第61話 魔力回路の講義
「魔力量は、生まれつきである」
ヴィルヘルムは、教本の、その一行を、読んだ。読んで、教本から、目を上げた。目を上げるのは、珍しかった。
「諸君の中には、これを、疑う者がいるだろう。努力で魔力は増えるのではないか、と。……増えない。魔力回路は、生後五年で、形が定まる。定まった回路の太さが、諸君の、魔力量の、上限である。学院は、諸君の回路を、太くはしない。細い回路で、何ができるかを、教えるのみである」
講堂の、後ろの席で、私は、それを、写した。
写しながら、ステータスを、思った。魔力、十一。八から、三、増えた。気象観測士の資格で。「増えない」はずの魔力が、増えた。だが、それは、私の『資格神の祝福』のせいで、この講堂の他の誰にも、当てはまらない。アンナの魔力は、四だ。四は、たぶん、一生、四だ。
「では、回路が細い者は、魔法士になれないのか」
教授の問いに、貴族席から、笑い声。「なれないだろう」「平民のことだ」。
「――なれる」
ヴィルヘルムは、笑い声を、無視した。
「回路が細くても、術式が精密であれば、少ない魔力で、大きな効果を出せる。エルフの魔法が、それだ。エルフィーナ・ティルナは、消費魔力九で、的を消滅させた。あれは、回路の太さではない。術式の、精密さである」
最前列の、エルフィーナは、動かなかった。
「だが、諸君は、エルフではない。エルフの術式は、五百年かけて、身体に刻む。人間には、五百年がない。……よって人間の魔法士は、火力で勝負する。以上」
教本が、閉じられた。
私は、板を、見た。板に、私は、講義の要点を、書いていた。『魔力量、生まれつき』『術式の精密さ』『人間は、火力』。
その横に、私は、別のことを、書いていた。気象観測士の試験で、喋りすぎたこと。『炎の熱で、上に空気が抜けて、下から、新しい空気が入る』。
(火力でもなく、術式の精密さでもない、三つ目は、ないのか)
炎とは、何だ。
私は、前世の、高校の、化学の教科書を、思い出そうとした。燃焼。可燃物と、酸素と、熱。三つが揃えば、燃える。一つが欠ければ、消える。この世界の火魔法は、「魔力を炎に変える」と、教本にある。魔力が、可燃物であり、熱である。では、酸素は?
教本には、酸素という言葉が、なかった。
空気、という言葉も、火魔法の項には、なかった。
(……炎に、空気が要ることを、この世界の魔法は、知らないのか?)
いや、知っているはずだ。蝋燭を、瓶で覆えば、消える。それは、誰でも、知っている。だが、火魔法の教本は、それを、書かない。魔力を、炎に変える。魔力が多ければ、炎が大きい。それだけを、書く。
私の魔力は、十一。エルフィーナは、九十五。魔力を、炎に変える勝負なら、私は、一生、蝋燭だ。
だが、炎に、空気を、送る勝負なら――
講堂の、高い窓から、風が、入った。私の板の上の、木炭の粉が、少し、飛んだ。
私は、その風を、見ていた。




