第94話 熱伝導率と対流
私はしゃがんだ。
鉄の台の下を覗いた。台は四本の脚で床から浮いている。台の下に手のひらが入る隙間があった。私はそこに手を入れた。
試験場が静かになった。それから、ざわめきが戻った。「何をしている」「台の下?」「氷は上だぞ」。
試験官が眉を寄せた。
「レオン。課題は氷塊を炎で溶かすことだ。……台を溶かすのではない」
「はい。氷を溶かします。……台を通して」
私は詠唱した。火の言葉。それから風の一語。手のひらに風の炎。蝋燭を煙突で立てた、あの炎だ。消費魔力一で、二十秒持つ炎。
炎が、鉄の台の裏側に触れた。
鉄は熱を通す。前世の、第二種電気工事士の教本に書いてあった。金属の熱伝導率は空気の数百倍。
鉄の台は炎の熱を上へ運んだ。台の表面が温まる。氷の底は台に触れている。触れている面から、氷が溶けた。
底から溶ける。
溶けた水は氷の下に溜まった。溜まった水は台の熱を受ける。水は空気より熱をよく通す。二十倍。温まった水は上へ昇り、氷の側面を伝う。冷えた水は下へ降りて、また台に触れて温まる。
対流だ。
氷は下から水の流れに包まれて溶けていった。上からの炎で表面の水が蒸気になって逃げるのとは違う。水は逃げない。受け皿に溜まる。溜まった水が、氷を溶かし続ける。
六十秒。氷は半分になっていた。
試験官が測定器を見た。二度、見た。
九十秒。氷は拳の半分ほどになっていた。輪郭が丸く、角が消えていた。
百二十秒。
鐘が鳴った。私は炎を消して立ち上がり、台の上を見た。
氷はなかった。受け皿に水があった。全量。
「……消費魔力」
試験官が測定器を読んだ。読んで、目をこすった。それからもう一度読んだ。
「……二」
試験場がしんと静まった。ざわめきすら起きなかった。
全量を、二で。エルフィーナの五の、半分以下。三千年出なかった満点に、一足りない数字。
「……台を、通したのか」
試験官が言った。私は頷いた。
「氷は、上からの炎に対しては、水に守られます。……下からなら、その水が味方になります。鉄は熱を通します。水も通します。空気は通しません。……だから、空気に炎を当てるより、鉄と水に当てたほうが、氷に熱が届きます」
「……教本には」
「載っていません」
試験官は測定器をもう一度見た。それから記録板に書いた。
「全量。消費魔力、二。……備考、『台の下から、加熱』」
私は席に戻った。戻る途中、エルフィーナの席の横を通った。彼女は私を見ていた。緑の目が、いつもより大きかった。
「……鉄を使うのは、規定違反ではないのか」
彼女が小声で言った。
「規定は『炎で溶かせ』です。……炎で溶かしました。鉄は道具です。それに、台は資格院が置いたものです」
彼女はしばらく私を見て、それから前を向いた。
「……気に入らん」
四度目だった。四度目の「気に入らん」は、笑っていた。




