第73話 決闘の後で
決闘の翌日、学院は、静かだった。
静かだったが、それは、嵐の前の静けさではなかった。何かが、少しだけ、ずれた後の、静けさだった。講堂の貴族席は、いつも通り前に座り、平民席は後ろに座った。だが、貴族席の何人かが、授業の合間に、後ろを、振り返るようになった。振り返って、何も言わずに、前を向く。それだけの、変化だった。
レオポルドは、講堂に、来なかった。
「父君から、使いが来たそうだ」
昼、食堂の左の窓口で、ライ麦パンを受け取りながら、バルドが、小声で言った。下働きは、学院のことを、床から、教わる。
「アシュベリー家は、王都の資格貴族の、中でも、古い家だ。魔導会計士を、三代、出している。その家の嫡男が、杖を持たない平民に、四発、外した。……父君は、決闘の結果より、『四発、外した』ほうを、叱ったそうだ」
「……外したのは、風のせいです」
「父君は、風を、見とらん。結果しか、見とらん」
バルドは、それだけ言って、薪を運びに、去った。
私は、ライ麦パンを、ちぎった。レオポルドの、青い顔と、赤い目を、思い出した。眠っていない顔。彼は、本気で、私を不正だと思っていた。思って、名誉をかけて、決闘を申し込んだ。申し込んで、外した。
その彼を、父親は、「外した」ことで、叱った。
(あの人にも、順位表が、あるんだな)
五歳で決まった順位を、毎週、貼り直される。それは、貴族席にも、あった。四位の彼が、三位を睨むのは、三位の上に、父親がいるからだ。
午後、実技場の順位表が、貼り替えられた。私は、二位のままだった。エルフィーナは、一位のまま。レオポルドは、欠席で、記録なし。
そして、二十一位が、消えていた。
「――レオン!」
実技場の入口で、アンナが、私の袖を、引いた。彼女は、順位表を、指差していた。指が、震えていた。
十二位。アンナ・ヴェルト。消費魔力、四。損傷、深度一。
「私、石に、穴が。……浅いけど、穴が」
彼女は、風の陣を、使っていた。私が、床に書いた、あの陣を、夜、一緒に、手のひらに縮めた。魔力四のまま。空気だけ、増やして。
「……魔力、四のままか」
「四のまま。一つも、増えてない。増えてないのに」
彼女は、順位表の、十二位を、もう一度、見た。見て、口を、手で、押さえた。あの、合格発表の日と、同じ仕草だった。
私は、順位表の、最下段を、見た。二十二位。空欄だった。今日、最下位は、いなかった。
証明、というほどのものでは、なかった。魔力四が、十二位。それは、貴族席の、半分より、上でしかない。だが、それは、五歳で決まった順位ではなかった。昨夜、実技場の床で、決まった順位だった。
「レオン。私、治癒士に、なれるかもしれない」
アンナが、順位表を見上げたまま、小さく、言った。
「魔力四でも」
その日の夕方、エルフィーナが、廊下で、私を、呼び止めた。
「実技場の鍵は、そのまま、持っていろ。……三人で使う。今夜から、私も、書く」
「書く?」
「陣を。お前の三角形で、私の術式を、書き直す。五百年の術式を、五日で、書き直す」
彼女は、それを、宣言のように、言った。
「気に入らんが、速い。速いものは、正しい」




