第56話 筆記、同点
第56話 筆記、同点
合格発表は、三日後だった。
その三日間、私は、銀のスライム亭の皿を洗い、路地の溝を見回り、ミラの『ナ』と『ト』を見た。彼女は、もう、十人分の名前を書けるようになっていた。椀の底に、十の名前があった。取り合いは、なくなった。
三日目の朝、学院の門の前に、貼り紙が、出た。
貴族席の合格者が、二十名。名前が、並ぶ。その下に、線が引かれ、『平民枠』。
『アンナ・ヴェルト / レオン・シラハネ』
二名。
私は、自分の名前を、三度、読んだ。三度読んで、それから、その上の、もう一つの名前を、読んだ。アンナ・ヴェルト。あの、短い髪の、蝋燭の少女だった。
そして、貼り紙の一番上、貴族枠の筆頭に、もう一つ、名前があった。
『エルフィーナ・ティルナ ――筆記 満点 実技 首席』
その横に、小さく、注記。
『※筆記満点者、二名。エルフィーナ・ティルナ、レオン・シラハネ』
同点だった。
貼り紙の前で、私は、しばらく、動けなかった。動けないでいると、背後で、声がした。
「――人間の資格試験に、エルフが何の用だ」
振り向くと、貴族席の少年たちが、五人ほど、立っていた。先頭の一人は、金髪で、顎が細く、絹の上着の胸に、魔導バッジが二つ。彼は、貼り紙ではなく、その脇に立っていた、エルフィーナを、見ていた。
彼女は、貼り紙を、見上げていた。少年たちを、見なかった。
「聞こえなかったか。エルフの魔法は、エルフの森で使えばいい。人間の学院に来て、人間の枠を、一つ奪って、何が楽しい」
「人間の枠、とは、どこに書いてある」
エルフィーナが、初めて、口を開いた。声は、低く、澄んでいた。
「要項には、『貴族枠、二十名』とある。『人間の貴族枠』とは、書いていない。種族の制限も、ない。……あれば、私は、願書の段階で、弾かれていた」
「……そんなものは、書くまでもない」
「では、奪われたのは、誰だ」
彼女は、貼り紙を、見上げたまま、言った。
「二十一番目の者だろう。……お前では、ない」
「そういう話じゃ――」
「では、どういう話だ」
少年は、言葉に詰まった。詰まったまま、矛先を、変えた。
「……なぜ、来た。エルフが、人間の資格を」
「祖父への、反抗だ」
即答だった。少年たちが、ぽかんとした。私も、ぽかんとした。
「祖父は、人間の制度は腐っていると言う。腐っているかどうか、私が、自分で、嗅ぎに来た。……以上だ」
彼女は、貼り紙から、目を離し、歩き出した。門の、中へ。少年たちの脇を、通り抜けて。
通り抜けるとき、彼女は、一瞬、私を、見た。
貼り紙の、注記の、二人目の名前と、私の顔を。
何も、言わなかった。だが、その目は、実技場で私を測った目と、同じだった。測って、まだ、答えが出ていない目。
金髪の少年が、私に気づいた。
「……お前が、平民枠の、穴を開けた奴か」
「はい」
「レオポルド・フォン・アシュベリーだ。覚えておけ」
彼は、それだけ言って、門へ入っていった。名乗られたので、私も名乗ろうとしたが、彼は、聞かなかった。名乗るのは、上の者だけで、いいらしい。
貼り紙の前に、私と、もう一人、残った。アンナ・ヴェルトが、私の少し後ろに、立っていた。彼女は、自分の名前を、貼り紙に、見つけて、口を、手で、押さえていた。
「……あの。レオン、さん」
「レオンで、いい」
「私、蝋燭だったのに。……なんで、受かったんだろう」
私は、答えを、知らなかった。だが、一つ、思い当たることは、あった。平民枠は、二名。彼女の筆記は、私と、同点ではなかった。だが、たぶん、貴族たちの、大半より、上だった。
「……筆記が、良かったんだ。たぶん」
「筆記だけで?」
「筆記だけで、受かる試験も、ある」
彼女は、しばらく、私の顔を見て、それから、小さく、笑った。
「……蝋燭同士、ですね」




