第99話 レオポルドの問い
中庭の煮沸は、続いていた。
赤腹病は下町で収まりつつあった。夏の盛りが過ぎて、雨が一度降った。降って、乾いた溝が溢れた。溢れたが、東三番通りと西区の洗濯屋の裏には、木の札が立っていた。鍋と湯気の絵。樽の、沸かした水。
中庭には毎日、鍋が五つ。学生が四人か五人。アンナ。私。エルフィーナ。時々バルド。そして、いつもレオポルドがいた。
彼は誰とも話さなかった。鍋の前に立ち、風の炎で水を沸かし、沸いたら樽に移し、次の鍋に移る。それだけを黙って繰り返した。順位は四位に戻っていた。三位を睨むのは、やめたらしい。
その日の夕方だった。鍋を片付けているとき、彼が私の隣に来た。
「……一つ、聞く」
彼は鍋を見たまま言った。
「なぜ、お前は、勝っても嬉しそうじゃない」
私は鍋を置いた。鉄の底が石畳に当たって、低い音を立てた。
「決闘で引き分けた。順位表で二位になった。魔法士で同点首席になった。……俺なら、そのどれか一つでも、三日は笑って過ごす。お前はどれも、次の日には鍋を沸かしていた。……なぜだ」
私は少し考えて、答えた。
「……勝ったんじゃなくて、解けたんです」
「解けた?」
「決闘は風の問題でした。順位表は空気の問題で。魔法士の実技は、熱の伝わり方の問題で。……問題が解けた。解けたら、次の問題が見える。次の問題が見えたら、解きたくなる。……それだけです」
レオポルドは鍋を見ていた。湯気はもう立っていなかった。
「……お前は、俺を負かしたと思っていないのか」
「思っていません。……あなたの火球は、四発ともまっすぐでした。風がなければ、四発とも当たっていました。……風は俺の問題で、あなたの問題ではなかった」
彼は長いあいだ黙っていた。
「……父は、俺が四発外したと言った」
「風が外させました」
「父は、風を見ていない」
「……はい。バルドさんから、聞きました」
彼は鍋の縁を指でなぞった。真新しい鍋の縁は、もう煤で黒くなっていた。
「……アシュベリーの家は、魔導会計士を三代出している。俺もそれになる。魔法士C級は、そのための通過点だ。会計士に火球は要らん。……要らんのに、俺は四発外したことを、一か月考えていた」
「……なぜ、ですか」
彼は初めて私を見た。青くも赤くもない、普通の目で。
「……お前が、『解けた』と言うからだ」
彼は鍋を持ち上げた。
「俺は勝ちたかった。お前は解きたかった。……同じ場所に立って、違うものを見ていた。それが気に入らん」
六度目の「気に入らん」だったが、それはエルフィーナのものではなかった。
「……明日も来る。鍋を沸かしに」
彼は鍋を抱えて東棟へ戻っていった。絹の上着ではなく、革の胴着のままで。




