第62話 なぜ受かった
その日の、放課後だった。
私は、講堂を出て、廊下を、歩いていた。屋根裏の部屋で、板の続きを、書くつもりだった。炎と、空気。まだ、何も、確かめていない。確かめる場所が、要る。実技場は、貴族席の演習で、埋まっている。
「――待て」
背後から、声。振り向くと、エルフィーナが、いた。廊下の、窓を背にして。夕日が、彼女の髪を、白く、縁取っていた。
「お前の炎は、蝋燭だ」
「……はい」
「筆記は、私と同点だった。実技は、消費魔力三で、貫通だった。……どちらも、蝋燭の人間が、やることではない」
彼女は、一歩、近づいた。緑の目が、私を、測っていた。試験の日から、ずっと、測り続けていた目。
「なぜ、受かった」
問いは、短かった。私は、答えを、探した。探して、一番、正直な答えが、出た。
「……分析したから、です」
「分析?」
「試験の、採点基準を。実技は、『破壊の程度』と『消費魔力』で採点される。破壊の程度は、要項で『破壊せよ』としか書いていない。消滅も、貫通も、破壊です。なら、消費魔力を、最小にして、貫通を狙えば――」
エルフィーナは、私を、見ていた。
「――……意味が、わからん」
本当に、分からない顔だった。
「試験は、魔法の腕を、見せる場だ。分析して、どうする。腕が、変わるわけではない」
「腕は、変わりません。でも、点は、変わります」
「点?」
「試験は、点で、決まります」
彼女は、しばらく、黙った。黙って、それから、髪を、指で、払った。
「お前は、魔法を、何だと思っている」
「……まだ、分かりません」
これも、正直だった。
「分からないから、学院に来ました。魔力が、十一で、炎が蝋燭で、教本には『魔力を炎に変える』としか書いていなくて。……でも、炎には、たぶん、魔力以外のものが、要る。それが、何なのか、確かめたい」
「魔力以外?」
「空気、です」
エルフィーナの、目が、動いた。測っていた目が、初めて、別の色に、なった。
「……空気」
「炎は、空気がなければ、燃えない。教本は、それを、書いていない。書いていないなら、誰も、試していない。誰も試していないなら――」
私は、口を、閉じた。また、喋りすぎている。
彼女は、夕日を背に、長いこと、私を見ていた。それから、廊下の、窓の外を、見た。窓の外に、学院の裏庭。詰まった溝。その脇に、今朝、私が置いた、五匹のスライムと、草の束。彼女は、それに、気づいていた。
「……お前は、一体、何者だ」
試験場で、初めて、私を見たときの、あの目で、彼女は、聞いた。
私は、答えた。ハルムの集会所でも、ブレナの井戸端でも、下町の食堂でも、言ってきた、答えを。
「資格マニアです」
エルフィーナは、一瞬、きょとんとし――それから、廊下に、響く声で、笑った。
笑い声を、私は、初めて、聞いた。百二十年、笑われたことのない者の、笑い声だった。
「……いい。分からないままで、いい。分からないなら、確かめろ。……実技場は、夜、空いている。私が、鍵を持っている」
彼女は、廊下を、歩き去った。歩き去りながら、肩越しに、言った。
「明日の夜、来い。蝋燭の炎に、空気を、送ってみせろ。……私が、見てやる」
夕日が、廊下の床に、長く、伸びていた。
私は、その場に、立っていた。図鑑を開く。魔力、十一。変わらない。だが、板の上の、『炎』と『空気』の、二つの言葉の間に、初めて、線が、引けそうな気がしていた。




