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異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第五章「銀のスライム亭」

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第44話 女将マーサの条件


「住み込み?」


 銀のスライム亭の女将マーサは、私を、頭のてっぺんから足の先まで、二度、見た。五十がらみ、大柄で、腕は荷運びの男より太い。厨房の火の前で三十年立ってきた女の、赤い頬と、鋭い目。


「あんた、剣士D級だって? 剣士様が、なんで下町の食堂に住み込みたいんだい」

「受験料を、貯めたいんです。宿代を払っていたら、貯まりません」

「そりゃそうだ。で、あんた、何ができる」


 私は、正直に、できることを並べた。皿洗い、薪割り、水汲み、掃除。それから、帳簿の整理。それから――


「下水清掃士の資格を、持っています。裏の溝を、綺麗にできます」


 マーサの片眉が、上がった。


「溝? あの臭いのを?」

「はい。石灰と、それから、スライムを使えば」

「スライム?」


 彼女は、腕を組んだ。


「あんた、変なこと言うね。……まあいい。ミラが、あんたを気に入ってる。あの子が客を気に入るのは、珍しいんだ」


 それは、意外だった。ミラは、誰にでも、あの調子で話すように見えた。


「条件を言うよ。三つだ」


 マーサは、太い指を、一本ずつ折った。


「一つ。朝は日の出前に起きて、竈の火を起こす。二つ。昼の混雑は皿を洗う。手を止めたら、その日の飯は抜きだ。三つ」


 彼女は、私の懐を、顎で示した。木札が、そこにある。


「皿を割ったら、資格を一つ、剥がす」


「……は?」


「冗談だよ。……半分ね。皿は一枚二十Gだ。割ったら二十G、あんたの貯金から引く。二十Gは、あんたの言う受験料の、何分の一だい?」


 五百分の一、と、頭が勝手に計算した。E級一つ分の、五百分の一。


「分かったら、割るんじゃないよ」


 こうして、私は、銀のスライム亭の、二階の物置に、住むことになった。


 物置は、四畳ほどで、麦の袋と、酒樽と、壊れた椅子が置いてあった。その隙間に、藁を敷いた。窓が一つあり、開けると、裏の路地と、溝が見えた。溝の匂いが、上がってきた。ハルムの納屋より、狭くて、臭い。だが、雨漏りはしなかった。


 麦の袋の上に、猫がいた。


 白い、小さな猫。足先だけが、灰色だった。足袋を履いているように。猫は、私を見た。見て、欠伸をした。欠伸をして、また、目を閉じた。私が藁を敷く音にも、動かなかった。


「タビだ」


 戸口で、マーサが言った。


「鼠を、取る。皿は、割らない。……あんたと違って、資格がなくても、仕事をするよ」


 私は、癖で、図鑑を向けた。


名前:タビ  種族:魔猫(低魔素個体)

Lv :5  職業:食堂の猫

【保有資格】:0 / 12,000


 猫にも、資格欄があった。ゼロ。しばらく前まで、私も、ゼロだった。猫は、それを、気にしている様子がなかった。


 その夜、皿洗いの後、私は物置の窓から、路地を見ていた。


 路地の壁際に、昼間の子どもたちが、何人か、寝ていた。帰る家がないのだと、ミラが言っていた。あの、七つくらいの痩せた女の子も、いた。壁にもたれて、膝を抱えて、眠っていた。


 図鑑を、開いた。子どものステータスは、覗くまいと、決めていた。だが、その夜は、開いた。


 女の子の隣に、犬が、寝ていた。茶色い、痩せた雑種の犬。片耳が、垂れていた。犬は、女の子の身体に、背中を押しつけて、丸くなっていた。女の子の手が、犬の首に、あった。


 女の子の頭上に、表示が浮かんだ。


名前:ルナ  年齢:7歳  種族:人間

Lv :3  職業:なし

【保有資格】:0 / 12,000

HP:18 / 24


 HPが、減っていた。病気か、空腹か。たぶん、両方だ。


 私は図鑑を閉じ、窓を閉めた。閉めてから、また開けた。窓から、溝が見えた。溝の底で、半透明の塊が、月明かりを受けて、鈍く光っていた。


 スライム。


 私は、藁の上に座り、図鑑の『スライム鑑定士(E級)』の頁を、開いた。受験料五百G。合格率八十一パーセント。試験内容、「スライムの種別と毒性の判定」。備考、「王都下町受付棟にて、随時実施」。


 随時。列に、並ばなくていい。


 私は明日の朝、竈の火を起こしたら、受付棟へ行くことに決めた。


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