す。
「炎天下の砂漠で、オレはオマエを拾った。だから、『ボーン・アンダー・ザ・サン』」
「長くないか?君がいいなら構わないが……それで俺を呼ぶのか?」
「それもそうだな。じゃあこうしよう。ボーン・アンダー・ザ・サン。略して『ボン=サン』!」
「ふむ……」
「どーだ?」
「君の好きにすればいい。ただ……濁点があるのは、嫌いではないような気がする」
「じゃ、決まりだな!今日からしばらく、オマエはボンサンだ!」
オレが付けた名前は、気に入って貰えたようだ。そうなると、あのギラつく太陽について、多少は好意的に思えるような気がした。
*
ナインティナイン村までの行程のうち半分を過ぎると、ちらほらと緑が見え始めるようになってくる。
「中継地が近い。小さな町があるのさ。オレのとこよりは大きいけどな」
「君の村っていうのは、どういうところなんだ?」
「物好きな男が、親無し子たちを拾って育てたのが始まりでね。核戦争の戦災孤児をさ。孤児院みたいなもんだよな。村とか集落ってより」
核戦争。核というものが何なのか俺はよく知らない。兵器なのかもしれない。描くというくらいだから、もしかすると芸術だったのかもしれない。
「……ま、つまんねえところだよ。人も来ないしさ。だからボンサン、
中継地でオマエは別れたほうがいいかもしれん。刺激が無さすぎて記憶も戻らんだろ」
「そうかもしれないな」
「寂しいか?」
「名残惜しくはあるな」無表情でそう言う。
「ハハッ。けっこー素直なヤツだな、オマエ」
……中継地の村が遠目で見れるような距離になって、オレは違和感に気付いた。
「どうかしたのか?」
「ああ。あそこはオアシスに隣接してる村だ。木々があるのが分かると思うけど、涼しくなってきたろ?」
「そうだな」
「オアシスの水が蒸発するときに熱を持ってくんだ。本来、砂漠の日の下の環境は
そうそう人が活動できるもんでもないが、このあたりの夕方ならそんなこともない」
早朝と夕方が一番過ごしやすい時間帯で、この時間なら、外で農作業をする人たちの姿がチラつくもんなんだ。
遠すぎて見えにくいだけかもしれないが、何か様子がおかしいような――
「エドゾー。すこし静かにしてくれ」ボンサンがそう言うので、俺は口を閉じた。
眼をつぶり、何か音を聞こうとしているようだった。そして十秒くらいして、ふたたび目を開いた。
「何か聞こえたのか?」
ああ、とボンサンは頷いた。オレも真似して耳をそばだててみたが、何も聞こえなかった。共に数日歩いてわかったが、コイツは時折、妙な能力を見せるときがあった。
「怒号と――悲鳴のようなもの。それと鳴き声」
「鳴き声?」
「“ヒャッハーー!!”という声だ」
「砂賊だ」オレは顔をしかめた。
「砂賊?」
砂賊。それは砂漠ゴリラと並んで、この砂漠で最も危険なモンスターの一つだ。
一様にニワトリの冠のような髪形をしており、集団で行動して村を焼く。
タチが悪いのは、手を出さなければ危険のないゴリラと違い、能動的に人を襲う習性があるのだ。
……今回の出稼ぎは、ボンサンのこともあったし、面倒がちょっと多すぎる。仕事自体は楽だったんだけどなあ。
あの村が潰されるのはオレの遠征ルートにも関わる。
正直あまりやりあいたくはないが、そもそも水の補給のためにあの町には寄らなくてはならない。
怒号が聞こえるということなら、襲撃はまだ完了してはいない。
占拠される前にオレが来れたのは幸運かもしれない。自警団とやりあってる最中なら横槍も入れやすいだろう。
「もっと近づいて様子を見て、作戦を立てるか。自警団があの町にはあったはずで、
それでも襲いに来るって事は相当な戦力を持ってるつーこと――オイ待て、ボンサン!?」
――あのヤロウ、オレの話も聞かねえで駆け出しやがった!
ヤツが走るのは初めて見たが、とんでもない早さだ。ほとんど砂嵐と区別もつかない。
「全速でもこりゃ追いつかねえだろうけど……udyr、オレたちも走るぞ!」
「ウッホ!」Udyrが答えた。ヤツの気合は充分のようだった。しかし荷物が多いのでその脚は遅かった。置いて行った。
*
町の広場において、身の丈六メートルもあろうかという、
砂漠ボスゴリラと見まがうばかりの巨体の砂賊が、自警団のリーダーとおぼしき一般中年男性を片手で握り潰していた。
あたりには幾つかのまばらな死体。口に手を当てて震える婦人たち。母にしがみつく子ども。
そして、意地の悪いニタニタ笑いを浮かべる一般モヒカン砂賊たち。
「ぐぐっ……は……離せ……!」
「ン~?家族を守るだとかァ 息巻いとったワリにこの程度か~~~?」
ゴリラ砂賊はその指先で男性の顔をべし!べし!と弾く。
それだけで、その度にあたりに鮮血が撒かれていく。
「このワシの顔にィ 傷を一つでも付けられたらァ この町は見逃してやる
ってチャンスを与えてやったのになァ~~~
脚にすらも付いておらんではないか~~~~アン~~~?」
べし、べし、べし……弾かれるたび、男性は僅かなうめき声を漏らしていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
「死におったか!つまらんなあ~~~~!」
ブチブチブチ!ゴリラ賊は動かなくなった男の首をつまみ、身体からそれを引きちぎり、投げ捨てた。
離れた頭部には、胃と肺の一部が離れずにくっついていた。
なんという、"残虐""。
そして、なんという""""非道"""""だろうか。
この恐ろしい光景を目にする人々は、砂賊を除いて誰しもが失禁していた。
いや、実際のところ、砂賊たちですら、その八割は失禁せざるを得なかったのだ。
「他にこのワシに!ファイブスター旅団のヘラクレス様にィ!勝負を挑む者はおらんのかァ!?
おらんならば 貴様らは全員 皆殺しじゃ~~~~~い!!!!!」
……もちろん、誰もこのゴリ賊に挑もうとする勇士は現れない。
ただ一人の老女が、震えながら口を開くばかりだった。
「なぜ……なぜこのようなむごいことをなさるのですか。
私たちがいったい、何をしたというのですか!?」この老女は、先ほど殺された男の母親であった。
「何をした だァ~~~~????」ゴリ賊はその巨体をかがめ、老女の顔にツバを吐きかけた。
「オアシスを貴様らだけで占有しているっつうだけで、殺されて乗っ取られる理由は充分であろうがァ!??
この肉体!この力は『ナインヘッズ』がひとり!
実験者ガーシロスさまに選ばれし証!!
この重暴力を以ってェ 気に入らぬ連中を片っ端から――――ングッ!!?」
突然、ゴ賊の顔が歪んだ。
ボウガンの矢が、頬に僅かに突き刺さっていたのだ。
「はーッ はーッ き、傷を あなたの顔に傷をつけました 約束どおり はーッ
ぼくらの町から出て行ってください!!」
ターバンを巻いた少年が、勇気ある一射を放ったのだ。「約束ゥ~~~~!?」
ゴ賊は矢を引き抜き、その笑顔に僅かな怒りを滲ませていた。
「不意打ちは無効にィ 決まっとるだろうがァ!キサマのように礼儀のなっとらんガキはァ
“見せしめ”にしてやるしかないのぉ~~~~!」
「そ…… そんな!!」
地鳴りをあげてゴ賊が少年に近づく。それを助けるものは誰ひとり存在してはいなかった。
――いや。一人だけ、いた。
この非道を見てもなお、失禁をしないだけの勇気を持った男が。
「待て」
「ンン?」
ボン=サン、そう名付けられた線の細い男は広場に登場すると、ゆっくりと、そして堂々とゴ賊に近づき、その巨体を見上げた。
「その勝負は、俺が受ける」
「ほォ~~~~~~う?」ボンサンを視認すると、
ゴ賊の顔はまたいやらしい笑いを浮かべるのであった。「キサマ、この町の者ではないな?」
「問題があるか?」
「いいだろう!キサマごとき小兵が、わざわざワシに喧嘩を売りにきた度胸に免じてェ
“チャンス”をくれてやる」
「ありがとう」
「フン!いつでも良いぞ やってみろ そもそも銃も弓も無く、ワシの顔に届くとは思えんがな~!」
「届くさ」その瞬間、ボンサンの像が“ブレ”て、消えた。
「!?」
……そして、たん、という音を立てて、元の場所に着地した。
――跳んだのだ。六メートルの高さを。
「ほう ほう……それで それがどうした?
たしかに風がピュッ と吹いたような気はしたがなァ~~~?」ゴ賊はしかし、余裕のままであった。
「どうもしていないさ」事実、何も起こっていないのだ。「だが――傷は付いたはずだぜ」
その言葉に、ムッとしてゴ賊はその顔を撫でる。
しかし。
傷は、付いていなかった。
……説明しよう。ボン=サンは確かに跳躍した。そして、その腕を賊へ向けて振るい、頬を掠めた。
しかし、“僅かに”足りなかったのだ。そう、僅かに――短剣一本分だけ、足りなかった。
その拳は音速を超えていた。
それでも、実験者によって強化された皮膚に傷を付けるには、風圧だけでは足りるはずもなかった。
「何――?」
「ハ、ハ、ハ!一瞬 キサマが消えたときは少々驚いたがア
ただ跳ぶだけでは大道芸としか言えんなあ!」砂賊たちが一斉に嘲笑する。
「……だったら!」
「おっとォ 二度連続でターンはやれんな 次は ワシの番だ そうだろォ??」
ゴ賊の顔が、残虐に歪んだ。
*
「……フゥ~~ちょこまか逃げおって。しかし捕まえたぞ。
キサマはどうやって殺してやろうかのう!さきほどと同じじゃあ、面白みもないからなア!」
オレが町に到着したとき、ボンサンは既にあの巨大な砂賊にその体を掴まれていた。
――ヘマしやがったか、アイツ。
オレはまだ気づかれてもいない。物陰から奴らの構成を確認していた。視認できる限り、20人程度。『変異体』はあの巨体だけで、あとは一般的な砂賊たちのようだった。
なら、頭を潰せばあとは散り散りになるか。
「(問題は、どうやるかだ)」あの砂賊、遠目で見た限りでも、ただの図体バカじゃない。
視認も難しいほどの高速で跳び、加速して撹乱するボンサンの動きを全ていなしていた。
オレはあの速度で動くこともできないし、正面から戦いを挑みたくはない。
一番の問題はあの大きさと頑強性だ。
身体へのダメージはほぼ通らない。ヤツ本人の言うとおり、顔面を狙うしかない。
しかし、そうなると高さが邪魔してくる。
高度というのは、強さだ。敵の高度があればあるほど、オレの接近判定は難易度が上がる。
……時間もない。ボンサンが殺られる前に、ヤツをぶちのめすしかない。
気付かれずに、そして充分に接近して、一撃で急所を貫くアンブッシュ・ガンクを。
「よし 面白いショーを思いついたぞォ ターバンのガキ!」
ボンサンをいたぶっていたゴ賊が、先ほどボウガンを撃った少年を呼んだ。
「は はい……」
「この男を殺せ」どさり、と、ボンサンの体が少年の眼前に無造作に置かれた。
「そ そんな 僕らを助けてくれようとした人ですよ!殺せるわけないじゃないですか!」
「キサマがコイツを殺すのならばァ~~ この村を助けてやるのを 考えても良いぞ?」
「そんなの!また約束が破られるだけじゃないか!」
「調子に乗るなよガキ だったら、今すぐキサマとキサマらを、全員噛み砕いてやってもいいんだぞ」
ゴ賊が身を乗り出し、少年の目の前で巨大な歯を鳴らした。
「……ッ」
「フン、決まりだな!誰か!このガキにナイフを握らせろ!」イエスハー!砂賊の一人がその得物を子どものそばに投げた。
「お、お兄さん……」
「……」
ボンサンは動かない。ただ空を見ていた。夕日はオレンジ色で、その日差しは柔らかかった。
その男には、似つかわしくないものだ。この場所で?こんなところで?
*
「「殺せ!!」「殺せ!!」」「「殺せ!!」「殺せ!!」」
悪趣味なコールに手拍子が混ざって、砂賊たちの下品な煽りが辺りに響く。
不快でしかたないが、オレにとってはこのタイミングが唯一の、そして最後のチャンスだった。
この音量の中ならば、多少デカい音を立てても気付かれることはない。
広場に隣接している家屋。その屋根に鉤付きロープをぶん投げて、壁を一気に駆け登る。
「「殺せ!!」「殺せ!!」」「「殺せ!!」「殺せ!!」」
砂の風がこの高さでも届く。オレはツバを吐き、屋根に伏せて奴らの様子をうかがう。
巨人はオレにその背を向けていた。
この屋根の高さは丁度ヤツの頭とくらい、距離は20メートル……それ以上ある。
この距離の幅跳びはしたことがない。届くのか?届いたとして、着地はどうする?
だとしても、これ以上の選択肢はここには無かった。
ジジイの“技”が通用する事を祈るしかない。
『フェニックス・スタンス』。炎の闘気を肉体に纏わせ、僅かにムーヴメント・スピードにバフを得る『型』。
……その時、地鳴りが起こった。痺れを切らした巨人が、その拳で地面を殴り威嚇したのだ。
「早くせんかッッ このクソガキがッッッッッッ!!!!!!!」
「ヒッ……わ……わかりました」少年がついにナイフを拾い、握った。
時間が無い。もう行くしかない。幸い、今あの巨人の頭は下がってる。
『ベア・スタンス』。熊のごとき強靭な脚力により衝撃能力を付与し、ムーヴメント・スピードに大きなバフを得る『型』。
屋根の先から距離を取る。助走をつけ、『ベア・スタンス』によるMSバフが最高に達したタイミングで、オレは跳んだ。
「「殺せ!!」「殺せ!!」」「「殺せ!!」「殺せ!!」」
「さあ、早く殺れ!」
「ごめんなさい……!ごめんなさい、お兄さん!!うわあああああああああああ!!」
少年が目を瞑り、ボンサンの胸へと切っ先を向ける。
しかし、もちろん、――オレは間に合った。そして、
「届いたッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
『ベア・スタンス』によって強化された右脚が巨人の後頭部に入り、そのままその巨体はゆっくり倒れていく。
完全に決まった――しかし、倒れていく?ということは。
「ボンサン!!」やっちまった。押し潰される!
――なんてこった。針の穴を通したと思ったのに、コレはオレの手落ちだ。
歯軋りをして下を見る。だが、ボンサンは既にそこにいなかった。ターバンの少年がヤツを抱えて逃げてくれていた。
巨人が倒れこむ。地面が揺れ、オレが足場にした家屋はその衝撃で倒壊したようだった。
一般砂賊がクッションになり、オレの着地も成功した。足は痛む。しかし休むわけにはいかない。
「キ……キサマ~~~~~~!!!」巨人が手をつけて体を起こそうとする。
まだ地面に急所がある間に接近判定を成功しなければならない。呆気に取られている砂賊たちが正気になる前に、趨勢を決しなければならない。
「『タイガー・スタンス』!」手刀に虎の力を込め、巨人の眼球を貫く。そして『フェニックス・スタンス』その腕に炎を纏わせ、脳を内側から焼灼する。
これがジジイの、最大バーストコンボだった。
「ヘッ!いま秘孔の一つ、死ぬ秘孔を突いたぞ!!お前は死ぬ!!」
「おろろろろろろろ!!!!」脳組織を破壊された巨人はゲロを吐き散らしだし、勝利を確信したオレは、それを被らないように退避した。
頭が倒された事で、砂賊たちは散り散りになって逃げていった。
「ボンサン!」ヤツに駆け寄る。少年が倒れたボンサンを心配そうにみていた。
「エドゾー。……すまない。また、助けられたな」意識はあるみたいだった。
「バカ野郎。強くもねぇのに、無茶しやがってよ」
「強くない、か」一人ごちるように言う。「そうだな。俺は、――……俺は、弱い」その吐き出した言葉には、失望のようなものが含まれていた。
「いいか。二度と、こんなバカなことするんじゃねえぞ」
「あっあの!」そばに居た少年が口を挟む。
「ン?何だよ、ガキ」
「バカなコトなんていうのは、言いすぎだと思います。きっとこのお兄さんがいなかったら、あなたが間に合うこともなく、きっと僕たちは、みんな殺されていた」
……確かに。あの『ショー』のおかげで、オレが準備する時間が整ったのだ。
「だから――だから、僕は、お二人に、すごく感謝しています。本当に――ほんとうにありがとうございました」
「“義を見てせざるは、一生の恥”……か」ジジイが言っていた言葉を思い出す。「悪かった。オマエは確かに、筋を通したんだ。ボンサン、立てるか?」
「いや。手を貸してくれ。」
「ああ」ボンサンの手を握る。その手は、印象よりもずっと大きく、なにより硬い、男性の手だった。
大切なものを、己が縋る拠り所をずっと、握り締めてきたかのような。
「……エドゾー、どうした。もういいぞ。手を離してくれて」立ち上がったボンサンがいう。
「ああ、悪い。……ところでさ、ボンサン」
「どうした?」
「オマエ、やっぱオレと一緒に来いよ。人手も欲しかったし――ほっとけねえよ。オマエみたいなヤツはさ」
「……そうだな」ボンサンが顔をあげ、沈もうとしている夕陽を見あげた。
それが放つ光は柔らかく、砂漠には珍しいものだった。
「今となっては、きっと、それも悪くないんだろう。ありがとう、エドゾー」そのボンサンの微笑みに、なぜか、どことなく哀しい印象を、オレは抱いたのだった。
俺は一人でも『ハードラックダガーB』の二次会をすると宣言します。




