第47話 ミラの学習計画表
「ねえ。私にも、書いてよ」
ミラがそう言ったのは、溝が臭わなくなって、五日目の夜だった。
皿洗いを終えた私は、厨房の隅の卓で、棚卸しの板を、更新していた。魔法士C級。王立魔法学院の特待生試験。図鑑の要項と、掲示板で見た試験日を、板に、木炭で、書き込んでいく。二か月。受験料は――特待生試験は、免除だった。合格すれば、学院が、魔法士C級の受験料まで、持つ。平民枠、年に二名。
ミラは、その板を、覗き込んでいた。
「何を?」
「それ。計画表。……レオンが、村の幼馴染に書いたって、言ってたやつ」
言った覚えがある。溝の作業中、世間話で。ミラは、それを、覚えていた。
「ミラは、試験を――」
「受けられないよ。知ってる。……でも、字は、覚えられるでしょ」
彼女は、卓の上の板を、指で、なぞった。木炭の文字を。
「私、字が読めないの。献立の壁も、女将さんが書いてる。炊き出しの子たちに、名前を書いてやりたいの。……名前を、椀に書いてやったら、あの子たち、自分の椀だって分かるでしょ。取り合いにならない」
名前を、椀に、書く。
私は、しばらく、彼女の顔を見ていた。それから、板の裏を、返した。裏は、白かった。
「いいか。計画表っていうのは、まず、『いつまでに』を決める」
「うん」
「炊き出しの子は、二十三人だ。二十三人の名前を、書けるようになる。いつまでに?」
「……夏まで?」
「二か月。俺と同じだ。……で、二か月で、二十三人分の名前を書くには、字が、いくつ要る」
私は、子どもたちの名前を、ミラに言わせながら、板の裏に、木炭で、書き出した。ルナ。トビ。ネル。ハンナ。……二十三人。使われている音は、ミラが数えたら、四十に満たなかった。
「四十。二か月で、四十。一日、一つ。休みを入れても、余る」
ミラは、板の裏を、じっと見ていた。
「……一日、一つ?」
「一つ。今日は『ル』。明日は『ナ』。三日目に、『ルナ』が書ける。三日で、一人分だ」
彼女の、大きな目が、さらに、大きくなった。
「三日で、ルナの椀に、名前が書ける?」
「書ける」
ミラは、板の裏を、両手で、抱えるようにして、見た。そのまま、しばらく、動かなかった。
そして、私の頭の中で、あの音が、した。
【職業『プロジェクトマネージャー』:職業効果が判明しました】
――『計画立案 Lv1』:対象者に学習計画を提示した場合、
対象者は計画の期間中、『学習効率向上 Lv1(仮)』を得る。
※対象者の保有資格の有無を問わない。
「対象者の、資格の有無を、問わない」
私は、その一行を、二度、読んだ。
この世界の、資格の恩恵は、資格を持つ者に、降る。それが、三千年の、制度の形だった。だが、私の、この、分類不能の、職業台帳にない職業は――資格の有無を、問わない、と言っている。
ミラに、降る。「対象外」の、彼女に。
「レオン。明日から、ね。『ル』からね」
ミラが、板を抱えたまま、言った。
「……ああ。『ル』からだ」
物置に戻り、私は、ステータスを開いた。魅力が、一つ上がっていた。何が理由なのか、システムは、言わなかった。だが私は、初めて、その数字の意味を、少しだけ、分かった気がした。




