第93話 氷塊を溶かせ
魔法士C級の試験は、資格院の試験場で行われた。
学院の実技場ではない。上町の、白い塔の隣に建つ石造りの建物だ。国家試験である。受験者は学院の一年生二十二名と、他の予備校から来た百人ほど。
受付にはヘルガがいた。彼女は私の受験票を検めた。学院が受験料を納めている。一万五千G。私が一度も触れたことのない額が、私の名前の横に書いてあった。
「……今回は、一つか」
彼女は帳簿に書きながら言った。羽根ペンの先が、紙を擦る音を立てた。
「はい。今回は、一つです」
「ブレナで、お前は三つと言った」
「……次の試験期に、まとめて受けます」
ヘルガは口の端で笑って、次の受験者を呼んだ。
筆記は午前だった。範囲は学院の教本。私は三か月、それを麦粥の湯気の中で読んだ。
範囲の外にも答えを書いた。魔導理論学士の論文の三角形を。減点はされない。ヘルガの二十年分の答案が、それを教えてくれた。
実技は午後だった。
試験場の石の床に、鉄の台が二十並んでいた。台の上に氷。拳二つ分の、透明な塊だ。近づくと、顔のあたりの空気が冷えているのが分かった。
「課題は『氷塊を、炎で溶かせ』。制限、百二十秒。評価は溶解量と消費魔力。……溶解量は台の受け皿の水の量で測る。消費魔力は測定器で測る」
試験官は資格院の魔法士だった。学院の教官ではない。彼は教本の言い方で課題を読み上げた。読み上げ慣れた抑揚だった。
「なお、評価には上限がある。溶解量の上限は氷塊の全量。消費魔力の下限は一。……つまり、全量を魔力一で溶かせば満点だ。三千年、満点は出ていない」
三千年。
受験者が順に台の前へ立った。予備校の受験者。学院の貴族席。彼らは氷の上から炎を当てた。大きな炎だ。氷の表面が溶け、水が流れ、受け皿に溜まる。
だが、氷は溶けた水に守られていた。表面を覆った水が炎の熱を受け止めて、蒸気になって逃げていく。白い湯気が天井へ昇るばかりで、氷は芯を残した。百二十秒で、氷の三分の一。消費魔力、二十。三十。
「――エルフィーナ・ティルナ」
彼女は台の前に立った。手のひらに炎。彼女の枝の術式。根元に空気の道。
炎は細く、白く、そして氷の上ではなく、氷の横から当たった。
横から。
氷の側面を炎が舐める。溶けた水は側面を流れ落ちて、留まらない。水の膜が薄い。薄いから熱が通る。彼女は空気の道で炎の熱を無駄なく氷へ届けていた。
百二十秒。氷は消えていた。全量。
「……消費魔力、五」
試験場がざわめいた。全量を五で。三千年の記録が、おそらく今、更新された。
「――レオン・シラハネ」
私は台の前に立った。氷を見た。拳二つ分。透明。表面がうっすら汗をかいている。
私は、炎を氷に向けなかった。




