第76話 上昇気流の術式
検定の日は、暑かった。
初夏。実技場の、高い窓から、白い光が、差した。二十二名。一人ずつ、前に出て、手のひらに、炎を、灯す。試験官は、ヴィルヘルムと、若い教官。砂時計と、記録板。
貴族席から、順に。
レオポルドは、来ていた。決闘から、二週間。彼は、講堂に、戻っていた。誰とも、話さなかった。順位表は、五位に、落ちていた。彼の炎は、百九十秒、持った。合格。彼は、席に戻るとき、私を、見なかった。
平民席。
「――アンナ・ヴェルト」
アンナが、前に出た。手のひらに、蝋燭。貴族席は、四十秒を、予想していた。彼女の魔力は、四だと、誰もが、知っていた。
彼女の炎は、細く、まっすぐに、立った。
四十秒。六十秒。九十秒。貴族席の、ざわめきが、止まった。百秒。百十秒。
百二十秒。
「……合格水準、到達」
若い教官が、記録板に、書いた。書く手が、少し、止まった。
百四十秒で、彼女の炎は、消えた。魔力四で、百四十秒。教本の計算では、四十秒のはずの炎が。
アンナは、手のひらを、見た。見て、席に戻った。戻る途中で、足が、少し、もつれた。私は、袖を、掴んで、支えた。彼女は、何も言わなかった。言えなかったのだと、思う。
「――レオン・シラハネ」
私は、前に出た。
手のひらに、蝋燭。風の筒。炎が、立った。細く。まっすぐに。
六十秒。魔力、九。
百二十秒。魔力、七。
合格水準。だが、私は、止めなかった。止める規定は、なかった。教本は、「長いほど良い」と言っている。
百八十秒。魔力、五。二百四十秒。魔力、三。
三百秒。
若い教官が、砂時計を、見た。砂時計は、三分計だった。彼は、二度、返していた。三度目を、返しかけて、手を、止めた。
「……教授。何分まで、測ります」
「規定に、上限はない」
「砂時計が、三分計しか」
ヴィルヘルムは、私の炎を、見ていた。細く、まっすぐに、立つ炎を。彼は、砂時計を、教官から、取り上げた。取り上げて、机に、置いた。
「――測るな。見ろ」
実技場の、二十二名が、私の炎を、見た。
四百秒。魔力、二。
私は、炎を、見ていた。炎の、根元を。風の筒の中で、揺れずに、燃えている、蝋燭を。この炎は、私の魔力で、燃えている。だが、揺れない分、無駄に燃えない。無駄に燃えない分、長く、燃える。
それだけのことだった。魔力を、増やしたわけではない。空気を、整えただけだ。
四百八十秒。魔力、一。
炎が、細くなった。細くなって、最後に、一度、揺れて、消えた。
実技場に、風の音だけが、あった。
「――四百八十秒」
ヴィルヘルムが、言った。彼は、砂時計を、見ていなかった。自分の、心臓で、数えていたらしい。
「魔力十一で、四百八十秒。……教本の計算では、九十秒だ」
彼は、記録板に、自分で、書いた。若い教官から、羽根ペンを取って。
「合格。……備考、『術式、教本外。維持時間、学院記録』」
貴族席が、ざわめいた。「記録?」「学院記録って、何年の」「魔力十一で?」。
レオポルドが、立ち上がった。
貴族席が、一瞬、身構えた。だが、彼は、何も、言わなかった。ただ、立ち上がり、私を、見た。青くない、赤くない、普通の目で。見て、また、座った。
私は、席に戻った。手のひらが、熱かった。




