↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第四章「古代エルフ語と、決裂の予感」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/158

第89話 司書グリムヒルド


 私は、その書き込みを指で隠した。


 隠したのは反射だった。エルフィーナに見せてはいけない、という判断は後から来た。

 彼女はこの文字を読めない。読めないが、「読めない文字がある」ことには気づく。気づけば聞く。誰が書いた。何と書いてある。お前はなぜ読める。


 答えられない。まだ。


「……署名は、ありません」


 私は言った。嘘ではなかった。署名ではなかった。書き込みだった。


「そうか」


 エルフィーナはそれ以上聞かなかった。彼女の頭はまだ、「精霊は人の挑戦の熱で動く」の一行に留まっていた。羊皮紙の同じ場所を、さっきから何度も指でなぞっている。


 私たちは本を書架に戻し、柵を出た。

 グリムヒルドが柵の脇の小さな机に座っていた。机の高さが彼女の背丈に合わせて切り下げられていて、脚の切り口がまだ新しかった。彼女は私の顔を見た。


「……何か、見つけたね」


 私は答えなかった。彼女は答えを待たなかった。


「この棚の本は、千二百年前に学院の創設者が集めたことになってる。……嘘だ」


 彼女は灰色の髭を撫でた。皺だらけの指に、古い火傷の跡がいくつもあった。


「創設者が集めたのは五十冊だ。残りの五十冊は、五百年前に一人の人間が持ち込んだ。エルフの森から写して。……人間がエルフの森で、二千年前の本を写せるものかね。私は二百年、それを考えてる」


 五百年前。一人の人間。


「……その人は、何という名前ですか」

「名は記録にない。記録には『上町の下水を作った男』とだけ。……ドワーフの工匠評議会が、彼を認めた。石の積み方がドワーフのものだったからだ。人間にあんな石は積めん」


 彼女は机の上の古い帳面を開いた。ドワーフ語だった。角の多い、刻むような文字で、私には読めない。


「私はその頃、グラムハイムにいた。まだ若かった。……鍛冶の親方になりたかった。女のドワーフは親方になれん。評議会が認めん。机の資格なら、人間の資格院で取れる。だが、ドワーフの資格は机では取れん。手で取る。手で取る資格を、女には受けさせん」


 彼女は帳面を閉じた。閉じる音が、吹き抜けに小さく響いた。


「それでグラムハイムを出た。二百年前だ。……あの人間が下水を作った、百年後だ。彼の石を見に来た。見て、ここに留まった。石はいい仕事だった。だが、下町には届いていなかった」


 彼女は私を見上げた。


「お前、下水清掃士だね。ヘルガが言ってた。……あの下水口の字を、見たか」


 私は頷いた。


「読めたか」


 私は答えなかった。彼女はまた、答えを待たなかった。


「……机では取れん資格がある。手で取る資格だ。ドワーフはそれを誇りにしてる。誇りにしすぎて、女には受けさせん。人間は机の資格を誇りにしすぎて、手を忘れた。……エルフは単語を覚えすぎて、骨を忘れた」


 彼女は柵に鍵をかけた。腰の鍵束が鳴った。


「お前は、どれだ」


 私は少し考えて、答えた。


「……全部、取りたいと思っています」


 グリムヒルドは鼻を鳴らした。それがドワーフの笑い方だと、私は後で知った。ガルムの笑いともバルドの笑いとも、音の鳴る場所が違った。


「机も、手も、単語も、骨も、全部か。……欲張りだね。……五百年前のあの男は、そうじゃなかった。あの男は、最強を取りに行った」


 彼女は机に戻って、腰を下ろした。


「取りに行って、帰ってこなかった。下水は上町で止まった。……お前は、止めるな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。