第60話 門の前の弁当
朝、学院の門に、ミラが、いた。
平民用の、木の扉の前。裏の路地の子どもたちの椀を入れる、あの籠を、抱えて。籠の中に、布に包まれた、何かが、あった。
「……ミラ? どうして」
「弁当」
彼女は、籠から、包みを、一つ、出した。
「女将さんが、『あの坊やは、学院の飯じゃ痩せる』って。……本当は、私が、勝手に来た。上町の門で、止められたけど、『学院の特待生に、届け物です』って言ったら、通してくれた。門番さん、いい人」
通行証なしで、上町に入った。門番が、備考欄も、職業欄も、読まずに。彼女の顔を見て、通した。
「毎朝、来る?」
「来られる日は。朝の炊き出しが、終わってから」
私は、包みを、受け取った。温かかった。
昼、屋根裏の部屋で、包みを、開けた。麦粥と、塩漬けの野菜と、そして、あの、魔物肉の切れ端。ハルムの、干し肉より、ずっと、柔らかい肉。
一口、食べた。
身体が、軽くなった。
気のせいだ、と、最初に思った。だが、二口、三口と、食べるうちに、気のせいではない、と思い始めた。学院の授業で、魔力を使う演習が、午前に、あった。蝋燭の炎を、十回、灯した。魔力は、十一のうち、七を、使った。使った分は、休んでも、夕方まで、戻らない。そういうものだと、教本にある。
今、戻っていた。
私は、ステータスを、開いた。
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全快、していた。麦粥一杯で。
私は、椀を、見た。麦粥は、ミラが、いつも通り、作ったものだ。塩と、麦と、豆と、肉。特別な材料は、ない。魔物肉には、魔素が含まれる、と教本にある。魔素が、魔力を、回復させる? 一理ある。だが、賄いの豆のスープにも、下町の食堂の、魔物肉には、そんな効果はない。あるなら、王都中の食堂が、魔法士で溢れている。
(……なぜだ)
分からなかった。分からないまま、私は、それを、板に、書いた。棚卸しの板の、余白。『ミラの弁当:MP全快。理由不明』。理由が分からないことを、書いておく。前世からの、癖だ。分からないことは、消えない。書いておけば、いつか、繋がる。
翌朝も、ミラは、門にいた。
「昨日の、おいしかった?」
「……ああ。すごく」
「でしょ! 女将さんに、言っといて。あの人、褒められると、機嫌が良くなって、切れ端が増えるの」
彼女は、籠を抱えて、坂道を、降りていった。その背中を、門の内側から、見ていた者が、いた。
エルフィーナだった。
彼女は、門の柱の陰で、ミラの背中を、見ていた。見て、それから、私の手の、包みを、見た。
「……あの娘は、誰だ」
「下町の、食堂の。……弁当を」
「そうか」
彼女は、それだけ言って、学舎へ戻った。戻り際、ほんの一瞬、彼女の指先が、空を、撫でた。エルフが、精霊に、何かを尋ねるときの、仕草だと、後で、知った。
そのとき、彼女が、何を尋ねたのかは、ずっと後まで、私は、知らなかった。




