第59話 白パンとライ麦
学院の食堂も、二重だった。
同じ広間。同じ、長い机。だが、配膳の窓口が、二つ、ある。右の窓口には、白パンと、肉と、温かいスープ。左の窓口には、黒いライ麦パンと、豆のスープ。右は、貴族。左は、平民と、下働き。
値段は、どちらも、学院持ちだった。特待生の私と、アンナは、金を払わない。払わないが、左の窓口に、並ぶ。
「……右のは、頼めないんですか」
初日に、アンナが、配膳の女に、聞いた。女は、困った顔をした。
「右は、貴族寮の、賄いなの。左が、学院の、賄い。……特待生さんは、学院の、賄いだから」
左のライ麦パンは、ハルムの黒パンより、ましだった。カビは、なかった。豆のスープには、塩気が、あった。私は、文句を言うつもりは、なかった。ミラの麦粥を、思えば、これは、ごちそうだった。
だが、アンナは、右の窓口を、見ていた。
「私の母は、下町で、洗濯をしています」
彼女は、ライ麦パンを、ちぎりながら、言った。
「白パンを、食べたことがありません。母も、私も。……学院に受かったら、白パンが食べられると、思ってました」
彼女は、笑った。自嘲ではなかった。ただ、少し、疲れた笑いだった。
「……治癒士に、なりたいんです」
突然の、言葉だった。
「魔法士じゃなくて。治癒士。……魔法士C級を取らないと、治癒士B級の、受験資格がない。だから、ここに来ました。母が、去年の冬から、咳をしていて。治癒士の診察は、三十万G。……だから、私が」
私は、ライ麦パンを、ちぎる手を、止めた。
治癒士。図鑑の、あの資格。年収二百万、残業月三百時間、コスパ番付の、下から三番目。志望者は、減る一方。その資格を、この蝋燭の少女は、母の咳のために、取ろうとしている。
「……アンナ。一つ、聞いていいか」
「はい」
「母さんの咳は、朝、ひどいか。それとも、夜」
「夜、です。それと、家の煙が、ひどいとき」
煙。囲炉裏。マルテと、同じだ。
「家の煙を、外に逃がす工夫を。……窓を、一つ、常に少し開けておく。それだけでも、少しは、違う」
「……そんなことで?」
「そんなことで、変わることも、ある。治癒士に頼らなくても」
彼女は、私の顔を、じっと、見た。
「レオン、って、何者なんですか。剣士で、下水で、気象で。……治癒士みたいなことも、言う」
「……資格マニア、だ」
彼女は、噴き出した。噴き出して、それから、ライ麦パンを、口に入れた。
「変な人。……でも、窓、開けてみます。今夜、母に、手紙を書く」
右の窓口で、レオポルドたちが、白パンを、受け取っていた。白パンの、半分は、皿に残されて、下働きの老人が、それを、片付けていた。老人は、残されたパンを、捨てなかった。布に包んで、懐に入れた。
私は、それを、見ていた。老人は、私の視線に気づいて、少しだけ、頭を下げた。




