第46話 お掃除スライム飼育法
泥食いスライムは、賭け場の主に頼んで、五匹、譲ってもらった。
「あんなの、いくらでもいる。溝の底に、いくらでも。……持ってって、何に使う」
「溝を、掃除します」
主は、笑った。だが、私は本気だった。
銀のスライム亭の裏の溝は、東三番通りの、他のどの溝より、臭かった。食堂の、洗い物の水と、野菜の屑と、肉の切れ端の、捨てた残り。それが、溝の底に、ヘドロとして、溜まる。ヘドロは、腐り、匂い、蠅を呼ぶ。マーサは、月に一度、桶で汲み出しては、路地の外れに捨てていた。捨てられたヘドロは、そこで、また、腐った。
私は、下水清掃士の教本を、頭の中で、開いた。ヘドロは、掬い出すのが、正攻法。だが、正攻法には、人手が要る。
次に、スライム鑑定士の教本。泥食いスライムは、有機物の泥を、食べる。食べて、消化し、後に残すのは、砂と、少量の、乾いた、粉。
最後に、雑草判定士の教本。ここに、一つ、面白い記述があった。「泥食いスライムは、ニガヨモギモドキの匂いを嫌う。放牧地に泥食いが増えて困る場合、ニガヨモギモドキを植えよ」。
三つの教本が、頭の中で、一つに、繋がった。
(泥食いを、溝に放す。溝の両端に、ニガヨモギモドキを、束にして置く。スライムは、束を嫌って、溝の外へ出ない。溝の中で、ヘドロだけを、食べ続ける)
飼育、である。溝の中で、掃除役を、飼う。
私は、賭け場から持ち帰った五匹を、溝の、食堂の裏口の真下に、放した。両端に、ヒルダからもらった乾燥草の束(胃の薬にと持たされた、あの束に、ニガヨモギモドキが混じっていた)を、置いた。
一日目。スライムは、動かなかった。ミラが、窓から覗いて、「死んでない?」と聞いた。
二日目。スライムは、溝の底で、少しずつ、動いていた。ヘドロの、黒い層が、彼らの通った跡だけ、薄くなっていた。
三日目の朝。
物置の窓枠に、タビが、いた。猫は、溝を見下ろしていた。五匹のスライムを。私が起きるより先に、猫が、それを、見張っていた。鼠を、取る猫が、スライムを、取らずに、見ていた。理由は、分からなかった。
「――あれ?」
厨房の窓を開けたミラが、鼻を、動かした。
「臭く、ない」
私も、窓から、顔を出した。裏の路地に、いつもの、あの匂いが、なかった。溝の底は、黒いヘドロの代わりに、灰色の砂が、薄く広がっていた。五匹のスライムは、少し大きくなって、束と束の間で、まだ、ゆっくりと、動いていた。
「レオン。あんた、これ、何したの」
「掃除役を、飼ってる」
ミラは、窓枠に肘をついて、しばらく、溝を眺めていた。それから、ぷっ、と吹き出した。
「スライムを飼う人、初めて見た。……ねえ、これ、他の溝でも、できる?」
「できると思う。泥食いは、いくらでもいるらしいし、草は、俺が見分けられる」
「じゃあ、路地の子たちの寝てる壁のとこも」
私は、頷いた。
その日の午後、マーサが、裏口に立って、溝を見た。長いこと、腕を組んで、見ていた。そして、厨房に戻りがてら、一言だけ、言った。
「あんた、皿は一枚も割らないし、溝は臭わなくなったし。気味が悪いね」
褒められたのだと、ミラが後で教えてくれた。
その夜、物置の窓から、私は、路地を見た。子どもたちが、壁際で、寝ていた。溝の匂いが、しなかった。ルナが、昨日より、少しだけ、深く、眠っているように見えた。
【複合技能『環境管理(中級)』の効果】
――対象区画の衛生状態を、継続的に改善する。
東三番通り・裏路地:衛生度 12 → 31
図鑑が、路地に、数字をつけていた。私が知らないうちに。




