第40話 そんな登録はない
列に並んで、二時間が過ぎた頃、私はある事実に気づいた。
この列は、受験申込の列ではない。「受験者登録」の列だった。王都で試験を受けるには、まず資格管理院に「受験者」として登録し、通行証に職業と保有資格を転記してもらう必要がある。その通行証がなければ、試験場のある上町へ、門を潜れない。
つまり、この列は、上町の門への、列だった。
列の前のほうで、時折、揉め事の声がした。「保有資格がE級一つでは、登録できません」「保証人の署名が」「田舎の領主庁の木札は、正式な刻印証明を伴わないと」。列から、一人、また一人と、抜けていく。
私の番が来たのは、夕方だった。
窓口は、ヘルガではなかった。若い、細面の書記だった。彼は私の木札を四枚受け取り、一枚一枚、光にかざし、それから、分厚い帳簿を開いた。
「ハルム村、レオン。剣士D級、下水清掃士E級、雑草判定士E級、村人E級。……刻印証明は、ブレナ領主庁とハルム巡回審査官のもの。よろしい、正式です。四資格、転記します」
羽根ペンが走る。順調だった。順調だったのは、そこまでだった。
「職業欄。……『剣士見習い』『村人』『清掃員』。それから――」
書記のペンが、止まった。彼は木札の裏を見た。ブレナでヘルガが転記した、職業欄の写しである。
「『プロジェクト、マネージャー』……?」
来た、と思った。三度目である。
「これは、何ですか」
「計画を、立てる係、のようなものだと」
「そのような職業は、王国職業台帳に、登録されておりません」
書記は、帳簿を、もう一度、めくった。分厚い台帳の、職業の項。彼は「ふ」の行を、二度、なぞった。
「ありません。『分類不能』の印が二つ押してありますが、分類不能の職業を、通行証には転記できません。通行証の職業欄は、王国職業台帳に存在する職名でなければ、上町の門番が受理しないのです」
「では、その欄だけ、空欄にしていただければ」
「できません。ステータスに表示されている職業は、すべて転記する規定です。表示されているものを、書かないわけには」
書記は、本当に困っていた。彼は悪くない。規定に従っているだけだ。三千年、規定に従って回ってきた世界の、末端の、真面目な役人である。
私は、空中に、ステータス画面を開いた。周囲の受験者が、光の板に、ぎょっとする。書記もぎょっとしたが、彼は職務に忠実だった。私の職業欄を、覗き込んだ。
『職業:剣士見習い/村人/清掃員/プロジェクトマネージャー』
「……本当に、表示されていますね」
「はい」
「これは、いつ、どうやって解放された職業ですか」
「幼馴染に、学習の計画表を書いたときに」
書記は、羽根ペンを置いた。
「計画表を、書いたら、職業が、解放された?」
「はい」
「そのような解放条件は、資格院の職業解放条件表に、記載がありません」
彼は、立ち上がり、奥の部屋へ消えた。上司に聞きに行ったらしい。列の後ろで、受験者たちが、ざわめいた。「あいつ、何やらかしたんだ」「光る板、見たか」「ファンファーレの田舎者だ、ブレナで見た」――最後の声は、傷だらけの傭兵崩れのものだった。彼も王都に来ていたらしい。
書記は、なかなか戻ってこなかった。
その間、私は、窓口の脇の柱に、小さな貼り紙があるのに気づいた。
『下町・受験者向け食堂案内 ――「銀のスライム亭」(東三番通り) 麦粥三十G 受験生割引あり』
麦粥、三十G。
三千二百Gの懐で、この町で、しばらく生きる。その計算を、私は、貼り紙の前で、始めていた。
書記が戻ってきた。彼の顔は、さっきより、もっと困っていた。
「――上に聞きましたが、前例がないため、判断できないとのことです。本日の登録は、保留とします。明日、もう一度、お越しください。……その、職業について、説明できる書類を、何か」
説明できる書類。前世の会社の名刺が、あれば。あるわけがない。
「保留、ということは」
「通行証は、発行できません。本日は、上町へは」
入れない。
私は、四枚の木札を受け取り、列を離れた。夕暮れの下町に、資格院の塔の影が、長く伸びていた。上町の門は、すぐそこにある。その門の向こうに、試験がある。門は、私の「計画を立てる係」を、通さない。
溝の縁で、子どもが、こちらを見ていた。
その隣の溝の底で、半透明の塊が、ゆっくりと、動いた。




