第38話 王都ルーメンの門
五日目の朝、丘の上から、王都が見えた。
息を呑む、という経験を、私は前世で、あまりしたことがない。東京の高層ビルも、資格試験の会場から見る限りは、ただの背景だった。だが、その朝の光景は、荷台の上の私を、しばらく黙らせた。
川の湾曲部に、白い都市が広がっていた。
中央に、塔。白亜の、天を突く、一本の塔。その周りを、石造りの大きな建物が取り囲み、さらにその外側に、赤い屋根の家々が、波のように続いている。城壁は三重で、外側ほど低く、内側ほど高い。そして塔の隣に、金色の屋根の建物――資格神殿だと、ヨナスが言った。
「あれが、王立資格管理院の塔だ。この国の、資格の全部を、あそこで決めてる。……儂ら行商人の番付も、あそこから降ってくる」
王都ルーメン。人口三十万。ハルムの、二千五百倍。
街道は、王都に近づくほど、混んできた。荷馬車、徒歩の旅人、そして、私と同じ年頃の若者の一団。彼らは荷物を背負い、目だけが妙に真剣で、口々に何かを暗誦していた。
「――受験生だ」ヨナスが言った。「春の試験期の、二週目だ。王都の試験は、春に一月かけてやる。田舎から、みんな、あれに乗り込みに来る」
その若者たちの列の脇を、宿場町の呼び込みが走っていた。
「王都の宿、一泊八十Gから! 試験期特別価格!」「予備校の申込み、まだ間に合う! 会計士講座、今なら五万Gの十分の一!」
十分の一で、五千G。私の全財産より、多い。
宿場町を抜けるとき、ヨナスが荷馬車を止めて、水を買った。その水売りの老婆が、荷台の私に、番付の話をしていった。
「兄ちゃん、受験かい。気をつけな。来年から、資格院様が、上級資格の受験料を上げるってさ。魔法士Cが一万五千から二万。会計士が五十万から八十万。……今年のうちに取っとかないと、来年は、田舎の子はもう、誰も受けられないよ」
八十万。ハルムの村の、八年分。
王都の外門は、思ったより、簡単に通れた。
外門は、下町の門だった。商人と荷馬車と受験生が、押し合いへし合い、門番は荷の税だけを検め、人の顔は見なかった。ヨナスが荷の税を払い、「こいつは儂の護衛だ」と言い、それで終わりだった。
門を潜ると、匂いが、変わった。
下町の匂いだった。人と、煙と、料理と、家畜と、そして――溝。ハルムの十倍濃い、あの匂い。石畳の道の両脇に、溝が走り、黒い水が、ゆっくりと流れていた。溝の縁で、子どもが遊んでいた。
だが顔を上げれば、その溝の向こう、二重目の城壁の上に、白い塔が、朝日を受けて輝いていた。上町。そこには、たぶん、溝はない。図鑑にも、そう書いてあった。『王都の下水設備:上町のみ整備』。
「儂の宿は、下町の商人宿だ。三日は泊めてやる。その先は、兄ちゃん、自分で考えな」
ヨナスは荷馬車を、下町の細い道へ入れた。私は荷台から、白い塔と、黒い溝を、交互に見ていた。
同じ町の中に、上と下があった。ハルムには、貧しい者しかいなかった。ブレナには、崩れかけた領主庁と、絹の上着の少年がいた。だがこの町には、それが、壁一枚で、隣り合っている。
そして、その壁の向こうに、試験がある。
私は木札を、懐の上から押さえた。この町で、資格を証明する木札は、いくらの価値があるのか。番付の、どの段に載るのか。
まだ、分からなかった。




