第45話 スライム相撲と鑑定士
下町の受付棟は、資格院の受付の、裏手にあった。
表の受付が、上町の門へ向かう列だとすれば、裏の受付棟は、下町のための、小さな窓口だった。E級の試験だけを、随時、行う。受験者は、一日に数人。試験官は、一人。老いた、目の悪そうな役人だった。彼は私の願書を、鼻先まで近づけて読み、「スライム鑑定士? 今月、二人目じゃ」と言った。
「実技は、外じゃ。スライムは、ここにはおらん。……賭け場じゃ」
賭け場。
連れて行かれたのは、東三番通りの外れの、倉庫のような建物だった。中に、円い土俵があり、その周りに、男たちが、金を握って、押し合っていた。土俵の上では、二匹のスライムが――言葉は悪いが――相撲を取っていた。半透明の塊が、ぶつかり、押し、片方が土俵の外へ、ぬるりと落ちた。歓声と、悲鳴。金が、手から手へ、動いた。
「スライム相撲じゃ。下町の、いちばん古い娯楽じゃな。……試験は、あれを使う」
老役人は、土俵の脇の、木箱を指した。中に、スライムが、十匹ほど、入っていた。色も、大きさも、まちまちだった。
「十匹。種別と、毒性を、答えよ。……ただし、触ってはならん。触って毒なら、儂は責任を取らん」
私は、木箱の前に、しゃがんだ。
スライムは、魔物である。魔素に汚染された、生き物とも物ともつかない塊。だが、図鑑の教本によれば、種別は、色と、透明度と、動き方で、判別できる。毒性は、表面の粘液の光り方で。
一匹目。青みがかった、透明度の高い個体。動きが、ゆっくり。教本の「水スライム」。毒性、なし。ただし、水を吸って膨らむ。
二匹目。濁った緑。表面が、鈍く、油のように光る。「腐肉スライム」。毒性、あり。触れれば、皮膚が爛れる。
三匹目、四匹目。私は、教本の判別表を、頭の中で、めくった。『鑑定Lv1』が、ヒルダの草を判別したときと同じように、色と光を、拾っていく。
八匹目で、私は、手を止めた。
灰色の、小さな個体。透明度は中程度。動きは、鈍い。表面の光は――教本にある、どの毒性の光とも、違った。粘液が、光っていない。乾いた、砂のような質感。
「……これは」
私は、木箱の縁を、見た。木箱の底に、乾いた、黒いものが、こびりついていた。溝の底の、あの、ヘドロ。この灰色の個体は、それを、食べていた。食べて、灰色になっていた。
「――『清掃スライム』。教本では、『泥食いスライム』。毒性、なし。ただし、腐肉スライムと見分けがつきにくいので、注意」
老役人が、鼻先まで近づけていた判別表から、顔を上げた。
「ほう。泥食いを、腐肉と間違えるのが、この試験の、一番多い落ち方じゃ。……あんた、なんで分かった」
「表面が、光っていません。腐肉は、油のように光ります。泥食いは、乾いている。……それから、木箱の底に、ヘドロが」
役人は、木箱の底を、鼻先まで近づけて、見た。それから、私の顔を、同じ距離で、見た。
「十匹。全問正答」
ファンファーレが、賭け場に、鳴り響いた。
土俵の周りの男たちが、金を握ったまま、一斉に、こちらを振り向いた。金の光の粒が、土俵の上のスライムたちの間を、螺旋に舞い上がった。スライムまでが、動きを止めた気がした。
♪♪♪
【資格取得】『スライム鑑定士(E級)』
→ 能力上昇:知力+2 運+1
→ スキル獲得:『魔物鑑定 Lv1』
→ 資格シナジー検出:『雑草判定士』×『下水清掃士』×『スライム鑑定士』
= 複合技能『環境管理(初級)』→『環境管理(中級)』
保有資格:5 / 12,000
知力、プラス二。
賭け場が、しん、と静まった。天から降り注ぐ金の光と、ファンファーレと、その結果が「知力+2」であることの、あまりの落差に、誰も、何と言っていいか、分からなかったのだ。
「……な、何だ、今の」
「知らねえ。田舎者が、光った」
「光って、賭けにゃ勝てねえだろ」
その通りである。私は木札を受け取り、頭を下げ、賭け場を出た。出るとき、賭け場の主らしい、太った男が、追いかけてきた。
「おい、兄ちゃん。今の目、本物か。……うちの土俵に、毒持ちが混じって、客が三人、腕を爛れさせた。あんた、鑑定士なら、うちのスライムを、月に一度、見てくれ。一回、二百G」
二百G。E級の、五分の二。
私は、頷いた。資格が、初めて、金になった瞬間だった。




