第75話 初級魔法士の課題
「炎を、一定時間、維持せよ」
ヴィルヘルムは、教本の、その一行を、読んだ。読んで、教本を、閉じた。
「初級魔法士D級の実技は、これだけだ。手のひらに炎を灯し、消さずに、維持する。時間は、長いほど良い。合格の目安は、百二十秒。……教本は、こう言っている。『魔力を、注ぎ続けろ』」
講堂の、貴族席が、頷いた。単純な、試験だった。魔力が多ければ、長く、注げる。魔力二十六のレオポルドなら、二百秒。魔力九十五のエルフィーナなら、一刻でも。
「魔力の少ない者には、辛い試験だ」
ヴィルヘルムは、後ろの席を、見た。私と、アンナを。
「だが、これは、学院内検定だ。落ちても、退学にはならん。……ただし、初級魔法士D級がなければ、魔法士C級の受験資格は、ない。落ちれば、来年、もう一度だ」
来年。特待生は、三年。一年を、初級で、使い直す。
その夜、実技場で、私は、蝋燭を、灯した。灯して、そのまま、待った。魔力を、注ぎ続ける。教本の、言い方で。
三十秒。四十秒。魔力が、減る。十一。九。七。六十秒。五。四。八十秒。三。
九十秒で、炎が、消えた。
魔力、一。百二十秒に、三十秒、足りなかった。
アンナは、四十秒だった。
「……無理です。四十秒。……三分の一しか」
彼女は、手のひらを、見ていた。魔力四。四十秒。一秒に、魔力〇・一。教本の、言い方で、やる限り、それは、変わらない。
エルフィーナは、隅で、見ていた。彼女は、この試験を、受けない。上級魔法士B級を、すでに、持っている。エルフの、古樹院の資格を。人間の、初級魔法士は、彼女にとって、幼児の遊びだった。
「……三角形で、考えろ」
彼女が、言った。
「お前の三角形で、この試験は、どう見える」
私は、床の、三角形を、見た。可燃物。酸素。熱。魔力は、可燃物と、熱。空気は、酸素。
(……維持、か)
炎を、維持する。消えないように。消える理由は、三つのうち、一つが、欠けること。魔力が、尽きる。それが、教本の、消え方だ。だが――
(炎は、なぜ、魔力を、使うんだ)
私は、蝋燭を、もう一度、灯した。今度は、炎の、根元を、見た。炎は、揺れていた。揺れるたびに、少し、大きくなり、小さくなり、大きくなる。大きくなるとき、魔力が、多く、減る。小さくなるとき、少なく。
(炎が、無駄に、燃えている。……揺れる分だけ、余計に)
炎を、揺らさない。揺れなければ、燃える量は、一定になる。一定になれば――
「エルフィーナ。風の陣を、逆に、使えますか」
「逆?」
「炎を、大きくするんじゃなくて、炎を、安定させるために。……炎の周りに、風の、筒を作る。上に抜ける風で、炎を、まっすぐに、立てる。揺れないように」
彼女は、しばらく、考えた。
「煙突は、火を強くするものだと、お前は言った」
「強くも、します。でも、煙突の中の火は、揺れない。揺れないから、少ない薪で、長く、燃える。……囲炉裏の火は、揺れる。揺れて、早く、燃え尽きる」
私は、床に、陣を、書き直した。風の量を、絞る。炎を、伸ばすためではなく、立てるために。
「試して、みろ」
私は、試した。蝋燭が、灯った。風の筒が、それを、包んだ。炎が、揺れを、やめた。まっすぐに、細く、静かに、立った。
三十秒。魔力、十。六十秒。魔力、九。
減り方が、遅かった。




