第74話 順位表と、二位の隣
三人の夜は、静かだった。
実技場の床に、三つの陣。私の、風の煙突。アンナの、手のひらに縮めた、その写し。そして、エルフィーナの――
彼女の陣は、私のとは、まるで、違った。円ではなかった。木の枝のような、曲線の、連なり。古代エルフ語の文字が、枝の先に、葉のように、ついていた。
「エルフの術式は、描くものではない。育てるものだ」
彼女は、床の枝を、指でなぞった。
「五百年、同じ形を、身体に刻む。刻んだ形が、魔力の通り道になる。私の炎は、この枝を、通って出る。……だから、私には、お前の三角形が、なかった。枝には、空気の通る場所が、ない」
「作れますか。枝に、空気の通り道を」
「作っている」
彼女は、枝の、根元に、新しい線を、書き足していた。曲線。下から、上へ。
「気に入らん。五百年の形に、人間の理屈を、継ぎ足している。祖父が見たら、卒倒する。……だが、継ぎ足せる。継ぎ足せるということは、この枝は、完成していなかったということだ」
彼女は、木炭を、置いた。
「三千年、完成していると、思っていた」
その声には、怒りも、悲しみも、なかった。ただ、事実を、確かめている声だった。私は、何も、言わなかった。言えることが、なかった。
アンナが、自分の陣の前で、蝋燭を、灯した。風を、流した。炎が、伸びた。彼女は、それを、毎晩、五十回、繰り返した。五十回目に、炎の揺れが、少し、減った。
「レオン。一つ、聞いていいですか」
「ああ」
「レオンは、なんで、私に、これを教えたんですか。……順位表で、私が上がれば、レオンの二位が、危なくなるのに」
私は、少し、考えた。考えて、本当のことを、言った。
「俺一人が、二位でも、証明にならないからだ」
「証明?」
「俺の魔力は、資格で、増えた。特別なんだ。だから俺が二位でも、『あいつは特別だ』で終わる。……魔力四のアンナが、十二位になって、初めて、『空気だ』が、証明になる」
アンナは、蝋燭を、見ていた。
「……私は、証明の、道具ですか」
「――違う」
思ったより、強い声が、出た。自分でも、驚いた。
「違う。証明は、ついでだ。俺は、アンナが、治癒士になれるかどうかを、知りたかった。魔力四で、なれるかどうか。……なれないなら、この学院の、平民枠は、屋根裏の、飾りだ」
実技場が、静かになった。エルフィーナが、枝の前で、手を、止めていた。
「……飾り、か」
彼女が、呟いた。
「人間の制度は、腐っていると、祖父は言った。腐臭を嗅ぎに来た。……腐臭ではなかった。飾りの匂いだ。飾りは、腐らない。腐らないから、誰も、捨てない」
彼女は、枝の根元の、新しい線を、木炭で、太くした。
「捨てさせるには、飾りではないことを、証明するしかない。お前の言い方を借りれば、な」
その夜、順位表とは、別の、紙が、実技場の壁に、貼られた。ヴィルヘルムの字だった。
『初級魔法士(D級) 学院内検定 二週間後。全一年生、受験のこと。受験料、学院負担。課題、「炎の維持」』
炎の、維持。




