第6話 素振りが当たらない
「――貸すとは言った。折ったら、薪を三十日だ」
マルテは納屋の梁から木剣を降ろし、埃を手で払って、私に押しつけた。
握ってみて、意外に重いのに驚いた。黒ずんだ樫。柄の部分だけが、手の形に磨り減って白い。二十年、誰も握っていなかった木剣の、二十年前の手の跡だった。
「旦那さん、剣士だったんですか」
「受けて、落ちた」
マルテはそれだけ言って、咳をして、家に入った。
剣士D級の実技試験について、図鑑にはこうある。
【実技】試験官との立ち合い(木剣・三分間)
評価項目:構え/足運び/有効打/防御動作
※有効打一本、または三分間の防御成立で合格水準とする。
つまり、素振りである。まずは剣を振れなければ話にならない。
村はずれの雑木林に、手頃な立ち枯れの木を見つけた。幹に藁を巻き、高さの違う位置に三つ、赤土で印をつける。上段、中段、下段。我ながら理にかなった練習環境だと思った。
結論から言うと、私の木剣は、三日経っても印に当たらなかった。
「……なぜだ」
狙いは正確なはずだった。目測で距離を測り、振り下ろす角度を計算し、腕を動かす。ここまでは完璧である。問題は、計算した通りに腕が動かないことだった。振り下ろした剣は印の右へ逸れ、修正すれば左へ流れ、力めば手前の地面を叩いた。三日目の夕方には、手のひらの皮が破れて、柄の白い部分が赤黒く染まった。
筋力:5 敏捷:6
ステータスは、事実を淡々と述べている。知識で身体は動かない。前世で百七の資格を取った私が、唯一取れなかったもの――「実技」が、こちらの世界でも初っ端から立ちはだかっていた。
まな板の上のフグが、ちらりと脳裏をよぎった。手のひらの汗が、破れた皮に沁みた。
あの夜も、手順は完璧だったのだ。暗記した工程を、頭の中では一度も間違えなかった。間違えたのは、手だけだった。
「なにやってんの、あんた」
振り向くと、リーゼが牛を二頭連れて立っていた。夕方の水飲み場への往復である。彼女は私の惨状――藁を巻いた木と、地面に散った赤土の粉と、血の滲む手――を順に眺め、大きなため息を吐いた。
「三日前からずっと見てたけど、あんたのそれ、剣の練習じゃなくて木こりの失敗よ」
「……自覚はある」
「牛、引きなさいよ」
「は?」
「明日から朝の牛追い、あんたの仕事。うちの父さんが腰やられてんの。……剣振るより先に、その細腕どうにかしなさいって言ってんの」
腰をやられた、の部分が本題だった。彼女の家は父親が働けない。弟は七つ。母親は織り物で日銭を稼いでいる。だから牛を引く人手が、一人分、足りていない。
要するに私は、親切にされたのではなく、採用されたのである。
「給金は」
「飯」
「……今も飯だが」
「文句あるの?」
ないことにした。
その夜、私は図鑑で、二十年前のブレナの剣士試験の記録を探した。合格率の推移の欄は、二百年分、律儀に残っていた。
二十年前の春。受験者四十一名、合格者六名。
六名。十四・六パーセント。その年は、いつもより渋い年だった。
マルテの旦那が、その三十五人のうちの一人かどうかは、分からない。分からないが、落ちた三十五人には、三十五人分の家があって、三十五人分の木剣が、梁に吊るされたのだろう。
二十年、吊るされたままの樫を、私は膝に乗せて、柄の白い部分を親指でなぞった。
◇◇◇
というわけで、翌朝から私の日課に「牛」が加わった。
牛追いは、想像の百倍の重労働だった。牛は私の都合では動かない。綱を引けば踏ん張り、押せば座り込み、気を抜けば畑の若芽に突進する。一頭六百キロの意思と、筋力5の意思のぶつかり合いである。勝敗は言うまでもない。
三日目に、私は牛に押し倒されて泥の中を三歩滑った。四日目に、綱を手首に巻いて引いたら手首が鳴った。五日目に、牛が自分で歩き出すまで待つという戦術を発見し、その日は日が暮れるまで水飲み場に着かなかった。
だが、一週間もすると、分かってきたことがあった。
牛は、力では動かない。動く「きっかけ」で動く。歩き出す寸前、牛は必ずわずかに頭を下げる。その瞬間に綱をひと呼吸だけ引けば、あとは牛が勝手に歩く。止まるときも同じだ。前脚に重心が乗り切る前に声をかければ、六百キロは素直に止まる。
五日目の昼、リーゼの父に会った。
腰を痛めて、戸口の日向に座っている男だった。四十を少し過ぎたはずだが、背中が丸い。彼は私の綱の持ち方を一目見て、手招きした。
「坊。手首に巻くな。巻いたら、牛が走ったとき、腕がついてく」
「はい」
「ここだ。親指の付け根に、一回だけ掛ける。あとは握るな。握ると、牛に気づかれる」
「……気づかれる、というのは」
「引かれてると分かると、牛は踏ん張る。分からんように引くんだ」
分からんように引く。
その一言は、二十年分の技術だった。私は納屋に戻って、それを帳簿の裏に書き留めた。資格の名前がついていない知識が、この村には山のようにある。
(……重心、か)
◇◇◇
夕方の雑木林で、私は木剣を握り直した。手のひらの破れは、牛の綱でできた豆と癒着して、少しだけ硬くなっている。
振り下ろす。印の右に逸れる。もう一度。左に流れる。
当たらないことは、変わらない。
だが私は、当たらない自分の身体を、初めて「観察」し始めていた。振り下ろすとき、私の右肩は必ず先に落ちる。だから剣は右へ逸れる。修正しようと意識すると、今度は腰が左に開く。癖だ。牛に癖があるように、私の身体にも癖がある。
前世の私は、自分の身体をこんなに見たことがなかった。試験は紙の上にあり、身体は会場まで私を運ぶ乗り物に過ぎなかった。乗り物の癖を観察する発想が、三十五年、一度もなかった。
◇◇◇
その晩、納屋の藁の上で、ステータス画面を開いた。
筋力:5 → 6
二週間の牛追いと素振りの成果が、たったの、プラス1。
私は画面をしばらく眺め――それから、声を殺して笑った。笑うしかなかった。前世で参考書を二週間読めば、模試の偏差値は5は上がった。それに比べて、この身体ときたら。
(これが「実技」か。ペーパーの世界の外側は、こんなに歩みが遅いのか)
だが、プラス1は、プラス1だ。
白紙の答案が、一問だけ埋まった。数字は嘘をつかない。この遅さで積むしかないのなら、積むだけである。幸い、積み上げ作業なら、前世で三十五年やってきた。
翌朝、牛の頭がわずかに下がる、その一瞬に綱を引きながら、私はふと考えた。
――試験官も、動く前に、頭が下がるんだろうか。




