第42話 資格:なし(対象外)
食堂には、決まりがあった。
昼の混雑が引いた後、ミラは店の裏に回り、大鍋を火にかけた。そして、裏の路地に、子どもたちが並んだ。
裸足の、溝の縁で遊んでいた子どもたち。二十人はいた。ミラは一人一人の椀に、麦粥を一杯ずつ、注いだ。金は取らなかった。子どもたちは、椀を抱えて路地の壁際に座り、黙って食べ、食べ終わると椀を返して、また溝の縁へ戻った。
「炊き出し、ですか」
私は、店の裏口の柱にもたれて、それを見ていた。
「うん。売れ残りと、切れ端で。女将さんは『採算が合わない』って怒るけど、怒りながら鍋を出してくれるから、たぶん怒ってない」
ミラは、最後の一人――七つくらいの、痩せた女の子――の椀に、少し多めに注いだ。女の子は、椀を両手で受け取り、小さく頭を下げた。
私は、そのとき、癖で、図鑑を開いていた。
王都に着いてから、私は、道行く人のステータスを、少しだけ覗く癖がついていた。『資格図鑑』は、人物の保有資格を、表示できる。図鑑を向けた相手の頭上に、名前と、Lvと、資格の数が、淡く浮かぶ。悪趣味だと自分でも思うが、この町の人々が、どんな資格で生きているのかを、知りたかった。
荷運びの男は『荷役夫E級』。洗濯女は『洗濯士E級』。子どもたちは、当然、資格なし。ただし表示は「資格:0 / 12,000」。ゼロ。私が転生した日と同じ表示だ。
図鑑が、ミラの頭上に、向いた。
名前:ミラ 年齢:16歳 種族:人間
Lv :22 職業:食堂娘
【保有資格】:なし(対象外)
「……対象、外?」
声に、出た。
ゼロ、ではなかった。「なし」の後ろに、括弧で、「対象外」。私は図鑑を、何度も、閉じて、開いた。表示は、変わらなかった。他の誰にも、この表示はない。荷運びの男も、子どもたちも、みんな「0 / 12,000」だ。数字がある。ゼロでも、数字は、ある。
ミラだけ、数字が、ない。
「何、見てるの?」
ミラが、鍋の底を木べらで掻きながら、こちらを見た。私は図鑑を閉じた。閉じるのが、一瞬、遅れた。
「……いや。何でも」
「あ、その顔。それ、見たでしょ。私の、あれ」
彼女は、木べらを止めた。笑っていた。笑っていたが、笑い方が、さっきまでと、少し違った。
「神殿の測定でね。私、『対象外』なんだって。資格がないんじゃなくて、資格を刻む場所がない、みたいなこと言われた。七つのとき。……だから、学校も行けなかったし、試験も受けたことない。受けても、受からないんじゃなくて、受けられないの。願書の段階で、弾かれる」
彼女は、また鍋を掻き始めた。
「よく分かんないでしょ。私も分かんない。女将さんは『測定器が壊れてたんだよ』って言うけど、三回測って、三回とも同じだったから、たぶん壊れてない」
私は、何も言えなかった。
三千年前、神が、人生の道標として作った制度。一万二千の資格。道標のない道は、たった一つ、EX000だけだと、私は思っていた。
道標が、ない人間が、いた。
「――でもね」
ミラは、鍋の底の、最後の一杯を、自分の椀に注いだ。
「資格がなくても、麦粥は作れるの。作れるから、作ってる。それだけ」
彼女は、路地の壁際で、自分の椀を、立ったまま、食べた。子どもたちと、同じように。




