第69話 昔はここに平民の教室があった
順位表に、私の名前が、二位で、貼られた。
その日の夕方、私は、寮の管理人の老人を、手伝っていた。薪を、北棟の屋根裏まで、運ぶ。老人は、腰が悪く、階段が、辛そうだった。私は、薪を担いだ。担ぎながら、老人が、言った。
「二位だってな。貴族たちが、騒いでる」
「……ご存じでしたか」
「三十年、床を磨いてる。学院のことは、床が、教えてくれる」
老人は、バルドと言った。三十年前、この学院に、下働きとして、雇われた。
北棟の、屋根裏の、階段の途中に、扉があった。板で、打ち付けてある。私は、それを、毎日、通り過ぎていた。物置だろうと、思っていた。
「……そこはな」
バルドが、薪を、下ろして、扉に、手を当てた。
「昔、平民の教室だった」
私は、薪を、下ろした。
「平民の、教室?」
「五十年前まで、平民枠は、二十名だった。二十名が、この教室で、学んだ。貴族と、同じ教本で。……先生も、いた。平民出の、魔法士が」
彼は、板の、打ち付けの、釘を、指で、なぞった。
「儂が来た三十年前は、まだ、十名だった。それが、五名になり、三名になり、二名になった。教室は、要らなくなった。板を、打った。……儂が、打った」
「なぜ、減ったんです」
「資格院だ」
バルドは、階段の下を、見た。学院の門の向こう、丘の下、白い塔が、夕日に、光っていた。
「三十年前、資格院の、総長が、変わった。新しい総長が、最初にやったのが、『受験料の見直し』だ。上級資格の受験料が、五倍になった。学院の、魔法士C級もだ。……平民が、払えなくなった。払えないから、来ない。来ないから、枠が、減った。減った枠を、貴族が、埋めた」
三十年前。バルトロメウス・グランツ。図鑑の、資格院の項に、その名があった。「現総長、在任三十年」。
「特待生の、免除枠は、その総長が、作った。『平民にも、門戸を』と言ってな。……年に、二名。二名なら、教室は、要らん。屋根裏で、いい」
彼は、扉から、手を、離した。
「坊主。順位表で、二位になった平民は、儂の三十年で、初めてだ。だがな」
バルドは、私を、見た。三十年、床を磨いた男の、目だった。
「去年の二人も、賢かった。一昨年の二人も。……賢いから、分かるんだ。この屋根裏が、何なのか。二名の枠が、何のためにあるのか。分かって、やめていく」
彼は、薪を、担ぎ直した。
「坊主は、分からんふりが、上手いのか。それとも、本当に、分からんのか」
私は、答えを、探した。探して、こう答えた。
「……分かります。でも、分かったから、やめる、という順番が、俺には、分からない」
バルドは、しばらく、私を見て、それから、鼻を鳴らした。ガルムに、少し、似ていた。
「そうか。……なら、床は、磨いといてやる。三年分」
彼は、階段を、上っていった。私は、板の打ち付けられた扉の前に、少し、立っていた。釘は、三十年、錆びていた。錆びていたが、抜けそうな、錆び方だった。
図鑑を、開く。『総長 バルトロメウス・グランツ』。保有資格、三十二。年収、記載なし。備考、「三十年前、受験料体系の全面改定を主導」。
私は、その頁を、閉じなかった。




