第91話 エルフィーナ、弁当を食べる
翌日、図書館の禁書棚の前で、エルフィーナは動かなくなった。
三日続けて、彼女はあの本を読んでいた。「精霊は人の挑戦の熱で動く」の、その先を。
彼女が単語を嵌め、私が骨を拾う。彼女の魔力は九十五あるが、古代語を読むのに魔力は要らない。要るのは集中だった。この三日、彼女はほとんど寝ていない。目の下に、エルフでも影ができるのだと知った。
「……エルフィーナ。休んでください」
「まだだ。……あと、五枚」
彼女の手が羊皮紙の上で止まった。止まって、動かなかった。
「……魔力が」
彼女は自分の手を見た。指を開いて、閉じた。
「減っている。……何も使っていないのに」
図鑑を向けた。魔力、九十五のうち十二。
この三日、彼女は何度も精霊に問いかけていた。指先で空を撫でて、精霊が答えるかどうかを確かめるために。精霊への問いかけにも魔力は要る。一回ごとに、わずかに。
「……精霊が、答えない」
彼女は小さく言った。
「森では答えた。指を撫でれば来た。……ここでは来ない。来ても遅い。弱い。……根の脈が、ここまで届いていない」
私は懐から包みを出した。ミラの弁当だ。今朝の分を、まだ食べていなかった。
「……食べてください」
「何だ、これは」
「麦粥です。下町の」
彼女は包みを見た。エルフは麦を食べない。果実と蜂蜜と木の実。図鑑にそう書いてある。
それでも彼女は包みを開けた。麦粥。豆。魔物肉の切れ端。
「……魔物の、肉か」
「毒は抜いてあります。女将さんが」
「エルフは魔物を食わん」
言いながら、彼女は匙を取った。取って、一口食べた。
二口。
三口目で、彼女の手が止まった。
匙が、椀の縁に当たって小さな音を立てた。
「……魔力が」
「戻りましたか」
「戻った。全部。……九十五」
彼女は椀を見下ろした。麦粥。豆。切れ端。何の変わったところもない、下町の昼飯だった。
「……何を入れた」
「麦と、豆と、塩と、切れ端。……それだけです。俺も三か月、毎日食べて、毎日三口で全快します。理由は、分かりません」
「分からないものを食わせたのか」
「……はい」
彼女はしばらく私を睨んだ。睨んで、それから四口目を食べた。
「……誰が作った」
「ミラです。食堂の。……門の前に、毎朝来ています」
「あの娘か」
彼女の指先が空を撫でた。精霊への問いかけ。三日、答えなかった精霊への。
答えは来なかった。
だが、彼女の指が止まった。止まって、しばらく宙にあった。何かを待つように。あるいは、何かが通り過ぎた跡をなぞるように。
「……今、何か、が」
彼女はそれ以上言わなかった。言えなかったのかもしれない。
椀を空にして、包みを私に返した。
「……明日、門に行く。あの娘を見る」




